仕組み

ISA 570は監査人に対し、疑義を生じさせる事象や状況の存在を評価することを求めている。監基報第570号第11項は、重要な報告可能な欠陥や重大な不備が特定された場合、その情報が継続企業の判定に与える影響を検討するよう監査人に求めている。
実務では、この評価を2段階で進める。まず、疑義を生じさせる可能性のあるすべての事象・状況をグロスベースで洗い出す。流動比率の低迷、債務超過の状態、主要な顧客との契約終了、銀行からの融資返済期限の到来などが該当する。次に、経営者がこれらに対して示した対応策(融資借換、事業譲渡、コスト削減計画など)が実現可能であり、かつ疑義を解消するか否かを評価する。
重要なのは、経営者の対応策の記述があることと、その実現可能性を監査人が検証できることは別であるという点である。監基報第570号第24項は、監査人がこの実現可能性を評価する際に、計画の詳細さ、経営者の過去の実行能力、外部的な実現性があるか否かを総合的に判定するよう求めている。2024年度の改訂(ISA 570改訂2024、施行2026年12月)では、この段階的な評価プロセスがより明確に要求されるようになる。

実践例:ベルガーク製造株式会社

クライアント: 日本の中堅製造企業、FY2024、売上5,800万円、負債比率68%、現金同等物残高420万円。
ステップ1:疑義を生じさせる事象の洗い出し
売上実績が前年度比35%減少。主力製品の需要低迷により、生産稼働率が45%に低下している。銀行から7,200万円の短期借入金があり、返済期限が2025年3月に到来する。流動比率は0.62(許容範囲0.80以上)。
文書化ノート:監査調書の「継続企業リスク評価表」に、上記の事象を特定日時と根拠資料とともに記載。経営者への質問文書も保存。
ステップ2:経営者の対応策の聴取と内容確認
経営者は以下の対応策を提示した:(a) 信用金庫との融資借換交渉(返済期限までに2,000万円を融資予定、既に内定書取得)、(b) 新規事業分野への参入により売上50%増を12ヶ月以内に達成、(c) 固定資産の処分による2,500万円の調達。
文書化ノート:経営者の対応策メモを、提出日時とともに保存。信用金庫からの内定書、新事業計画書の初稿、固定資産売却予定表を添付。
ステップ3:各対応策の実現可能性を評価
融資借換:信用金庫から内定書を入手。審査がほぼ完了している。返済期限までに45日あり、手続き期間としては十分。実現可能性は高い。
文書化ノート:信用金庫内定書のコピーを調査エビデンスシートに貼付。銀行担当者への電話記録(日時、氏名、確認事項)も保存。
新規事業:計画内容は詳細であるが、市場実績がない。12ヶ月で売上50%増を達成するには顧客基盤の急速な拡大が必要である。過去3年の経営者の事業拡大の実績は限定的である。この対応策のみに依存することは危険。
文書化ノート:新事業計画書のレビュー、経営者インタビュー、同業他社の成長率との比較を調査エビデンスシートに要約。疑問点を記載。
固定資産の処分:売却対象資産の詳細不明。見積価格の根拠も提示されていない。これが実現するまでに時間を要する可能性あり。実現可能性は不確実。
文書化ノート:固定資産リストの提出依頼、見積価格の算定根拠の確認、実際の処分予定日の契約書提示を指示。
ステップ4:総合判定
融資借換単独では返済額が足りない。新規事業の売上増が多少実現できれば、キャッシュフロー圧迫は緩和される。固定資産処分も補助的な役割を果たす可能性がある。3つの対応策の組み合わせにより、継続企業の前提は維持されると判定した。ただし、新規事業の成功が重要な前提となるため、これを顕著な不確実性として財務諸表に開示するよう経営者に指示した。
文書化ノート:継続企業評価決定メモを作成。融資借換は確実(銀行内定書あり)、新規事業は条件付き(市場実績なし)、固定資産処分は見積段階(実現タイミング未定)として段階化。監査意見は適正意見で問題なし。ただし財務諸表注記に「重大な不確実性」として継続企業の前提に対する経営者の対応策を開示。
結論: 継続企業の前提の評価はリスト作成、対応策の詳細聴取、実現可能性の段階的検証の3ステップで進む。経営者の対応策が複数あり、かつそれぞれが部分的な効果しかない場合は、統合的な評価が不可欠である。いずれか1つの対応策のみに依存している場合は、その対応策の実現可否が最も重要な監査判断となる。

監査人と検査機関がよく誤認する点

  • 疑義を見落とす。 ISA 570改訂2024では、流動比率0.75以下、営業キャッシュフロー赤字、主要顧客の契約終了などを「疑義を生じさせる可能性のある事象」として例示している。これらは自動的に疑義として扱い、経営者の対応策の評価へ進むべき。「流動比率は0.62ですが、経営者は問題ないと述べている」で終わる評価は不十分。
  • 経営者の対応策を単に確認する。 ISA 570第24項は実現可能性の評価を求めている。経営者が「融資借換を予定している」と述べたことだけで実現可能性ありと判定することは誤り。銀行からの内定書、審査の進捗状況、返済期限との時間的ゆとりなどを監査証拠として入手しなければならない。
  • 新規事業計画の評価が甘くなる。 経営者の新規事業計画書が詳細であると、監査人は実現可能と判定しやすい。しかし詳細さと実現可能性は別である。市場実績がない事業は、過去の経営者の実行能力(同業他社と比較した成長率)と計画の客観性(市場調査報告書の有無など)を別途検証する必要がある。
  • 継続企業の開示が過度に簡潔。 財務諸表注記で「継続企業の前提について不確実性を評価した」と一文だけ記載する事例が多い。ISA 570第A68は、経営者が講じた対応策の内容、その実現時期、監査人の評価根拠を記載するよう求めている。注記の質と深さが検査指摘の対象となる。

関連用語

  • 重要な不確実性: 継続企業の前提に関する重要な不確実性が存在する場合、監査意見は限定意見または否定意見となる可能性がある
  • 継続企業の前提に関する意見: 疑義が解消されない場合に発行される除外事項付き監査報告書の形式
  • 後発事象: ISA 560に基づき、報告日後に発生した事象で継続企業の評価に影響する場合がある。修正・非修正の区分が重要
  • ISA 570改訂2024: 継続企業の評価プロセスをより詳細に規定した改訂版。施行は2026年12月

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