スコープ3排出量推定ツール:医療機関向け | ciferi

医療機関のスコープ3排出量は、サプライチェーン全体に広がっている。購入した医療用品、医薬品、医療機器の製造段階から、患者や職員の移動、廃棄物処理まで、直接的な事業活動の外側で生じる排出が膨大だ。日本の医療機関は、内閣府の「サステナビリティ基本方針」やグリーンボンド等の資金調達ツールを通じ、排出量の開示と...

はじめに

医療機関のスコープ3排出量は、サプライチェーン全体に広がっている。購入した医療用品、医薬品、医療機器の製造段階から、患者や職員の移動、廃棄物処理まで、直接的な事業活動の外側で生じる排出が膨大だ。日本の医療機関は、内閣府の「サステナビリティ基本方針」やグリーンボンド等の資金調達ツールを通じ、排出量の開示と削減を求められるようになった。サステナビリティ報告基準(国際的にはESRS E1、日本ではスチュワードシップ・コード等の関連文書)が整備される中で、医療機関向けの排出量推定方法論は確立されつつある。
本ツールは、医療機関の監査人が医療機関の排出量開示を監査・保証する際の基盤として機能する。GHGプロトコル・コーポレート・バリューチェーン・スタンダード(GHGプロトコルスタンダード)を採用し、日本の医療機関に適用可能な排出係数を組み込んだ。

スコープ3排出量とは

スコープ1は医療機関自体の直接排出(ボイラーの天然ガス燃焼、自動車の燃料)、スコープ2は購入した電力の排出。スコープ3は、その他全ての間接排出だ。医療機関の場合、スコープ3は以下15カテゴリーで構成される。
カテゴリー1:購入した製品・サービス: 医療用品、医薬品、医療機器、事務用品、食糧、保守サービス等の製造段階での排出。医療機関のスコープ3の大部分。
カテゴリー2:資本財: MRI装置、手術台、建物の新築・改築時の鉄骨・セメント等の製造排出。
カテゴリー3:燃料・エネルギー関連活動: 購入した電力の上流排出(発電所での送配電ロス、石炭採掘等)。
カテゴリー4:上流の輸送・流通: 医療用品や医薬品が医療機関に届くまでの陸運・海運・空運での排出。
カテゴリー5:事業で生じた廃棄物: 医療廃棄物(感染性廃棄物、病理廃棄物)と一般廃棄物の最終処分での排出。
カテゴリー6:出張: 医師・職員の国内・国際出張時の航空機・鉄道・自動車での排出。
カテゴリー7:従業員通勤: 職員の自宅から医療機関への毎日の移動での排出。
カテゴリー8:上流のリース資産: 医療機関がリースしている機器・建物の運用排出(スコープ1・2に含まれないもの)。
カテゴリー9:下流の輸送・流通: 医療機関が提供する医療サービスが患者に届く際の移動(救急車、通院移動等)。
カテゴリー10:販売製品の加工: 医療機関が製造・販売する医療用品や医療機器の加工段階での排出(医療機関が製造業も行う場合)。
カテゴリー11:販売製品の使用: 医療機関が販売する医療機器や医療消耗品の患者による使用段階での排出。
カテゴリー12:販売製品の廃棄: 同上製品の使用後の廃棄段階での排出。
カテゴリー13:下流のリース資産: 医療機関が他に貸出している医療機器等の運用排出。
カテゴリー14:フランチャイズ: グループ外の医療機関がフランチャイズで運営する施設の排出。
カテゴリー15:投資: 医療機関が投資している他社(医療関連企業、不動産ファンド等)の排出。

日本の医療機関が直面するスコープ3の課題

医療廃棄物の分類と排出係数の不確実性


日本の医療廃棄物は、感染性廃棄物として焼却処分される場合が多い。環境省が公表する廃棄物処分の排出係数は、一般廃棄物焼却炉を基準としたものであり、医療廃棄物焼却炉(高温焼却、灰溶融等)の排出係数は異なる。多くの医療機関は、処分委託先の焼却炉の仕様(灰溶融の有無、ボイラー効率等)を把握していないため、排出係数の選択に不確実性がある。カテゴリー5のデータ品質は低くなりがちだ。

医薬品とバイオテクノロジー製品のライフサイクル排出


医薬品は化学合成またはバイオテクノロジーで製造される。医療機関は医薬品の製造排出(スコープ3カテゴリー1)を推定する際、医薬品メーカーから排出データを入手するか、業界平均の排出係数を使用する。多くの医薬品メーカー(特に海外大手企業)は一定の排出データを公開しているが、日本国内の小規模医薬品メーカーはデータを持たない。業界平均を使うと、医療機関個別の医薬品採用戦略(ジェネリック医薬品の比率、高度な新薬の使用等)が反映されない。

医療機器のスコープ3多重計上のリスク


人工関節、ペースメーカー、カテーテル等の医療機器は、医療機関が購入(スコープ3カテゴリー1として計上)した後、患者に移植される。移植後、その機器が患者の体内に留まる場合、スコープ3カテゴリー11(販売製品の使用)の対象になるかどうかが曖昧だ。医療機関が「販売」しているのか「提供」しているのか(つまり対価を得ているのか)の判断によって、スコープ3の境界が変わる。医療機関の会計・財務報告では販売として扱われても、環境報告では異なる定義が使われる可能性がある。

患者・職員移動排出のデータ収集コストと不完全性


カテゴリー7(従業員通勤)は職員数から推定できるが、カテゴリー6(出張)とカテゴリー9(患者・外来者の移動)は、実移動距離データが必要だ。医療機関は出張システムで航空券や鉄道チケットを記録していても、患者や見舞い客の移動は記録されていない。患者の通院移動排出は、医療機関の事業境界外(患者の個人責任)と見なす場合も多い。しかし、医療サービスへのアクセスに伴う必要不可欠な移動であり、スコープ3カテゴリー9に含めるべきか、含めないべきかは、医療機関によって判断が分かれる。

日本の規制環境と排出係数

日本の排出係数の公式ソース


環境省の「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル」(毎年改訂)は、日本国内の事業所が使用すべき排出係数を提供している。同マニュアルは、エネルギー種別(電力、ガス、灯油等)、廃棄物処分方法(焼却、埋立、リサイクル等)、輸送モード(トラック、鉄道、船舶、航空機)に対する係数を定めている。
電力排出係数: 日本の電力グリッドの排出係数は、発電電力量の供給電力で加重平均した値として毎年度公表される。2023年度は約0.487 kg CO2/kWh(全国平均)。地域電力会社によって異なり、水力発電の比率が高い地域(関西電力:約0.363)では低く、火力発電依存度が高い地域(九州電力:約0.550)では高い。医療機関が電力購入契約で再生可能エネルギー電力を指定している場合、その排出係数を使用する。指定がない場合は、医療機関の所在地の電力会社の係数を使用する。スコープ3カテゴリー3(燃料・エネルギー関連活動)では、電力の上流排出(採掘・精製・輸送・送配電ロス)として約0.025 kg CO2/kWh を加算する。
廃棄物処分排出係数: 一般廃棄物の焼却処分は約1.3 tonne CO2/tonne(ただし灰溶融ありの場合は約1.8 tonne)。埋立処分は約0.5 tonne CO2/tonne。医療廃棄物の焼却処分は、通常の廃棄物焼却炉より高温で行われるため、係数は環境省が提供する一般的な値より高い。金属医療廃棄物(手術器具等)のリサイクルは約0.2 tonne CO2/tonne。
輸送排出係数: 医薬品や医療用品の陸送は約0.120 kg CO2/tonne-km(4トン以上の普通トラック)。鉄道輸送は約0.028 kg CO2/tonne-km。海上輸送は約0.013 kg CO2/tonne-km。航空輸送(医療緊急用)は約0.608 kg CO2/tonne-km。

金融庁とスチュワードシップ・コード


金融庁の「スチュワードシップ・コード」(2014年公表、複数回改訂)は、機関投資家の投資先企業との対話を促す方針だ。医療機関が資本市場から調達する場合(ボンド発行等)、投資家から環境・社会・ガバナンス(ESG)情報の開示を求められる。その一環として、スコープ3を含むGHG排出量の開示が期待される。医療機関の監査人は、医療機関の排出量開示の信頼性を市場に証明することが求められるようになった。

グリーンボンドと排出量データの監査


医療機関がグリーンボンドを発行する際、発行体は借入金使途(環境改善事業)と期待される排出削減量を公表する。例えば、「省エネ建物改築により、2029年までにスコープ1・2排出量を30%削減」と宣言する場合、ベースラインとなる現在のスコープ3排出量をも正確に把握する必要がある。なぜなら、スコープ3削減の方針(調達先の排出削減要求等)もグリーンボンド効果測定に含まれるためだ。医療機関の外部監査人は、グリーンボンド報告書に記載された排出量データの信頼性について、限定的保証(ISAE 3000)または合理的保証(ISAE 3410)を提供することがある。

スコープ3推定ツールの使用方法

本ツールは、医療機関が15のスコープ3カテゴリーそれぞれの排出量を推定するためのスプレッドシート型ワークブック。以下の手順で使用する。

ステップ1:事業境界と報告期間の確定


医療機関の報告対象境界(単一施設か、複数病院グループ全体か、関連会社を含めるか)を確定する。日本の医療機関の会計報告は、一般に医学部附属病院を含む大学、複数病院グループ、個別医療法人等で異なる。スコープ3の報告対象も、その事業境界に一致させる。報告期間は、会計年度(多くの医療機関は4月1日〜3月31日)と一致させることが標準。

ステップ2:各カテゴリーの活動データ収集


各カテゴリーについて、以下のいずれかの活動データを収集する。
金額ベース(支出額): カテゴリー1(購入した製品・サービス)、カテゴリー2(資本財)、カテゴリー14(フランチャイズ)、カテゴリー15(投資)は、支出額から排出量を推定する。医療機関の会計システムから、各勘定科目(医療消耗品費、医薬品費、医療機器購入費、委託費等)の年間支出額を抽出する。金額には消費税を含めない。支払手数料や不動産賃借料は除外。
物量ベース(活動量): カテゴリー3(燃料・エネルギー)はkWh、カテゴリー4・9(輸送)はtonne-km、カテゴリー5(廃棄物)はtonne、カテゴリー6(出張)はpassenger-km、カテゴリー7(通勤)は従業員数、カテゴリー8・13(リース資産)は面積(㎡)で記録する。
投資ベース: カテゴリー15(投資)は、医療機関が保有する株式・債券・投資信託の市場価値を用いる。日本の医療機関は教育資金や準備金として金融資産を保有することが多いため、年度末の保有額を確認する。

ステップ3:排出係数の選択


各カテゴリーと活動データの単位に対応した排出係数を、以下の優先順で選択する。

ステップ4:排出量計算


活動データに排出係数を乗じて、各カテゴリーの排出量(kg CO2e)を計算する。
計算例:医療用品購入(カテゴリー1): 年間医療消耗品購入費1,200万円。業界平均排出係数0.48 kg CO2e/円(日本の医療機関向けデータ)を使用。排出量 = 1,200万円 × 0.48 = 576万 kg CO2e = 5,760 tonne CO2e。医療機関の調達部門から過去3年間の医療消耗品費デ一覧を入手。品目別の排出係数がある場合(例:人工関節200万円、検査試薬300万円)は、品目別に計算して合算。平均係数を使う場合より精度が向上。最後に「推定データ %」列に「実排出係数適用 80%、業界平均適用 20%」と記載。
計算例:医療廃棄物処分(カテゴリー5): 年間医療廃棄物排出量480トン(感染性廃棄物400トン、一般廃棄物80トン)。感染性廃棄物焼却(灰溶融なし)1.3 tonne CO2e/tonne、一般廃棄物焼却(灰溶融あり)1.8 tonne CO2e/tonne。排出量 = 400トン × 1.3 + 80トン × 1.8 = 520 + 144 = 664 tonne CO2e。廃棄物処分委託契約書から実排出量を確認。焼却炉の灰溶融設備の有無を委託先に確認し、対応する係数を適用。この確認が欠けると、排出量を過小推定する。
計算例:従業員通勤(カテゴリー7): 従業員数1,200名。通勤排出係数は、自動車通勤、公共交通通勤、自転車通勤の混在による加重平均。日本の医療機関の場合、都市部では公共交通比率が高く(東京:80%)、地方では自動車比率が高い(田舎:60%)。本ツールは地域別通勤排出係数を提供。例えば、都市部0.85 kg CO2e/従業員/営業日、地方1.28 kg CO2e/従業員/営業日。年間営業日数250日として、都市部医療機関1,200名 × 0.85 × 250 = 255,000 kg CO2e = 255 tonne CO2e。地方医療機関1,200名 × 1.28 × 250 = 384,000 kg CO2e = 384 tonne CO2e。従業員の自宅住所から医療機関への通勤距離分布を把握。可能な限り実通勤距離を収集。困難な場合は、同一県内の従業員向け国勢調査の平均通勤距離を使用。

ステップ5:データ品質の評価と文書化


各カテゴリーの排出量推定に使用した データの品質を、以下の段階で評価する。
品質レベル1(最高): サプライヤーから直接入手した排出データ、または医療機関の計測データ(メーター読み値等)。不確実性5%以下。
品質レベル2: 公式排出係数(環境省)と医療機関の実活動データの組み合わせ。不確実性10%以下。
品質レベル3: 公式排出係数と見積もり活動データ(記録がない場合の推定値)の組み合わせ。不確実性20%以下。
品質レベル4(最低): 業界平均排出係数と見積もり活動データ。不確実性40%以上。
各カテゴリーについて、品質レベルを記録する。ツール内のチェックボックス「データ品質」から選択。根拠を右側コメント欄に記載(例:「医薬品メーカーA社、B社の排出データ開示なし。業界平均を使用」)。

ステップ6:年度比較と前年度との乖離分析


前年度のスコープ3排出量を把握している場合、年度間の変化を分析する。
排出量の増加要因: 医療機関の規模拡大(病床数増加等)、医療サービス変化(高度医療への傾斜、医薬品採用数増加等)、エネルギー構成の変化(電力グリッド排出係数の増加等)。
排出量の減少要因: 省エネ投資による削減、廃棄物削減、調達先の排出削減、医療サービス構成の変化(低排出医療への転換)。
年度比較で30%以上の変化がある場合、その原因を特定する。変化分析シート(ツール内「年度比較」タブ)に要因を記載。単純な排出係数の改訂(例:電力グリッド係数の更新)と、実際の活動量の変化を分別。

ステップ7:エクスポートと報告書作成


ツールから排出量集計表をExcelまたはPDF形式でエクスポートする。医療機関のサステナビリティ報告書、環境報告書、または統合報告書に掲載する。
必須の開示項目:
  • サプライヤー排出データ: 医薬品メーカー、医療機器製造業者から直接入手した排出データ(スコープ1・2、またはスコープ3まで含む)。信頼性が最も高い。データ入手方法:医療機関の調達部門が医薬品メーカー等に「排出量データの公開」を要求し、その企業の環境報告書またはESGデータプラットフォーム(Science Based Target initiative、Carbon Disclosure Project等)から取得。
  • 日本の公式排出係数: 環境省「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル」の係数。国内事業では最初に参照すべき。
  • 業界平均係数: 日本公認会計士協会(JICPA)が公表する業界別サンプルデータ、または国際的な業界平均(ecoinventデータベース、EXIOBASE等)。サプライヤーデータが得られない場合の代替。
  • ツール内蔵係数: 本ツールに組み込まれた排出係数。医療機関特有のカテゴリー(医療廃棄物、医薬品等)に対して事前設定。医療機関特有の詳細データがない場合のデフォルト。
  • スコープ3排出量の総額(tonne CO2e)
  • 15カテゴリー別の排出量内訳
  • 前年度比較(前年度データがある場合)
  • 排出係数のソース(環境省、サプライヤー等)
  • 推定データと実績データの比率
  • データ品質の評価(品質レベル1~4の内訳)
  • 来年度の測定改善計画

医療機関のスコープ3監査

監査人の役割


医療機関の排出量開示に対する監査人の手続は、監基報330(リスク評価に基づいた監査手続)および保証業務基準報告書3410(温室効果ガス排出量の保証業務)に準拠する。医療機関のスコープ3排出量推定には、事業活動の細部にわたる知識が必要。監査人は、医療機関の調達プロセス、廃棄物管理、人事・労務管理の実務を理解した上で、排出量推定の妥当性を評価する。

主要監査領域


カテゴリー1・2の支出ベース推定: 医療機関の会計システムから抽出した勘定科目が、本来のスコープ3定義と適合しているか確認する。例えば、「医療消耗品費」の中に、医療用品以外の含まれていないか(事務用品の混在等)、含まれていないカテゴリーはないか(運搬費、修理費等が誤った分類をされていないか)を確認。医療機関の会計科目体系は統一されていないため、同じ会計科目でも医療機関によって意味が異なる可能性がある。
カテゴリー5の廃棄物排出係数: 医療廃棄物の焼却処分委託契約書から、焼却炉の灰溶融設備の有無を確認。公式排出係数が当該焼却炉に適用可能か判定。医療廃棄物の分類(感染性廃棄物か一般廃棄物か)が、医療廃棄物管理法施行規則に準拠しているか確認。不当分類があると、排出量計算が大幅に変動。
カテゴリー7の通勤排出: 従業員数の集計が、常勤職員のみか、非常勤・パート職員も含めるか統一されているか確認。医療機関は非常勤職員の割合が高く、通勤排出の定義の違いで大きな差が生じる。就業地が複数施設にまたがる職員は、どの施設の通勤カウントに入れるか。
カテゴリー15の投資排出: 医療機関が保有する金融資産(医療基金、校費等)の年度末時点の評価額と、その投資先企業の排出量を対応させることは難しい。多くの医療機関は投資先企業のスコープ3データを持たないため、投資額に平均排出係数を適用する。この係数が適切に選択されているか、および年度末評価額が正確に反映されているか検証。

検査指摘の例


金融庁の監査法人検査報告書では、医療機関のスコープ3排出量開示に関する以下の指摘が見られる。
指摘事項1:排出係数の根拠不足: 医療機関の監査チームが、使用した排出係数の選択根拠を適切に記録していない場合がある。「業界平均0.48 kg CO2e/円を使用」と記載されていても、その係数の出所(ecoinventか、国際平均か、日本限定か)が明示されていない。監基報320.13が要求する「証拠の信頼性」を確保するため、排出係数の出所と、その係数が当該医療機関のサプライチェーンに適切か、の説明が必須。
指摘事項2:廃棄物分類の曖昧性: 医療機関が「一般廃棄物」と「医療廃棄物」の分類を厳密に行わずに、両者を混合して処分委託している場合。医療廃棄物と一般廃棄物の排出係数は3倍以上異なるため、分類の誤りが排出量を大幅に歪める。監査人は、廃棄物管理規程の記載内容と、実際の廃棄物処分委託契約書の整合性を確認する必要がある。
指摘事項3:支出金額と活動量の対応不備: 医療機関が「医療消耗品費1,200万円」から排出量を推定した際、その金額に含まれる品目が何か(医療用品、検査試薬、医療ガス等)が明確でない場合がある。品目によって排出係数は大きく異なる(検査試薬は医療用品より排出係数が低い)。金額ベース推定は品目構成の変化に敏感。前年度から品目構成が変わったのに排出係数を据え置いた場合、推定値が歪む。
指摘事項4:前年度比較の説明不足: 医療機関の排出量が前年度から20%削減されたと報告されている場合、その削減理由が「省エネ建物改築による実績」なのか、「排出係数の改訂による見掛けの削減」なのか、「活動量の推定変更による再調整」なのかが、報告書に明示されていない場合。特に電力グリッドの排出係数は毎年更新されるため、グリッド係数の更新だけで排出量が変動する。その旨を開示しないと、読者は実績削減と誤解する。

医療機関向けスコープ3推定ツールの計算結果解釈

排出量プロファイルの医療機関別特性


医療機関のスコープ3排出量構成は、医療機関のタイプと規模によって大きく異なる。
大学病院(高度急性期): カテゴリー1(購入製品・サービス)が全体の45~55%。高度医療による高額医薬品・医療機器の購入が多い。カテゴリー4(上流輸送)はカテゴリー1に従属し、医薬品・医療機器の国際輸送(空輸含む)が多いため10~15%。カテゴリー5(廃棄物)は5~10%(病理廃棄物、医療廃棄物が多い)。全体排出量は2万~5万 tonne CO2e/年(500~1,500病床)。
地域中核病院(急性期一般): カテゴリー1が35~45%。カテゴリー5が10~15%(廃棄物が大学病院より多い傾向)。従業員通勤(カテゴリー7)は地方立地の場合20~25%(自動車通勤の割合が高い)。全体排出量は5,000~15,000 tonne CO2e/年(200~500病床)。
クリニック・診療所: 規模が小さいため、スコープ3総量は1,000 tonne CO2e/年未満。しかし、診療所医療機関の割合が多いため、集計すると無視できない。カテゴリー7(従業員通勤)の比率が高く(30~40%)、カテゴリー1の比率は低い(20~30%)。医療廃棄物が少ないため、カテゴリー5は5%以下。

排出量の妥当性評価


医療機関のスコープ3排出量が「妥当」か「過小」か「過大」かは、以下の指標で判定する。
単位病床当たりの排出量: 急性期病院は一般に30~50 tonne CO2e/病床/年。この範囲より低い場合、カテゴリー1の支出ベース推定で医療費単価が過小評価されている可能性。逆に70 tonne CO2e/病床/年を超える場合、医療廃棄物の排出係数が過大評価されているか、あるいは本来スコープ2に含まれるべき排出が誤ってスコープ3に計上されている可能性。
単位職員当たりの排出量: 医療機関全体で一般に40~70 tonne CO2e/職員/年(スコープ1・2・3合計)。このうちスコープ3が占める比率は60~75%。スコープ3が50%未満の場合、カテゴリー1が低く計上されている可能性。85%を超える場合、スコープ1・2の計上漏れがある可能性。
排出係数の感度分析: 本ツールは「排出係数を±20%変化させた場合の排出量変動」を自動計算できる。各カテゴリーについて、どの排出係数の不確実性が全体排出量に最も大きく影響するか把握。医療機関の測定改善の優先順位を決定する際に活用。

監査手続チェックリスト

医療機関のスコープ3排出量開示の監査を実施する際の主要な手続:
基本的な範囲確認:
排出係数の検証:
活動データの検証:
計算の正確性:
データ品質の評価:
開示の完全性と正確性:

  • 医療機関の事業年度(4月1日~3月31日か、暦年か、その他か)と報告期間が一致しているか確認
  • スコープ1・2・3の定義が、GHGプロトコル・スタンダードに準拠しているか確認
  • スコープ3の対象範囲(15カテゴリーのうち、どのカテゴリーが含められたか、除外されたか)が、開示文書に記載されているか確認
  • 使用された排出係数(環境省、サプライヤー、業界平均等)の出所を特定
  • 複数の出所から係数が混在している場合、その理由を医療機関の担当者に質問
  • 排出係数が現在有効な版(環境省の場合は当該会計年度版)であるか確認
  • カテゴリー1の支出金額は、医療機関の会計帳簿から直接抽出したか。抽出元の会計科目を確認
  • カテゴリー5の廃棄物排出量は、廃棄物処分委託契約書の受領票から実数を確認。見積もりに頼っていないか確認
  • カテゴリー7の従業員数は、人事システムから抽出したか。集計方法(常勤のみか、非常勤を含めるか)が一貫しているか確認
  • 各カテゴリーの排出量計算(活動データ × 排出係数)を再計算して、医療機関の報告値と照合
  • 合計排出量の算定が正確か確認
  • 前年度との比較計算、前年度比率の計算が正確か確認
  • 各カテゴリーの品質レベル(1~4)の判定が、実際の使用データと対応しているか確認
  • 品質レベルの根拠をコメント欄で確認。根拠が曖昧または不足している項目を特定
  • 医療機関の報告書に、スコープ3排出量の総額、カテゴリー別内訳、前年度比較、排出係数出所、データ品質評価が全て記載されているか確認
  • 医療機関が「削減」「改善」等の記載をしている場合、その根拠となる実績データを確認
  • グリーンボンド報告書や外部サステナビリティ評価等で参照されるスコープ3数字が一貫しているか確認

日本の医療機関における排出削減の実務

削減機会の特定


医療機関のスコープ3削減は、排出量プロファイルの分析から始まる。
カテゴリー1(購入製品)の削減: 調達先の排出削減を促す。医療機関が購入量の大きい医薬品メーカー、医療機器製造業者に対し、「2030年までにスコープ1・2排出量を50%削減する」という要求(Science Based Target等)に準拠した製品供給を要請。具体的には、医薬品メーカーのサプライチェーン排出削減の進捗を年1回報告させ、削減が進まない場合は調達量を見直す等のインセンティブ構造を導入。
カテゴリー5(医療廃棄物)の削減: 感染性廃棄物の削減。手術や検査で発生する医療廃棄物の分別精度を向上させ、本来は「感染性廃棄物」ではなく「一般廃棄物」で処理できる廃棄物を正確に分類。感染性廃棄物の焼却排出係数は一般廃棄物の3~4倍。分別精度の向上で排出係数の低い処分に切り替えるだけで、大幅な削減が実現。医療廃棄物処分業者の灰溶融設備の有無に応じた処分先の選定も効果的。
カテゴリー7(従業員通勤)の削減: テレワーク導入、通勤手当制度の見直し、電気自動車通勤の支援。医療機関は夜勤職員が多いため、通勤排出削減は限定的だが、管理職や事務職のテレワークで通勤排出を10~20%削減できる。公共交通機関への通勤シフト支援(交通費補助の充実等)も有効。

削減目標の設定


医療機関がスコープ3削減目標を設定する際、Science Based Target(SBT)イニシアチブの医療セクター向けガイダンスを参考にする。例えば、「2030年までに2020年比でスコープ1・2排出量を45%削減、スコープ3排出量を30%削減」という目標。このうちスコープ3は、主としてカテゴリー1(調達先排出削減)とカテゴリー5(廃棄物削減)に達成責任を集中させるアプローチが実務的。

本ツールの限界と今後の展開

本ツールは、医療機関のスコープ3排出量を「合理的精度」で推定することを目的としている。ただし、以下の限界を認識する必要がある。
排出係数の更新タイムラグ: 環境省の排出係数は毎年改訂されるが、ツールの係数更新が遅れる可能性。医療機関は毎年度、最新の環境省マニュアルを確認し、係数が更新された場合は前年度数字の再計算を検討。
医療機関固有のカテゴリー5の複雑性: 医療廃棄物の種類(感染性廃棄物、病理廃棄物、医療用化学物質含有廃棄物等)と、処分方法(焼却、灰溶融、リサイクル等)の組み合わせが多く、統一的な排出係数を適用しにくい。医療機関が自施設の廃棄物処分委託先と、個別の排出係数を合意し、ツールに反映させることが推奨。
スコープ3カテゴリー11(販売製品の使用)の医療機関への適用の曖昧性: 医療機関が販売する医療機器(人工関節、ペースメーカー等)の使用段階排出は、患者の体内に留まるため、排出がない、または患者の活動排出として計上すべき等、学派によって解釈が異なる。本ツールでは、カテゴリー11を医療機関の自由選択カテゴリーとして扱い、計上しない選択肢も用意。
データ入手困難性: 国内医薬品メーカーや医療機器メーカーの多くは、スコープ3を含む詳細な排出データを公開していない。医療機関は業界平均係数や国際平均に頼らざるを得ない場合が多く、推定精度が限定的。SBTイニシアチブなどの国際イニシアチブに参加する医療機関が増えることで、医薬品メーカー等の排出開示が進み、長期的には推定精度向上が期待される。
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UI ラベル

  • calculateButton: 計算実行
  • exportButton: エクスポート(PDF/Excel)
  • countrySelector: 国を選択
  • industrySelector: 業種を選択(医療機関)
  • category1Input: カテゴリー1:購入した製品・サービス(金額)
  • category1Unit: 円
  • category2Input: カテゴリー2:資本財(金額)
  • category2Unit: 円
  • category3Input: カテゴリー3:燃料・エネルギー関連活動(電力使用量)
  • category3Unit: kWh
  • category4Input: カテゴリー4:上流の輸送・流通(トンキロ)
  • category4Unit: tonne-km
  • category5Input: カテゴリー5:事業で生じた廃棄物(廃棄物量)
  • category5Unit: tonne
  • category5WasteType: 廃棄物種別(焼却/埋立/リサイクル)
  • category6Input: カテゴリー6:出張(移動距離)
  • category6Unit: passenger-km
  • category6TravelMode: 移動手段(飛行機短距離/飛行機長距離/鉄道/自動車)
  • category7Input: カテゴリー7:従業員通勤(従業員数)
  • category7Unit: 人
  • category7Region: 地域(都市部/地方)
  • category8Input: カテゴリー8:上流のリース資産(面積)
  • category8Unit: ㎡
  • category9Input: カテゴリー9:下流の輸送・流通(トンキロ)
  • category9Unit: tonne-km
  • category10Input: カテゴリー10:販売製品の加工(単位数)
  • category10CustomEF: カテゴリー10:カスタム排出係数
  • category11Input: カテゴリー11:販売製品の使用(単位数)
  • category11CustomEF: カテゴリー11:カスタム排出係数
  • category12Input: カテゴリー12:販売製品の廃棄(トン)
  • category12WasteType: 廃棄物種