重要なポイント

- スコープ3は15カテゴリに細分化される(カテゴリ1から15)。上流から下流まで、購入した商品やサービスから廃棄物処理、従業員の通勤に至るまで。 - 企業の総排出量に占めるスコープ3の割合は、業種によって大きく異なる。製造業では40〜60%、小売業では70〜90%に達することもある。 - スコープ3の定量化では、直接測定データが得られないことが多い。業界平均や排出係数を用いた推定が必要になる。この推定プロセスの透明性と根拠の記録が監査の重点項目となる。

仕組み

スコープ3排出量の計算は、GHGプロトコル第4版で詳細に規定されている。企業はまず、自社のバリューチェーンを可視化し、どのスコープ3カテゴリが自社に該当するかを判定する。

例えば、購入した商品・サービスの製造に伴う排出(カテゴリ1)は、ほぼ全ての製造企業とサービス企業に適用される。リースされた資産からの排出(カテゴリ8)は、不動産会社やレンタル事業者に限定される。各カテゴリについて、どの程度の正確性で定量化するかを経営判断で決定する。

定量化の方法は3段階に区分される。最も正確なのは一次データ(Tier 1)で、サプライヤーから実測値を取得する。次が二次データ(Tier 2)で、業界平均や公開統計を使う。最後が三次データ(Tier 3)で、企業固有のモデル開発など、より詳細な仮定を用いる。実務では、カテゴリごとにこれらを混在させて使用する会社がほとんど。

定量化後、企業は排出量を記録し、その根拠(使用した排出係数、データソース、仮定の根拠)を内部文書として保持する。この文書化が不十分だと、監査人は検証不可能と判定せざるを得ない。

具体例:タナベ機械工業株式会社

企業概要 神奈川県横浜市に本社を置く自動車部品製造企業。2024年度の売上は68百万円、従業員200名。サプライヤーは日本国内150社、海外50社で構成。

ステップ1:スコープ3カテゴリの判定 経営層と監査委員会で協議し、以下のカテゴリが重要と判定した。カテゴリ1(購入した商品・サービス)、カテゴリ4(輸送・配送)、カテゴリ9(輸送・配送、下流)、カテゴリ11(製品の使用)。その他のカテゴリは売上の1%未満と見積もられ、スクリーニング対象外とした。 調書:「スコープ3カテゴリ判定基準」セクションで、売上別・リスク別の判定マトリクスを作成。重要性の閾値(売上の1%以上)と、顧客からの開示要求を併せて文書化。

ステップ2:カテゴリ1(購入した商品・サービス)の定量化 主要サプライヤー(売上の80%)に対し、「サプライヤーカーボンディスクロージャー」という調査票を送付。45社から回答を得た。平均回答率は58%。回答が得られなかった企業については、業界平均排出係数(日本鉄鋼連盟公表値)を適用した。計算式は(購入額 × 排出係数)。 調書:「サプライヤー回答率」「排出係数の選択根拠」「適用外企業に対する排出係数代替値の根拠」を記載。国際的な査定基準では、一次データの回答率が80%未満の場合、追加的な説明責任が生じる。

ステップ3:カテゴリ4と9(輸送・配送)の定量化 出荷地点から顧客への配送に使用されたトラックの走行距離とドライバー人数を、物流子会社から取得。走行距離 × 業界標準の排出係数(kg CO2/km)で計算。小型トラック平均0.21 kg CO2/km、大型トラック平均0.32 kg CO2/kmを適用した。 調書:「物流データの外部確認」セクションで、物流子会社への質問状で以下を検証:走行距離の計算ロジック(衛星測位システムとの一致)、車両タイプの分類が実際と一致しているか、排出係数の出典(環境省ガイドラインvs物流業界協会vs国際的データベース)。

ステップ4:カテゴリ11(製品の使用)の定量化 自社製品(自動車部品)は、顧客である自動車メーカーの製造工程で消費される。使用段階での排出はない。よって定量化対象外と判定した。 調書:「カテゴリ11適用除外の根拠」で、経営層の判定と対話録音、製品仕様書の確認、顧客との協議内容を添付。

ステップ5:データの統合と報告 各カテゴリの排出量を集計。2024年度の総スコープ3排出量は12,400トンCO2相当(tCO2e)。前年度比3.2%増。売上100万円あたりの排出量原単位は0.18 tCO2e。このデータは持続可能性報告書に掲載し、外部の独立保証人による限定的保証を取得した。 調書:「スコープ3排出量の最終集計」で、カテゴリ別の内訳表、前年度比較、データの信頼区間(±5%から±15%)、報告書との整合性確認を記載。

結論:審査上の防御可能性 タナベ機械工業のスコープ3計算は、GHGプロトコルの定義に則り、一次データと業界標準排出係数を組み合わせた方法を採用している。主要なリスク領域(サプライヤーデータの回答率、排出係数の選択根拠)について、経営層の書面決議と文書化がある。監査人は、当該計算が定量化の閾値内にあり、かつ開示方針が期末から変わっていないことを確認できる。

監査人と実務者が見落としやすい点

- スコープ3の完全性の検証が未実施 多くの企業では、「明らかに重要」と判定されたカテゴリのみを定量化し、その他を自動的に除外している。GHGプロトコル第4版ではスクリーニング基準を明示することを要求するが、その根拠(売上比率、コスト比率、戦略的重要性)が文書化されていない会社が多い。監査人は、除外判定自体の合理性を検証する。

- 排出係数の出典と更新状況の混乱 企業が業界平均係数、環境省ガイド値、国際的なLCI(ライフサイクルインベントリ)データベースを混在させたまま、その根拠を明確に文書化していないケースが頻繁に見受けられる。これが現場で最も詰まる論点。サプライヤーから返ってくる数字の精度はピンキリで、前年度と異なる係数を採用した場合に変更理由の記録が不十分だと、比較可能性が損なわれる。

- サプライヤーデータの信頼性評価の欠落 一次データの回収率が50%未満の場合、回答企業が自社の排出量を過小報告する可能性がある。多くの企業は回収率をそのまま受け入れる。回答企業と未回答企業の排出特性に著しい差がある場合、バイアスが生じる。監査人は、回答企業と非回答企業のサンプル特性(業種、規模、所在地)を比較すべき。

スコープ3と他の概念の使い分け

スコープ3 vs スコープ2 スコープ2は購入電力・ガスの使用に伴う間接排出。スコープ3は、電力会社やガス会社の上流活動や、製品配送時の排出。企業の直接支配下にあるかどうかが分かれ目。購入電力の排出(スコープ2)は企業が削減目標の対象にしやすく、スコープ3排出量の規模が大きくても、削減施策を講じにくい。報告の透明性と削減努力の見通しは別。

スコープ3 vs Scope of Sustainability Assurance CSRD(企業持続可能性報告指令)では、企業はスコープ3を開示し、限定的保証以上の外部査定を受けることが義務化されている(2026年以降の企業)。限定的保証では、監査人は合理的な根拠の収集を求められず、リスク領域の存在可能性を評価するに留まる。合理的保証では、排出量の過小報告リスクを実質的に排除する。この違いは、監査計画と手続の範囲に直結する。

監査人が見落としやすい点の詳細:査定指摘事例

国際的な監査実務では、スコープ3開示に関する査定指摘が増加している。PCAOB(米国公開会社監査委員会)の2024年度サステナビリティ開示査定では、以下が最頻出。

- 排出係数の時点性の欠落 企業が3年以上前の業界平均係数を使用している場合、更新の必要性を検証しているかを確認する。環境規制の厳化や技術進化により、係数は年々変更される。企業の方針文書に「排出係数は毎年査証する」と記載されていても、その履行を文書で確認する手続を入れる。

- スコープ3カテゴリの漏れと重複 同一の活動が複数カテゴリで計上される、または漏れているケース。例えば、輸送費の一部がカテゴリ4(下流輸送)に計上され、同時にカテゴリ9(下流流通)でも二重計上される。企業のスコープ定義書にカテゴリ間のマッピング図(活動ー費目ーカテゴリ)がない場合、重複リスクは高い。

- 一次データと二次データの混在の不透明性 企業が「一次データを優先する」と方針を掲げながら、実際には手間の理由で二次データを選択している場合。この選択の根拠が経営層の書面決議ではなく、担当者判断に委ねられていると、監査可能性が著しく低下する。現場では、この「方針と実態のズレ」が監基報での指摘事項に直結することが多い。

関連用語

- スコープ1排出量 企業の直接支配下にある施設や車両から発生する温室効果ガス排出。燃料燃焼、化学反応。GHGプロトコルで最初に定義され、測定可能性が最も高い。

- スコープ2排出量 購入した電力、蒸気、温熱、冷却によって発生する間接排出。電力会社の発電時排出に相当。スコープ1と並び、企業の削減努力が最も見えやすい領域。

- バリューチェーン排出量 スコープ1〜3の総計。企業の経済活動全体に帰属する排出。コーポレート・ガバナンスやCEOの報酬評価では、バリューチェーン排出量の削減目標が設定されることが増加している。

- 排出係数 活動量(燃料使用量、走行距離、購入額など)を排出量に変換するための係数。kg CO2相当/単位で表される。GHGプロトコル、IVL(スウェーデン環境科学研究所)、EDGAR(欧州排出ガスレジスタリ)など複数のデータベースから選択可能。

- 限定的保証 CSRD対応の主流。監査人が「知りえた事象の限度において」排出量の開示が重大な虚偽でないと結論する。合理的保証(財務監査の標準)よりも、リスク領域の特定と査定に重点が置かれる。

- GHGプロトコル 世界資源研究所(WRI)とWorld Business Councilが共同開発した温室効果ガスの定量化・報告のための国際基準。スコープ1〜3の定義、排出係数の選択基準、データ品質の要件などを規定。ほぼ全ての企業のサステナビリティ報告書の基礎。

関連するCiferiツール

Ciferiのカーボンフットプリント監査チェックリストは、スコープ3の定量化、データ検証、報告書作成の各段階で監査人が用いる手続を体系化したもの。スコープ3カテゴリの完全性確認、排出係数の版管理、サプライヤーデータの信頼性評価に特化した検査項目を備える。

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