スコープ3排出量推定ツール:日本向け | ciferi

日本国内の企業によるスコープ3排出量の推定は、国際的なGHGプロトコルの枠組みと、日本の規制環境の交点に位置している。金融庁は上場企業に対し、気候関連財務情報の開示に関するタスクフォース(TCFD)の勧告に沿った開示を求めており、スコープ3が重要である場合は開示対象に含まれる。日本取引所グループの上場規...

概要

日本国内の企業によるスコープ3排出量の推定は、国際的なGHGプロトコルの枠組みと、日本の規制環境の交点に位置している。金融庁は上場企業に対し、気候関連財務情報の開示に関するタスクフォース(TCFD)の勧告に沿った開示を求めており、スコープ3が重要である場合は開示対象に含まれる。日本取引所グループの上場規則では、プライム市場上場企業はTCFD勧告に準拠した開示を行うことが期待されている。さらに、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のIFRS S2「気候関連開示」に基づく日本版のサステナビリティ開示基準が整備される過程で、スコープ3報告がより厳格に求められるようになると見込まれている。
環境省は日本の温室効果ガス排出量の算定方法に関する基準を発行しており、これらはスコープ1およびスコープ2の算定の基礎となっている。ただし、スコープ3については産業別・業態別のガイダンスが限定的であり、企業は国際的な排出係数データベース(例:DEFRA係数、ecoinvent、EXIOBASE)に依存する傾向が強い。

規制環境

金融庁のサステナビリティ開示に関する監視活動は、2024年度から段階的に強化されている。公認会計士・監査審査会(CPAAOB)は、スコープ3開示に関連する限定的保証業務(ISAE 3410に準拠)の品質に関する検査を実施し始めた。検査では、排出量の推定方法の一貫性、排出係数の出典文書化、算定境界の完全性が重点項目として確認されている。
環境省の温室効果ガス排出量算定・報告マニュアルは、企業の自主的な算定に使用される基準文書だが、法定の強制力は限定的である。一方、国立研究開発法人国立環境研究所(NIES)が公開する排出係数データベース(例:原単位データベース、IDEA)は、日本国内の産業活動に特化した係数を提供しており、信頼性が高い。
大規模なエネルギー多消費企業は、国際的な排出取引スキーム(カーボンクレジット市場等)への参加を通じ、スコープ1・スコープ2の実績データを蓄積している。これらの企業が提供する排出量データは、下流企業(サプライチェーンパートナー)のスコープ3 カテゴリ1算定の精度を高める重要な情報源となる。

実務上のガイダンス

日本企業がスコープ3を推定する際は、以下の手順を推奨する:
カテゴリ1(購入した商品・サービス)の推定: 支出額ベースの排出係数から開始する。環境省や国立環境研究所の支出額ベース係数(業種別・商品カテゴリ別)を使用する。より詳細な推定が必要な場合は、サプライヤーの個別排出量データ(Scope 1の実績値等)に基づく活動量ベースの係数に切り替える。国際的なEXIOBASEデータベースも参考値として有用である。
電力関連(カテゴリ3): 日本の電力グリッドの平均排出係数は2024年度で約0.46 kg CO2e/kWh(電力会社が公表する地域別係数)である。この値は、再生可能エネルギーの導入拡大により年々低下している傾向が続いている。東京電力、関西電力など主要電力会社は地域別・電源別の排出係数を開示しており、より詳細な推定が可能な場合はこれらを使用する。
輸送(カテゴリ4、9): DEFRA係数またはエコインベントのデータベースで、トンキロメートルあたりの排出係数を取得する。日本国内の陸上輸送(トラック)については、日本物流団体連合会が発行する統計データに基づく係数の使用も可能である。
廃棄物(カテゴリ5): 一般廃棄物か産業廃棄物かを区分し、埋立処分、焼却、リサイクルなどの処分方法別に係数を適用する。環境省が発表する処分方法別の排出係数を基本として使用する。
従業員通勤(カテゴリ7): 従業員数と通勤距離の平均値から推定する。公共交通、自動車、自転車などの交通手段別に係数を分別するとより精度が高まる。

監査における期待値

限定的保証業務を実施する公認会計士は、ISO/IEC規格またはISAE 3410に準拠する場合が多い。CPAAOB の検査では、スコープ3開示の品質について以下の点が確認される:
排出係数の選定と文書化: 使用した排出係数の出典(国内データベース、国際的なデータベース、または企業独自の測定値)が明確に記録されているか。異なる年度または異なるカテゴリで異なる係数源を使用している場合、その理由が説明されているか。
境界設定の完全性: スコープ3に含まれるカテゴリが全て確認されたか。特に、購買品(カテゴリ1)と資本財(カテゴリ2)の区分、または製品の使用段階排出量(カテゴリ11)の適用可否が正確に判定されているか。
推定値と実績値の内訳: スコープ3の報告数値が、どの程度まで実測データに基づいており、どの程度が推定値か明示されているか。年度ごとの変動幅が説明されているか(特に、排出係数の変更に基づく見かけ上の増減と、実際の活動量の変化を区別できるか)。
精度レベルの段階的改善: 初年度は支出額ベースの粗い係数で推定を開始し、以後の年度で活動量ベース、企業固有の係数へと精度を向上させるロードマップがあるか。

日本国内の産業別・業態別留意点

製造業(特に自動車部品、電子部品、機械加工): 原材料の購入(カテゴリ1)および製造委託先への外注費(カテゴリ1またはカテゴリ4)の比重が極めて大きい。部品メーカーが複数の中間加工業者を経由する場合、過度な二重計算を回避する必要がある。サプライチェーンマッピングを明確にし、各階層でのカウント対象を厳密に定義する。
卸売業・流通業: スコープ3の主要な排出源は、仕入商品の輸送(カテゴリ9、またはサプライヤーのカテゴリ4として計上すべき)と、配送先への物流(カテゴリ9)である。倉庫・配送施設の電力消費(カテゴリ8または9に含まれうる)も無視できない。
金融機関・保険会社: スコープ3の大部分は投資先企業の排出量(カテゴリ15)となる。PCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)が発行する投資ポートフォリオ排出量推定の国際基準を参考にするが、日本の金融機関向けのガイダンスは発展途上段階にある。PRA(イングランド銀行の規制部門)が発表した気候リスク監督方針も国際的な参照として有用である。
サービス業(コンサルティング、広告、デザイン): スコープ3は主に従業員通勤(カテゴリ7)と出張(カテゴリ6)である。リモートワークの浸透により、通勤排出量が減少している傾向が見られ、年度ごとの推定値の低下は活動量の実際の変化を反映している可能性が高い。