Scope 3排出量推定ツール:日本向け | ciferi

日本企業のScope 3排出量推定は、国際的なGHGプロトコルの枠組みと日本の規制要件が交差する複雑な領域である。日本で大規模企業が気候関連情報を開示する際、Scope 3の測定と報告はますます中心的になりつつある。金融庁は上場企業に対してTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の勧告と整合した開...

概要

日本企業のScope 3排出量推定は、国際的なGHGプロトコルの枠組みと日本の規制要件が交差する複雑な領域である。日本で大規模企業が気候関連情報を開示する際、Scope 3の測定と報告はますます中心的になりつつある。金融庁は上場企業に対してTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の勧告と整合した開示を求めており、その中にはScope 3排出量の把握が含まれている。日本基準(企業会計基準)の適用企業とIFRS適用企業の両者が、サプライチェーン全体の排出量を定量化する必要に直面している。
本ツールは、GHGプロトコルのScope 3カテゴリー1から15に基づき、日本の企業が排出量を推定するための実践的な手法を提供する。

日本の規制環境

金融庁の開示要件


金融庁は東京証券取引所プライム市場上場企業に対し、サステナビリティに関する情報開示の充実を求めている。2024年以降、気候関連情報の開示基準はISSB S1および国際サステナビリティ基準(ISSB S2)に基づく企業のガイダンスを参考としている。Scope 3排出量は、マテリアルな場合、開示対象となる。特に、エネルギー集約的な産業、素材産業、自動車関連産業、電機機器製造業など、サプライチェーンが広大な企業では、Scope 3がScope 1、2を大きく上回ることが多い。

環境省と温室効果ガス排出量の算定


環境省は「サプライチェーン排出量算定に関するガイダンス」を公開しており、企業が排出係数(kg CO2e単位)を用いてScope 3を推定する際の標準的な手法を提供している。環境省のLCA(ライフサイクルアセスメント)データベースおよび産業別排出係数表は、日本の産業構造と統計に基づくものであり、DEFRA(英国)やECOINVENT(欧州)の係数と異なる場合がある。日本企業がScope 3を報告する際、環境省の係数を優先的に使用することが期待される。

公認会計士・監査審査会による検証


公認会計士・監査審査会(CPAAOB)は、Scope 3排出量を含む気候関連情報の監査および限定的保証に関するガイドラインを発行している。限定的保証の対象となったScope 3データについては、被監査会社の算定方法、排出係数の出所、集計の範囲、年度間の変動の説明が特に重視される。

Scope 3カテゴリーの概要と日本への適用

カテゴリー1:購入した商品およびサービス


企業が購入する原材料、部品、消費財の上流排出量。日本の製造業にとって最も重要なカテゴリーである。自動車部品メーカー、電子機器製造業、食品加工業など、調達規模が大きい企業ではカテゴリー1が全Scope 3の50~70%を占める。
環境省の産業別排出係数表(製造業、建設業、流通業、サービス業等の分類)を使用し、購入額(百万円単位)に係数を乗じて推定する。より精密な推定には、調達先企業の実績排出量データが必要だが、中堅企業の多くは削減段階では産業平均係数に依存している。

カテゴリー2:資本財


工場設備、建物、機械の上流排出量。典型的には購入額ベースで推定される。日本の建設業や重機メーカーでは、このカテゴリーが事業拡張年に顕著に増加する。

カテゴリー3:燃料・エネルギー関連活動


Scope 1、2に含まれない燃料およびエネルギー関連の上流排出(採掘から配送まで)。電力の場合、日本の電力系統のWell-to-Tank排出係数は地域ごと、電源構成ごとに異なる。東京電力管内、関西電力管内、九州電力管内では、再生可能エネルギーの比率が異なるため、同じkWh数でも排出量が異なる。

カテゴリー4および9:上下流の輸送・流通


日本国内および国際的なサプライチェーン輸送。日本企業の多くは海上輸送(中国、ベトナムからの調達)と陸上輸送(日本国内配送)の混合である。トンキロ(tonne-km)単位の排出係数として、大型トラック、鉄道、海運の別に環境省係数が提供されている。

カテゴリー5:事業から発生する廃棄物


製造現場で発生する廃棄物の処理排出量。埋立、焼却、リサイクル、コンポスト化の別に異なる係数を適用する。日本は埋立地の不足のため、焼却率が欧米より高く、リサイクル率も産業によって大きく異なる。

カテゴリー6:ビジネストラベル(出張)


従業員の出張による排出。国内航空、国際航空、新幹線、自動車による移動を分類する。短距離(東京~大阪など)は新幹線の排出係数が低いため、航空より優先されるべき。国際線出張は、路線(欧米向け、アジア向け)により係数が異なる。

カテゴリー7:従業員通勤


従業員の自宅から職場への通勤排出量。平均的な日本企業では、自動車通勤が主流の地域(地方都市、郊外)と公共交通が主流の地域(東京23区内など)で大きく異なる。通勤距離は勤務地により変動するため、本社・支社・製造拠点の立地ごとに推定が必要。

カテゴリー8および13:リースされた資産


オフィスビル、工場施設、車両のリース排出。オフィスについては、床面積(m²)あたりのエネルギー消費による排出が一般的。日本のオフィス平均は年間50 kg CO2e/m²程度。

カテゴリー10、11、12:販売製品の処理・使用・廃棄


電化製品、自動車など、使用段階でエネルギーを消費する製品を販売する企業向け。製品ライフサイクル全体の排出量を顧客ベースで推定する必要がある。電化製品メーカーについては、使用段階(10年間の使用を想定)の電力消費が大半を占めることが多い。

カテゴリー14:フランチャイズ


コンビニエンスストア、ファストフードチェーンなど、フランチャイズ加盟店の排出。加盟店売上または店舗数ベースで推定される。

カテゴリー15:投資


金融機関が保有する投資ポートフォリオの排出。銀行、生保、損保は、融資先企業およびファンド投資先の排出を測定することが金融庁およびCPAAOBから期待されている。

排出係数の出所と精度

環境省の排出係数


環境省の「サプライチェーン排出量算定に関するガイダンス」は、日本企業にとって最優先の出所である。産業別・プロセス別の係数が提供され、カテゴリー1(購入商品サービス)についても、SIC分類に基づく支出ベース係数が利用可能である。
環境省係数と国際的な係数(DEFRA、EXIOBASE)との乖離を理解することは重要である。日本の電力系統の排出係数は、地域ごと、年度ごとに変動する。2023年度は再生可能エネルギーの拡大により、2022年度比で平均0.05~0.10 kg CO2e/kWh低下している(地域により異なる)。

電力系統の排出係数の地域差


拠点ごとの電力購入地域を明確にすることで、より精度の高い推定が可能となる。

国際的な係数との使い分け


日本国内の活動についてはまず環境省係数を確認する。環境省で利用不可な業種または処理方式については、DEFRA(英国)、EXIOBASE(欧州)、GHGプロトコル標準係数を参考にしてもよい。ただし、国際係数を使用した場合、その旨を開示資料に記載し、環境省係数との相違理由を説明することが監査上推奨される。

  • 北海道電力管内:石炭依存度が高く、約0.55 kg CO2e/kWh
  • 東京電力・中部電力管内:原子力が再稼働開始、約0.40 kg CO2e/kWh
  • 関西電力管内:原子力の再稼働進展により、約0.35 kg CO2e/kWh
  • 九州電力管内:再生可能エネルギー比率が全国で最も高く、約0.38 kg CO2e/kWh

実践的な推定手順

ステップ1:Scope 3のマテリアリティ判定


全15カテゴリーの中から、事業として有意な排出源を特定する。金融庁の開示ガイダンスでは、「マテリアル」とは、全Scope 3排出量の5%以上のカテゴリー、あるいは業界平均比で大きく異なるカテゴリーを指す。
例として、電子部品メーカー・キヤマコンポーネンツ株式会社(仮称、東京都江戸川区)を想定する。グローバル売上270億円、従業員650名の中堅電子部品製造業。
| Scope 3カテゴリー | 推定排出量(tCO2e) | 全体比率 |
|---|---|---|
| カテゴリー1(購買) | 45,000 | 62% |
| カテゴリー4(上流輸送) | 18,000 | 25% |
| カテゴリー7(通勤) | 2,100 | 3% |
| カテゴリー9(下流輸送) | 4,200 | 6% |
| その他 | 2,700 | 4% |
| 合計 | 72,000 | 100% |
この企業にとっては、カテゴリー1と4だけで全体の87%を占めるため、この2カテゴリーの推定精度向上に資源を集中すべき。

ステップ2:活動データの収集


購買部門から月別・取引先別の購買額(百万円単位)、調達品の分類を取得する。輸送部門から、国内配送:トンキロ、国際航空貨物:kg、海上輸送:コンテナ数または重量を取得する。人事部門から、従業員数(月平均)、勤務地別従業員配置、通勤方法の集計(自動車、公共交通、自転車)を取得する。
活動データの取得時に、重要なのは「実績」と「推定」の区別である。Scope 3報告書では、実績比率と推定比率を報告することが期待される。

ステップ3:排出係数の確定


環境省のガイダンスに基づき、以下の係数を企業ごと、活動ごとに決定する。
カテゴリー1(購買):業種別支出ベース係数。キヤマコンポーネンツの場合、電子部品製造に関連する調達(半導体、基板、電子部品)は0.45 kg CO2e/千円、機械加工用工具および副資材は0.38 kg CO2e/千円とする。
カテゴリー4(上流輸送):トンキロあたり係数。大型トラック(HGV):0.107 kg CO2e/tonne-km、海上輸送:0.016 kg CO2e/tonne-km、国際航空:0.602 kg CO2e/tonne-km。実績値が利用可能な場合(運送会社から報告データ取得)はそちらを優先。
カテゴリー7(通勤):従業員ごとの通勤排出量。東京本社従業員は公共交通が主流で年間0.15 tCO2e/人、地方工場従業員は自動車が主流で年間0.65 tCO2e/人と異なる係数を適用。

ステップ4:計算と集計


活動データに係数を乗じて、カテゴリーごとの排出量を算定する。集計の際、各カテゴリー内で実績ベースと推定ベースを分別する。
キヤマコンポーネンツの2024年度Scope 3排出量計算例:
カテゴリー1:購買額180億円 × 0.42 kg CO2e/千円 ÷ 1,000 = 45,000 tCO2e (算定時点で、全購買額の85%が確定、15%は前年度比による推定)
カテゴリー4:国内陸運150万トンキロ × 0.107 kg CO2e/tonne-km = 16,050 tCO2e、海上輸送340万トンキロ × 0.016 kg CO2e/tonne-km = 5,440 tCO2e、国際航空30トン × 2,500 km × 0.602 kg CO2e/tonne-km = 4,530 tCO2e、合計 26,020 tCO2e (国際輸送は物流提携先からの実績報告に基づく)
カテゴリー7:東京本社450人 × 0.15 tCO2e/人 + 地方工場200人 × 0.65 tCO2e/人 = 198 tCO2e (新幹線、自動車、バスの月別利用実績から計算)

ステップ5:不確実性と検証


排出量推定には常に不確実性が伴う。全体の何%が実績ベースで、何%が推定ベースかを明示する。推定値が多い場合、感度分析(係数を±10%~20%変動させた場合の結果)を実施し、結論への影響度を評価する。
キヤマコンポーネンツの場合、全Scope 3排出量72,000 tCO2eのうち、68%が実績ベース、32%が推定ベースである。推定値の多くはカテゴリー1の調達品分類(電子部品か副資材かの判定)に起因する。カテゴリー分類を±10%変動させた場合、全体結果は±3,800 tCO2eの範囲内に収まる。この結論は監査所見として記載される。

年度間の変動の説明と再表示

Scope 3排出量は、事業規模、製品ミックス、サプライチェーン再編、排出係数の更新により変動する。前年度比で排出量が増加または減少した場合、その原因を説明することが必須である。
増加要因:売上増加、新規製品への部品調達、拠点新設など。減少要因:リモートワーク増加(通勤減)、サプライヤー変更、排出係数の改善など。
係数の更新のみにより年度間で数%の変動が生じた場合、その旨を開示資料に記載し、「実質的な排出削減」との誤認を避けることが重要である。

監査上の留意点

金融庁およびCPAAOBの期待


CPAAOBは、気候関連情報に関する限定的保証監査において、以下の項目を特に検証するよう求めている。
(1)排出係数の出所が環境省、GHGプロトコル、または国際的に認知された出所に基づいているか。民間企業による独自係数は、その根拠が明確でない限り認め難い。
(2)活動データ(購買額、輸送トンキロ、従業員数)が会計システムまたは事業部門の実績記録に紐づいているか。見積もりのみではScope 3報告の信頼性が損なわれる。
(3)カテゴリー間の重複および漏落がないか。複数部門の活動データを集計する際、同一の活動が二重計上されることが多い。
(4)年度間の変動が実質的な事業変化に基づいているか、それとも係数更新による見かけの変動か、区別して説明されているか。

よくある不備


排出係数を根拠なく国際的な公表値から選択し、環境省の推奨係数を検討していない。カテゴリー1をすべて統一係数で推定し、業種別・用途別の係数使い分けを行わない。購買額をグローバル企業の全社売上から支出率を推定で算定し、実績記録を検証していない。上流輸送と下流輸送の「輸送」を同一係数で推定し、サプライヤーからの入荷と顧客への出荷を区別していない。前年度比で排出量が大きく変動したが、その要因分析がなく、事業規模変化なのか係数変更なのか識別できない。

本ツールの使用方法

データ入力フォーム


各Scope 3カテゴリーについて、以下の形式でデータを入力する。
カテゴリー選択: ドロップダウンメニューからカテゴリー1~15を選択。
活動データの形式: カテゴリーにより異なる。購買(金額、百万円単位)、輸送(トンキロ)、人数(従業員数)、面積(m²)等。
排出係数: ツールは環境省およびGHGプロトコル標準係数の初期値を提示する。必要に応じてカスタム係数を入力可能。係数の根拠(出所、年度)をコメント欄に記載することで、後続の監査対応が簡素化される。
単位の確認: 各入力フィールドで使用すべき単位を明示する。百万円、トン、km、従業員数、m²等、単位系の誤りは結果の桁数ずれに直結する。

計算とエクスポート


各カテゴリーの排出量が自動計算され、合計Scope 3排出量が表示される。結果はExcel形式でエクスポート可能。エクスポートデータには、各カテゴリーの活動量、係数、排出量、および実績比率と推定比率の内訳が含まれる。
監査資料として使用する際は、エクスポートデータに加え、係数の出所、活動データの根拠書類(購買伝票、輸送契約、給与台帳等)をまとめて保管することが必須である。

関連資料およびさらなる支援

日本企業がScope 3の推定および報告をより深く理解するため、以下の追加リソースを参照されたい。
CPAAOBによる限定的保証監査の実務的な留意点については、当機関が公開する「気候関連情報に関する監査業務ガイドライン」を参照のこと。
本ツールは日本企業を想定して設計されているが、海外子会社のScope 3排出量をグループ全体に統合する場合、各国の規制環境および使用可能な排出係数を別途確認することを推奨する。
---

  • 環境省の「サプライチェーン排出量算定に関するガイダンス」(最新版)
  • GHGプロトコルの「Corporate Value Chain (Scope 3) Accounting and Reporting Standard」(英語版、国際的な詳細定義)
  • 日本公認会計士協会(JICPA)の気候関連情報開示に関する実務ガイダンス
  • 金融庁のサステナビリティ開示に関するQ&A