Scope 3排出量推定ツール:建設業 | ciferi

建設業はスコープ3排出量が最も多い産業の一つである。設計・材料調達から施工、供用段階、解体までのライフサイクル全体にわたって、大量の排出が発生する。建設プロジェクトの規模が大きいほど、また工期が長いほど、スコープ1・2に含まれない間接排出が増加する。 日本の建設企業は、以下の規制環境に直面している。

日本の建設業におけるスコープ3報告

建設業はスコープ3排出量が最も多い産業の一つである。設計・材料調達から施工、供用段階、解体までのライフサイクル全体にわたって、大量の排出が発生する。建設プロジェクトの規模が大きいほど、また工期が長いほど、スコープ1・2に含まれない間接排出が増加する。
日本の建設企業は、以下の規制環境に直面している。

日本における報告枠組みと規制要件

スコープ3報告の法的位置付け


建設業者が対応する主な報告基準は以下の通りである。
金融庁は2023年に気候関連財務情報の開示推奨フレームワーク(TCFD)に準拠した上場企業向けのガイダンスを公表した。上場建設企業に対し、スコープ1・2に加えてスコープ3の開示が実質的に求められている。大手建設企業(鹿島建設、大成建設、清水建設等)の多くは既にスコープ3を一部開示しており、金融庁のスコープ3開示期待度は年々高まっている。
日本公認会計士協会(JICPA)は2024年に企業のサステナビリティ情報開示に関する監査ガイダンスを発表した。このガイダンスでは、温室効果ガス排出量の見積りが本来の機能を果たすために必要な情報収集・検証プロセスが詳述されている。上場企業の子会社や関連会社であっても、スコープ3排出量の推定根拠の文書化が求められる。

建設業特有の排出源


建設業では、以下のカテゴリがスコープ3に該当する可能性が高い。
カテゴリ1:購入した商品およびサービス
建設材料(鉄、セメント、木材、ガラス、絶縁材等)の製造段階での排出が最大。プリキャスト部材、設備機械、建設用機械のリース(後述のカテゴリ8の場合もあり)。
カテゴリ4:上流の輸送・配送
建設現場への材料運搬。大型運搬車(HGV)での海上輸送併用時の排出。輸入建材(セメント、鋼材、木材等)の場合は海運・陸運の複合排出。
カテゴリ6:ビジネストラベル
建設現場監督・監理者の現場間移動。協力会社との打合せ出張。地方での大規模プロジェクト時の移動排出。
カテゴリ7:従業員の通勤
本社勤務者及び事務所勤務者の通勤排出。建設現場作業員の自宅から現場への移動(通勤か出張かの分類が難しい場合あり)。
カテゴリ9:下流の輸送・配送
建設企業が元請の場合、完成建物のサプライチェーン下流における排出(竣工後、テナント・居住者への移管段階の排出)。通常、発注者の排出に含まれるが、設計監理段階の建設企業の責任分界を定める必要がある。
カテゴリ11:販売した製品の使用
建設企業が施設の部分を売却する場合、その施設の供用段階での排出(30年想定耐用年数)。賃貸レジデンスや商業施設の場合、運用段階の加熱・冷房・照明の全て。
カテゴリ12:販売した製品の廃棄
建設企業が完成建物を販売した場合、将来の解体・廃棄時の排出(50年程度の時間軸)。

建設業向けのスコープ3推定方法論

排出係数の選択


建設業固有の課題として、日本国内で入手可能な排出係数に限定がある。以下が利用可能な主要源である。
建設材料の排出係数
環境省が発表した「建設用機械等の排出係数」が基準となる。ただしこの資料は機械の燃料消費ベースのみで、製造段階までは遡及していない。建設材料(セメント、鋼材、木材等)の製造段階の排出係数については、国際的なデータベース(ecoinvent、EXIOBASE)の値を参考にせざるを得ない場合が多い。
日本セメント協会、日本鐵鋼連盟等の業界団体が公表している環境データが利用可能である。セメント業界では「セメント・コンクリート製品のカーボンフットプリント」が公開されており、製造プロセス別の排出係数が示されている。
電力については、地域別の排出係数を適用する。東京電力パワーグリッドの管轄地域では、2024年度の地域別排出係数が約0.457 kg CO2e/kWh(電力構成による変動あり)。エネルギー・環境会議で発表される全国平均値(約0.460 kg CO2e/kWh、2023年度)を使用することが標準的。
輸送の排出係数
国土交通省が発表する「自動車のエネルギー消費効率」に基づき、トラック輸送の排出係数を算出。一般的には0.107 kg CO2e/トン・km(大型トラック、積載率の標準値を想定)を使用。海運の排出係数は0.016 kg CO2e/トン・km程度(Drewry, 2024)。
ビジネストラベルについては、日本のデータが限定的。国土交通省の「自動車排出ガス低減対策の推進について」や、国際的なGHGプロトコルの係数(短距離便0.156 kg CO2e/乗客・km、長距離便0.195 kg CO2e/乗客・km)を適用。
廃棄物処理の排出係数
環境省の「廃棄物のライフサイクル評価」で建設廃棄物の処理方法別係数が示されている。埋立て処理で約586 kg CO2e/トン、焼却処理(エネルギー回収あり)で約21.3 kg CO2e/トンが標準的。

建設プロジェクトサイクルでのスコープ3計測


建設企業のスコープ3計測は、プロジェクト単位で異なる。以下の手順が標準的である。
計画・設計段階
プロジェクトの予定完成日、予定工期、予定投資額を把握。売上高原価法により、推定建設材料費を推定。スコープ3カテゴリ1の支出ベース係数(0.42 kg CO2e/€支出、EXIOBASE平均)を適用。日本円での係数換算時は、€と¥の購買力平価を勘案する必要がある。
例:株式会社山田建設(東京都渋谷区)が福岡県博多市で鉄骨造オフィスビル新築工事を受注した。予定工期24ヶ月、予定売上高5.2億円。うち建設材料費は2.8億円と見積もられた。この段階でのカテゴリ1スコープ3排出は以下の通り計算される。
建設材料費2.8億円にスコープ3カテゴリ1の排出係数0.42 kg CO2e/€を適用。€への換算は1€=130円と仮定すると、2.8億円÷130=2,154千€。推定排出量は2,154,000€×0.42 kg CO2e/€=905,000 kg CO2e=905トンCO2e。
施工段階
実際の材料納入、運搬、現場での消費を月単位で記録。納期遅延や変更が発生した場合は輸送手段が変更される可能性があるため、実績値に基づく再計算が必要。現場作業員の通勤排出(カテゴリ7)も月ごとの人数変動に応じて計算。
上記の山田建設の例では、施工24ヶ月の間に実際の材料費が発生。毎月の材料納入から得られるカテゴリ4(上流輸送)排出も計算。福岡現場への東京からの現場監督移動(往復1,600 km)が月2回発生した場合、ビジネストラベル(カテゴリ6)としてカウント。1,600 km×2回/月×24ヶ月=76,800 km。鉄道利用を想定すると0.035 kg CO2e/乗客・kmを適用。推定排出量は76,800 km×0.035 kg CO2e/km=2,688 kg CO2e=2.7トンCO2e。
竣工・引渡段階
完成時点で実績排出量を確定。計画時の推定値との乖離を分析。変更工事や工期延長による変動を説明。

スコープ3計測における文書化要件


金融庁の上場企業向けガイダンスに準拠するため、以下の文書化が必須。
排出係数の出典を明記する。国内係数を使用した場合は環境省資料の公表年月、国際係数を使用した場合はデータベース名・バージョン・アクセス日を記載。
購入した商品・サービスのスコープ3算定根拠を、支出ベース法を使用した場合は支出額の計上根拠(会計伝票等)とともに保存。
輸送排出の場合は、輸送距離・輸送手段・運搬量の根拠となる事実(運送業者の納品書、現場引渡し記録、鉄道・航空乗車券等)を整理。

建設業特有の監査上の留意点

公認会計士による検証


建設企業のスコープ3排出量が監査対象となる場合、以下の点に留意される。
金融庁の「上場企業が開示すべきスコープ3排出量の範囲」が曖昧なため、各企業の開示境界を確認する。同一グループ内で統一性があるか。子会社・関連会社の排出をどのように集計しているか。
カテゴリ11(販売した製品の使用)のように30年以上の時間軸を想定する場合、将来の技術進化(例えば建物のエネルギー効率向上、再生可能エネルギー導入)を保守的に想定しているか。金融庁のレビューでは、楽観的な技術進化を前提にしたスコープ3計算が指摘されている。
スコープ3カテゴリ1の支出ベース係数が、日本での利用に適切か。EXIOBASE等の国際データベースは欧州経済構造に基づいており、日本の建設産業への適用に定着がない。代替として業界別のカーボンフットプリント(セメント、鋼材等)が利用できないか確認。
上流輸送(カテゴリ4)の排出係数が、実際の現場立地に合致しているか。例えば、輸入材料(オーストラリア産木材、中東産セメント等)の場合、標準的な国内輸送係数では著しく過小評価される可能性。

よくある計上誤り


スコープ3カテゴリ1とカテゴリ4の重複計上。建設材料費に含まれる「輸送費」と、別途記録した「運搬排出」が重複している場合がある。カテゴリ1は「クレードル・トゥ・ゲート」(製造工場の門まで)であり、ゲート外の輸送はカテゴリ4に含めるべき。
建設現場の仮設事務所(プレハブ)やレンタル重機の取扱い。これらが建設企業自身の所有であればスコープ1に含まるが、リース契約の場合の扱いが曖昧。短期リース(1ヶ月未満)はカテゴリ8(上流の賃借資産)に含めるか、カテゴリ4(輸送時の機械排出)に含めるか、の判断が散在。
従業員通勤の計測範囲。建設現場で勤務する作業員について、毎日異なる現場に移動する場合の「通勤」と「出張」の区分。金融庁のガイダンスでは、給与支給先の本社からの距離で判断するよう求めているが、建設業では現場の頻繁な変更によりこの判断が困難。
スコープ11(販売した製品の使用)の想定耐用年数。建築物の場合、耐用年数が50年〜100年と幅があり、企業ごとに異なる想定が散見される。統一した根拠を示す必要がある。

建設業向けスコープ3計算シート: 使用例

本ツールの計算ロジックは、以下の実例に基づいて設計されている。
例1:鉄骨造中層オフィスビル(新築工事)
スコープ3カテゴリ1(購入商品・サービス)の計算:
建設材料費見積もり2.2億円。スコープ3排出係数0.42 kg CO2e/€に日本円を換算(1€=130円)。2.2億円÷130=1,692千€。1,692,000€×0.42=711,000 kg CO2e=711トンCO2e。このうち国内製造材料(セメント、鋼材)の割合が70%、輸入材料が30%と想定。国内材の排出係数をセメント業界データ(平均320 kg CO2e/トン・セメント)、鋼材業界データ(平均2.1トン CO2e/トン・鋼材)に置き換えると、より精密な推定が可能。ただし詳細データは入手困難なため、平均係数0.42を採用。
スコープ3カテゴリ4(上流輸送)の計算:
輸入建材(構造用鋼材100トン、セメント400トン)が中国から日本に海運で到着。その後、大阪港から豊中市現場までのトラック輸送(片道約30 km)。海運排出:500トン×6,000 km(上海〜神戸の標準航程)×0.016 kg CO2e/トン・km=48,000 kg CO2e。陸運排出:500トン×30 km往復×0.107 kg CO2e/トン・km=1,605 kg CO2e。合計49,605 kg CO2e≈50トンCO2e。
スコープ3カテゴリ6(ビジネストラベル)の計算:
現場監督の大阪本社から豊中市現場への移動。距離15 km、移動回数月3回、20ヶ月間。輸送手段を鉄道(ダイヤモンドメトロ)と仮定。15 km×3回/月×20ヶ月=900 km/人。鉄道排出係数0.035 kg CO2e/乗客・km。900×0.035=31.5 kg CO2e。現場監督が3名の場合、31.5×3=94.5 kg CO2e≈0.1トンCO2e。
スコープ3カテゴリ7(従業員通勤)の計算:
本社勤務者(総務・経理等)50名、現場勤務者(平均)30名。本社勤務者の平均通勤距離12 km(大阪市内)、通勤手段公共交通(鉄道・バス)。年間通勤日数230日。30.5 km(往復)×230日×0.035 kg CO2e/km=2,460 kg CO2e≈2.5トンCO2e。現場勤務者の30名は毎日異なる現場に移動するため、カテゴリ6に含める(または本社勤務と同等の距離を想定する必要あり。金融庁ガイダンスでは本社最寄り駅からの距離を基準としている)。

  • 建設企業:株式会社桜井建設(大阪府大阪市)
  • プロジェクト:大阪府豊中市での12階建て事務所棟新築工事
  • 予定売上高:4.3億円
  • 予定工期:20ヶ月

国際的なベストプラクティスとの比較

建設業のスコープ3報告について、国際監査基準(ISAE 3410保証業務基準報告書3410)に基づく検証事例を参照すると、以下の点が強調される。
英国の大型建設企業(Balfour Beatty, BAM等)の気候変動報告では、スコープ3を全体排出の70%以上と計算し、詳細な開示を行っている。これらの企業は、建設材料のライフサイクル排出(LCA)を詳細に計算し、設計段階での選材による排出削減効果を定量化している。
欧州連合の建設・建築業向けサステナビリティ基準(欧州委員会による建設製品規則(CPR)の改訂提案)では、2026年から建設製品のカーボンフットプリント表示が義務化される予定である。これにより、建設企業の仕入先から提供される排出データの質が向上する可能性がある。
日本での採用はまだ限定的だが、国際的トレンドに対応するため、大手建設企業は既にLCAデータベース(ecoinvent、ProBas等)の購読を始めている。

スコープ3計測の改善領域

建設業におけるスコープ3報告の精度向上のため、以下の改善が考えられる。
排出係数データベースの国内充実
環境省が「建設産業スコープ3排出係数ガイダンス」を整備することで、現在の国際係数への依存を減らせる可能性。建設材料別(セメント、鋼材、木材、ガラス、断熱材等)の詳細な製造排出係数の公表が急務。
建設プロジェクト管理システムの標準化
建設企業の既存プロジェクト管理システム(原価管理、工程管理)にGHG計測機能を統合することで、手作業でのデータ入力を削減。特に支出ベース法の場合、会計システムから自動抽出できる仕組み。
供給チェーンの排出データ共有
建設材料製造業者がスコープ1・2排出データを建設企業に提供する仕組みの確立。これにより、建設企業が支出ベース係数から実際の購入先排出データへ移行できる。日本の大手セメント・鉄鋼メーカーにおいても、顧客向けの排出データ提供プログラムが開始されつつある(例:太平洋セメント、日本製鉄の環境レポート)。

参考資料および外部リンク

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  • 環境省「温室効果ガスインベントリオフィス」(https://www.greenhouse-gas-management.env.go.jp/)
  • 日本公認会計士協会「企業のサステナビリティ情報開示に関する監査ガイダンス」(2024年)
  • 金融庁「上場企業等のスコープ3排出量開示に関するガイダンス」
  • 建設業協会「建設業における環境配慮ガイドライン」
  • GHG Protocol Scope 3 Calculation Guidance(https://ghgprotocol.org/)