重要なポイント

  • TCFDは2023年に解散しIFRS S2に全面統合、ISSBが監視責任を承継した
  • 4本柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)がIFRS S2の各段落に対応する
  • EU域内企業はESRS E1に基づき報告し、ダブルマテリアリティの観点を追加する

仕組み

TCFDは2017年に最終提言を公表し、気候関連の財務リスクと機会に関する開示を4本の柱で構成した。ガバナンスの柱は取締役会と経営陣の監督体制を、戦略の柱は気候関連のリスク・機会が事業・戦略・財務計画に及ぼす影響を、リスク管理の柱は気候関連リスクの識別・評価・管理プロセスを、指標と目標の柱はGHG排出量を含む定量的指標と達成目標をそれぞれ対象としている。

2023年10月にタスクフォースは解散し、ISSBがTCFDの監視責任を2024年1月1日付で引き継いだ。IFRS S2はTCFDの4本柱構造を全面的に取り込んでおり、ガバナンスはIFRS S2.5~S2.6に、戦略はIFRS S2.8~S2.22に、リスク管理はIFRS S2.24~S2.26に、指標と目標はIFRS S2.27~S2.37にそれぞれマッピングされる。ISSBは公式の対照表を公表しており、TCFDの各提言とIFRS S2の段落番号の対応関係を確認できる。

EU域内のCSRD対象企業はESRS E1に基づき気候関連の開示を行う。ESRS E1はTCFDの柱と実質的に重複するが、TCFDにはなかったインパクトマテリアリティの基準を加えたダブルマテリアリティの観点を適用する。TCFDからIFRS S2への移行とESRS E1への対応は別個の作業であり、両者の要求事項を混同しないことが肝要である。

実務例:Muller Energie AG

被監査会社:ドイツのエネルギー供給企業、2025年度、売上高3億2,000万EUR、CSRD対象、IFRS適用。従来TCFD提言に基づく任意開示を行っていたが、2025年度からESRS E1に基づく気候開示に移行する。

ステップ1 — TCFD開示の現状マッピング
Muller Energieは過去3年間、年次報告書でTCFDの4本柱に沿った開示を行ってきた。監査チームは既存のTCFD開示をIFRS S2の段落番号にマッピングし、ギャップを識別した。ガバナンス(IFRS S2.5~S2.6)はほぼ充足していたが、戦略(IFRS S2.8~S2.22)ではシナリオ分析の定量的影響額が不足していた。
監査調書への記載:ISSBの公式対照表を用いたマッピング結果を記録する。TCFDで開示済みの項目、IFRS S2で追加が必要な項目、ESRS E1固有の要件をそれぞれ区分する。

ステップ2 — ESRS E1のギャップ分析
ESRS E1はTCFDとIFRS S2が求める財務マテリアリティに加え、インパクトマテリアリティの評価を求めている。Muller Energieのスコープ1排出量は年間120万トンCO2eであり、インパクトの観点から明確にマテリアルと判断された。スコープ3排出量の推計方法(GHGプロトコルに基づく)の精度向上がギャップとして識別された。
監査調書への記載:ダブルマテリアリティ評価の結論、スコープ1/2/3排出量の算定方法、使用したデータソースを記録する。ESRS E1のデータポイントの充足状況をチェックリスト形式で文書化する。

ステップ3 — 移行期の保証水準の確認
CSRDは当初、サステナビリティ報告に対する限定的保証を要求している。監査チームはISSA 5000に基づく保証手続の計画を策定した。TCFDの任意開示では外部保証の範囲が限定的であったため、ESRS E1の全データポイントを保証対象に含める必要がある。
監査調書への記載:保証の対象範囲、適用する保証基準(ISSA 5000)、及びTCFD時代に保証対象外であった項目を記録する。

結論:TCFDからESRS E1への移行により、定量的なシナリオ分析の追加とスコープ3排出量の算定精度向上が必要となった。従来のTCFD開示資産はIFRS S2へのマッピングを通じて転用できるが、ダブルマテリアリティの評価はESRS固有の追加作業である。

よくある誤解

  • 「TCFDが解散したから開示は不要」という誤認 TCFDのフレームワーク自体はIFRS S2に全面統合されている。既にTCFDに基づいて開示を行っていた企業は、IFRS S2の対照表を用いてギャップを埋めることでスムーズに移行できる。開示義務が消滅したわけではない。
  • IFRS S2とESRS E1の混同 IFRS S2はISSBの基準であり財務マテリアリティのみを適用する。ESRS E1はEUの基準でありダブルマテリアリティを適用する。EU域内のCSRD対象企業はESRS E1で報告するため、IFRS S2をそのまま適用することはできない。
  • TCFDマッピングの自動適用 TCFDの開示をIFRS S2に1対1でマッピングできるとは限らない。IFRS S2はTCFDよりも定量的開示の粒度が細かく、シナリオ分析の具体的なパラメータや財務的影響額の開示を追加で求める場合がある。
  • スコープ3排出量の推計精度を軽視する TCFDでは概算が許容されていたスコープ3排出量について、IFRS S2.29及びESRS E1はより厳密な算定方法と開示を求めている。推計の前提条件と不確実性の説明が不十分だと保証手続で問題となる。

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