重要なポイント
- ロケーション・ベースドは全社員に同じ係数を使い、易しく、再現性がある。
- マーケット・ベースドは再生可能エネルギー購入の努力を反映し、戦略的に見える。
- 企業が両方を報告する場合、監査人は一貫性と年間比較可能性を確認する必要がある。
- 両方の数値を二重計上しないこと。多くの企業がこれで誤る。
使い分けが重要な場面
CSRDの開示では、企業は通常、スコープ2排出量をロケーション・ベースドとマーケット・ベースド両方で報告する。選択肢ではなく、両方である。違いは大きく、マーケット・ベースド排出量がロケーション・ベースド排出量よりも50%以上低い企業は珍しくない。再生可能エネルギーの大量購入、またはグリーン電力契約の活用が原因である。
監査人は次の4つを確認する必要がある。(1) 企業が本当に再生可能エネルギーを購入したのか、契約だけなのか。(2) 購入量がマーケット・ベースド計算の入力値と一致しているか。(3) 年間比較の際、定義を変えていないか。(4) ロケーション・ベースドとマーケット・ベースドを足し算していないか。
計算の仕組み
ロケーション・ベースド
発電地の電力網の平均排出係数を使う。日本の場合、現在、地域の電力会社(東京電力、関西電力等)の平均値が基準である。多くの企業はグローバルに事業を展開するため、各国の電力網データを使う。データ源は各国の環境省やIEA(国際エネルギー機関)が公開する係数である。計算式は単純:消費電力量(kWh)×地域の排出係数(kg CO₂/kWh)= CO₂排出量。
マーケット・ベースド
企業が実際に購入した電力の排出量を使う。グリーン電力証書(Renewable Energy Certificate)、グリーン電力契約、オンサイト再生可能エネルギーの3つの経路がある。購入量が不明な場合、デフォルトとしてロケーション・ベースド係数を使うが、これは監査人の視点から問題が多い。購入したと主張している再生可能電力が実在するのか、契約書で確認する必要がある。
両方を計算する場合、ESRS E1-6.92は次の情報を各月(または四半期)で記録させている。(1) 総消費電力量、(2) ロケーション・ベースド排出量、(3) マーケット・ベースド排出量、(4) 両者の差の理由(再生可能エネルギー購入量等)。月次または四半期ごと。年間合算ではなく、動きを追える形式で。
事例:Tanaka Industrial Corporation(日本、製造業)
企業:田中インダストリアル(株)、東京本社、年間売上230億円、CSRD対象企業、2024年スコープ2報告
ステップ1:電力使用量の確認
2024年の総電力使用量:4,200万kWh(東京、神奈川、長野の工場と本社)。東京電力と中部電力から購入。
文書:電力購入契約書、月次電力請求書12ヶ月分、電力会社の排出係数証明
ステップ2:ロケーション・ベースド排出量の計算
文書:電力会社の排出係数確認書(2024年版)、月次エリア別集計表
ステップ3:マーケット・ベースド排出量の計算
企業は2024年6月からグリーン電力契約を導入。契約内容:年間1,000万kWh、再生可能エネルギー(水力発電)、排出係数ゼロ。残り3,200万kWhはロケーション・ベースド係数を使う。
文書:グリーン電力契約書、再生可能エネルギー証書、月次別購入実績
ステップ4:年間比較可能性の確認
2023年の報告では、グリーン電力契約がなかったため、ロケーション・ベースド = マーケット・ベースド = 23,100トンCO₂だった。2024年は減少したが、理由は明確:グリーン電力導入。減少率は約23%。
企業の開示:「2024年6月のグリーン電力契約導入により、マーケット・ベースド排出量は2023年比で5.6%削減。ロケーション・ベースド排出量は電力網の脱炭素化により6.8%削減。」
文書:前年度との比較表、前年度の排出係数、2024年の新しい係数の根拠
ステップ5:監査人が確認すべき事項
監査人(ISAE 3402 限定的保証)は次を検証した:
結論:企業の報告は ESRS E1-6.92 と国際的な GHG プロトコルに準拠している。ロケーション・ベースドとマーケット・ベースド両方の数値は、証拠によって支持されている。
- 東京電力エリア(東京、神奈川):2,800万kWh × 0.489 kg CO₂/kWh = 13,692トンCO₂
- 中部電力エリア(長野):1,400万kWh × 0.560 kg CO₂/kWh = 7,840トンCO₂
- 合計ロケーション・ベースド排出量:21,532トンCO₂
- グリーン電力:1,000万kWh × 0 kg CO₂/kWh = 0トンCO₂
- 通常電力:3,200万kWh × 0.515 kg CO₂/kWh(加重平均) = 16,480トンCO₂
- 合計マーケット・ベースド排出量:16,480トンCO₂
- グリーン電力証書は実在するか:発行元(日本自然エネルギー等)に確認。偽造はなかった。
- 契約電力量と実際の購入電力量は一致しているか:請求書と契約書を照合。一致。
- ロケーション・ベースドの係数は公開データと一致しているか:各電力会社の2024年版排出係数を確認。一致。
- 両方の数値を足し算していないか:CSRDの開示資料で確認。足し算していない(よくある誤り)。
- 前年との比較で定義を変えていないか:スコープ定義を確認。工場数、計測ポイント、組織境界に変化なし。
監査人と企業がよく誤る点
第1段階:定義の曖昧性
多くの企業は「マーケット・ベースド排出量」を、再生可能エネルギー購入後の排出量だけと考える。しかし ESRS では、購入できなかった分をどう扱うかが重要。購入契約を持たない電力についても、市場で取引された電力の平均排出係数(市場ベース係数)を使わなければならない。国によって異なり、日本では通常、電力取引所の加重平均係数が使われる。国内取引所が発表していない場合は、国際的な IEA データを使うことが多い。
金融庁のCSRD実装ガイダンス(2024年)では、市場ベース係数の選択に関して、「国内の公開データが利用可能な場合はそちらを優先する」と記載している。企業が国際的なデータベースに飛び込み、日本国内のより正確な係数を使わないケースが発見されている。
第2段階:契約と現物の乖離
グリーン電力証書を「購入」したと主張しているが、実際には証書だけで、電力配線上は通常の電力を受け取っているケースが多い。これは技術的には正しい(電力网は同一の混合体)が、監査観点では「購入した再生可能エネルギーの量を証明する証拠」が必要。証券化されたグリーン電力証書の有効期限、発行元、対応する発電所の実在性、証書と実際の購入量の対応関係を全て確認する必要がある。
ISAE 3402 限定的保証を提供する際、多くの監査人はこの証拠収集を簡略化している。「グリーン電力契約書があるから OK」で済ませている。しかし ESRS E1-6 とグローバル GHG プロトコルでは、購入した証書が実際のkWh単位で購入量と一致することを求めている。
第3段階:年間動きの説明不足
ロケーション・ベースド排出量が前年比 15% 削減されたと企業は報告する。原因が「電力網の脱炭素化」と書かれている。しかし監査人が確認すると、実際には (a) 電力网の係数改善が 6%、(b) 工場の稼働率低下が 9% だった場合がある。(b) は企業の脱炭素戦略ではなく、単なる生産減。企業は (a) だけを報告しており、ミスリーディング。
企業が報告する「排出量削減」と「実際の戦略上の改善」を分ける必要がある。ESRS E1-6.98 は「変化の要因を開示する」よう求めている。監査人はこの分解が行われているか、数字で裏付けられているかを確認する。
第4段階:スコープの拡大に伴う再定義
2023年は日本国内3工場だけで報告。2024年はマレーシア子会社を買収し、5工場で報告。一見すると排出量が増加(当然)。しかし企業が「ロケーション・ベースド排出量の比較」をする際、前年の3工場だけの数値と、今年の5工場の数値を並べることがある。比較可能性の前提が失われている。
ESRS E1-6 では「組織的変化(M&A、売却等)の影響を開示する」よう求めている。企業がこれを省いていないか、または意図的に隠していないか、監査人は確認する。
関連用語
- スコープ2排出量: 購入電力に由来するCO₂。ロケーション・ベースドとマーケット・ベースド両方が該当。
- グリーン電力証書: 再生可能エネルギーの環境属性を示す証券。マーケット・ベースド計算の根拠。
- 電力網の排出係数: 地域の電力網における平均的なCO₂排出量(kg CO₂/kWh)。ロケーション・ベースドの計算に使われる。
- GHGプロトコル: 企業のGHG排出量報告の国際標準。CSRD対応企業が参照する。
- CSRD: 企業サステナビリティ報告指令。EU域内で持続可能性情報の報告を義務化。
- ESRS: 欧州サステナビリティ報告基準。CSRD対応企業の報告フレームワーク。
- ISAE 3402: 限定的保証業務の国際標準。サステナビリティ情報の第三者検証に使われる。
関連ツール
ciferi のサステナビリティ限定的保証チェックリスト(ISAE 3402)を使うと、企業の排出量報告(ロケーション・ベースド、マーケット・ベースド両方)が ESRS E1-6 の要件を満たしているか、証拠が揃っているかを体系的に確認できます。