導入の仕組み
CSRD第6条は、企業規模に応じた4段階の導入スケジュールを定めている。監査実務では、被監査会社がどの段階に該当するかを把握することが必須である。段階の判定は企業の従業員数(前年度末時点)で決まり、一度段階が確定すると、その企業は以降その段階内で報告する。
第1段階(2025年1月1日開始、2025年報告分から): 従業員500人超の大規模企業(さらに上場企業を含む)。これらの企業は2025年会計年度から持続可能性データの蒐集を開始し、2026年4月30日までに最初の報告書を公開する。同時に、限定的保証レベルでの第三者保証(監査人による検証)が必須となる。ただし、初年度(2025報告分)のみ、保証は「表明」(assurance statement)である監査意見とは異なる形式が許容される。
第2段階(2026年1月1日開始、2026年報告分から): 従業員250人超500人以下の中堅上場企業。これらは2026年会計年度から報告を開始し、2027年4月30日までに報告書を公開する。保証要件は第1段階と同じ。
第3段階(2027年1月1日開始、2027年報告分から): 従業員500人超の中堅非上場企業(EU域内に拠点を持つ全企業)。報告公開期限は2028年4月30日。
第4段階(2028年1月1日開始、2028年報告分から): 小規模企業に対するオプト・イン段階。従業員250人未満の企業も報告対象となることを選択できるようになる。
各段階で重要なのは「報告開始年度」と「報告書公開期限」である。監査人は被監査会社がどの段階に属するかを確認した上で、その段階に対応する保証手続を実施する。
計算例:実際のスケジュール判定
被監査会社:オランダの機械製造企業、Bakker Industrial B.V.、2024年度末従業員850人、オランダで法人登録
段階1:対象段階の確認
Bakker Industrial B.V.は従業員500人を超えており、かつEU域内企業である。CSRD第6条により第1段階に該当する。
文書化ノート:被監査会社の従業員数確認(給与台帳、労務規則を確認)。従業員数は直前決算年度末の人数で判定。中途採用、離職を含めた実人数。
段階2:報告開始年度の決定
第1段階の企業は2025年1月1日から報告義務が開始される。つまり、Bakker Industrial B.V.にとって最初の報告対象年度は2025年度(2025年1月1日~2025年12月31日)となる。
文書化ノート:報告開始年度は、各企業の会計年度開始日に関わらず、CSRD規則により一律に決まる。監査調書では「CSRD第1段階適用企業」と分類。
段階3:報告書公開期限の把握
第1段階企業の報告書公開期限は2026年4月30日である。Bakker Industrial B.V.は2025年度の持続可能性報告書を2026年4月30日までに公開しなければならない。
文書化ノート:公開期限をプロジェクト管理表に記載。監査人の限定保証報告書は公開期限前に完了している必要がある。
段階4:保証レベルの決定
2025年報告分(初年度)は、保証は「表明」形式で、限定的保証レベルが適用される。Bakker Industrial B.V.は2025年度報告につき、限定保証契約を締結し、監査人はISAE 3410(持続可能性報告の限定保証)に従い、データポイントおよび開示内容を検証する。
文書化ノート:ISAE 3410第14~17項により限定保証の手続を設計。被監査会社のESRS(欧州持続可能性報告基準)準拠の自己表示、データガバナンス、内部統制を評価。
結論:Bakker Industrial B.V.は2025年度から持続可能性報告義務を負い、2026年4月30日までに限定保証付きの報告書を提出する必要がある。段階的導入スケジュールにより、同社は3年間のデータ蒐集・報告体制構築期間を得られる。ただし、保証要件の段階的強化(初年度は表明、2年目以降は監査意見に近づく可能性)に注意が必要である。
監査人が間違えやすいポイント
- 従業員数の判定時点を誤る:段階の判定は「直前決算年度末」の従業員数で行われる。中途採用が多い企業では、通年の平均従業員数ではなく期末時点の数字を使用することに注意。CSRD第1条(c)により判定基準は一意に定められている。
- 報告開始年度と保証開始年度を混同する:CSRDの「報告開始年度」と「保証開始年度」は同じ。第1段階企業が2025年から報告を開始すれば、同じ2025年報告分から保証も実施される。オンシアスの監査要件は報告書公開期限までに完了している必要があり、公開後の保証は不可。
- 初年度の保証形式を誤解する:2025年報告分(第1段階初年度)の保証は、従来の監査意見とは異なり、「表明」形式である。ISAE 3410によるテンプレートには監査人の結論が「保証を与える」(provide assurance)という限定的な表現で記載される。この点を被監査会社に説明する際に誤解が生じやすい。
段階的導入と段階的強化の区別
段階的導入(phased timeline)とは、企業規模に基づいて報告開始時期が異なることを指す。これは、段階的強化(phased increase in scope)とは異なる。段階的強化とは、同じ企業が報告初年度から複数年後にかけて、報告対象となるESRSの項目数を段階的に増やしていくことを指す。CSRDにおいては、両方が同時に起こる。
監査人は、被監査会社が「どの導入段階に属するか」(入り口の段階性)と「その段階内で報告スコープが拡大するか」(奥行きの段階性)の両方を追跡する必要がある。
関連用語
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- ESRS(欧州持続可能性報告基準): CSRDの報告要件を技術的に定めた基準。段階的導入スケジュールに基づき、段階ごとに異なるESRSセットが適用される。
- ダブル・マテリアリティ: CSRDの報告対象を決めるメカニズム。段階的導入により報告対象企業が増えるにつれ、ダブル・マテリアリティ分析の実施企業も増加する。
- 限定保証: CSRD報告に対する第三者検証レベル。初年度は限定保証で開始される。
- ISAE 3410: 持続可能性情報の保証を規定する国際基準。CSRD段階的導入に対応する保証実務の根拠。
- CSRD適用除外企業: 一定要件を満たせば段階的導入から除外される企業。例えば、子会社で親会社が連結報告書を提出する場合。
- ESRSデータポイント: CSRD報告書に記載される最小構成単位。段階による報告対象データポイント数の相違を把握することが重要。