Definition
経営者が減損モデルのLGDを「業界平均で40%」と一行だけ書いて済ませる調書を、どれだけ見てきただろう。根拠は何か。自行の回収実績か、外部レポートの引用か、それとも前年の数字をそのままコピーしたSALYか。監基報540.13(a)は仮定の根拠を示すよう求めているが、LGDの根拠記載が検査で指摘される頻度は高い。
仕組み
LGDの概念は単純だが、実装は複雑になる。計算式は次の通り。
損失率 = (デフォルト時債権額 − 回収額) / デフォルト時債権額 × 100%
分子は回収後の純損失。分母はデフォルト時の債権額。結果は0%から100%の間の値。0%はデフォルト後も全額回収された状態、100%は全く回収できなかった状態を意味する。
金融機関が複数年の歴史的デフォルト事例を持っている場合、LGDは平均値として推定される。担保の種類(不動産、動産、売掛金、その他)ごとにセグメント分けされることもある。不動産担保ならLGD 40%、動産担保ならLGD 60%という具合。監基報540.A28は、経営者がセグメント別の仮定の妥当性を立証する必要があると定めている。
LGDが減損評価で果たす役割を数字で見る。ECLは通常、確率加重平均で求められる。
ECL = PD × LGD × EAD
PDはデフォルト確率、EADはデフォルト時エクスポージャー。LGDが1ポイント動くだけでECL全体が変動する。1億円の貸出に対してPDが5%でEADが100%の場合、LGDが40%ならECLは200万円。LGDが45%なら225万円。差額25万円。金融機関では複数の貸出ポートフォリオを持つため、LGDの精度が減損評価額全体に直結する。
実務例:田中金融サービス株式会社
クライアントは日本の地域金融機関、2024年度決算、融資残高約580億円。
過去デフォルト事例の整理
田中金融は過去10年間のデフォルト事例を分類した。不動産担保付き貸出15件、動産・その他担保8件。
不動産担保:デフォルト時債権額3.2億円、回収額2.1億円、純損失1.1億円。 LGD = 1.1 / 3.2 = 34.4%
動産・その他:デフォルト時債権額1.8億円、回収額0.54億円、純損失1.26億円。 LGD = 1.26 / 1.8 = 70.0%
文書化ノート:過去10年間のデフォルト事例と回収実績を監査調書に貼付。年号の記録漏れと回収プロセスの時間幅を確認した。担保種別の妥当性を評価する際の基礎資料。
セグメント別LGDの設定(2024年度末)
経営者は上記の実績値を基に、2024年度末におけるLGDを次のように設定した。
不動産担保付き貸出:LGD 35%(過去実績34.4%を四捨五入、1ポイント上乗せはマクロ経済悪化への対応) 動産・その他:LGD 72%(過去実績70%に2ポイント上乗せ)
文書化ノート:過去実績からの乖離根拠。経営者は「不動産市場が軟化している」と記載したが、根拠の詳細(地価動向、市場レポートの参照)は調書に添付されていない。監基報540.A32は変更理由の記録を求めているが、この記録では不十分。
減損評価への反映
不動産担保貸出の融資残高が450億円、PDを3.2%、EADを100%と設定した場合:
ECL = 3.2% × 35% × 450億円 = 5.04億円
同じ融資残高でLGDを35%から40%に引き上げた場合:
ECL = 3.2% × 40% × 450億円 = 5.76億円
差額7,200万円。減損引当金の水準が大きく動く。本音を言うと、この程度の感応度分析すら調書に載っていない金融機関は珍しくない。
文書化ノート:LGDの変更がECL全体に与える感応度を計算。経営者がセグメント別のLGDを正当化できるか、回収実績の推移をトレンド分析したかを確認。
田中金融のLGD設定は過去データに基づいているが、変更根拠の記録が欠落している。監基報540.13(b)違反に該当する。監査人は経営者に対し、LGD上乗せの具体的根拠を記録させるか、過去実績値そのものを使用させるか、いずれかを判断しなければならない。
監査人と経営者が誤るところ
セグメント別のLGDが根拠なく一律に設定されている調書は多い。不動産市場の動向データを示さずに「環境悪化で2ポイント上乗せ」という記載が通されるケースが典型。CPAAOBの検査レポートでも、LGDの変更根拠が定性的で曖昧な記載に留まっている事例が指摘対象になっている。
経営者側の問題もある。マクロ経済のトレンドや金利動向まで記載するが、自行の過去デフォルト回収実績との比較には及ばない。監基報540.A28は「過去のデータに基づいて仮定を検証する」ことを求めているが、この基本が抜けている調書が目立つ。
もう一つの落とし穴はLGDの設定方針そのもの。LGDを「期待値」ではなく「ワーストケース」で設定し、結果として過度な引当金を計上するケースがある。逆に、好況期の回収実績のみに基づいてLGDを過度に低く設定し、経済下降局面で追加引当を余儀なくされるケースも。どちらも予測可能性と利益操作のリスクを高める。繁忙期に入ってから経営者とLGDの根拠をやり直すのは時間的に厳しいため、期中の段階でセグメント別の根拠を確認しておくのが現実的な対応となる。
関連用語
- 予想信用損失(ECL): LGDとPDとEADの確率加重平均。LGDはECLの構成要素。[/ja/glossary/expected-credit-loss を参照] - デフォルト確率(PD): LGDと並んで減損評価の主要な仮定。回収率ではなく損失率であるという点でLGDと区別される。[/ja/glossary/probability-of-default を参照] - デフォルト時エクスポージャー(EAD): デフォルト時点での貸出額。LGDに乗じられる基数。 - 減損評価: 監基報540の核。LGDはその入力値の一つであり、減損評価全体の信頼性を左右する。[/ja/glossary/impairment-testing を参照] - 信用リスク: LGDが測定する対象。デフォルトリスクの顕現化を金銭化する尺度。
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