主要なポイント
使用価値はいかなる市場価格とも無関係に、その資産を保持し続ける場合のキャッシュ流出入で計算する。
処分費用控除後の公正価値は市場の観測値(最近の取引、業界指標)に依拠する。実績値がない場合は評価モデルで代用する。
回収可能金額はこの2つの高い方なので、どちらを適用するかで減損判定は変わる。
金融庁の検査では、使用価値の計算に組み入れるキャッシュフローが過度に楽観的である、または割引率が不適切に低い指摘が最多である。
仕組み
IAS 36.19は回収可能金額を定義する。使用価値(value in use)と処分費用控除後の公正価値(fair value less costs of disposal、FVLCD)のいずれか高い方である。
使用価値の計算: IAS 36.30以降の別紙Aで詳述される。資産または資産グループが将来生み出すキャッシュフローを見積もり、適切な割引率で現在価値に割引く。割引率は加重平均資本コスト(WACC)がベース。見積もったキャッシュフロー(継続営業年数、終価値含む)は管理実績と市場予測に基づく。IAS 36.A26は、見積キャッシュフローが過度に楽観的にならないよう警告している。
処分費用控除後の公正価値の計算: IAS 36.18が定義。資産の公正価値から処分費用(売却手数料、法的費用、撤去費用等)を控除。公正価値はIFRS 13の3段階のレベル(市場価格が最も信頼性高い、次に観測可能なインプット、最後に観測不可能なインプット)に従う。市場に類似資産の取引価格がない場合、キャッシュフロー法やオプション価格モデルで推定する。
実務では、使用価値とFVLCDのいずれが回収可能金額になるかは資産の用途と市場環境で決まる。売却予定の資産はFVLCDが高い傾向。継続使用資産は使用価値が高い傾向。どちらを選ぶかは経営者の経営方針(売却する意思があるか、継続使用するか)を反映する必要がある。
実務例:田中工業株式会社
クライアント: 日本の製造業。FY2024、売上120億円、IFRS適用。20年前に購入した成形機械を保持。
背景: 経済状況悪化で、成形機械の利用率が60%に低下。減損兆候ありと判定。回収可能金額をいずれの方法で測定するか検討。
ステップ1:使用価値の見積もり
文書化ノート: 見積キャッシュフローはFY2020年実績の平均値と直近2年度の受注状況から導出。割引率WACCの算定根拠は別紙CAPMモデル。
ステップ2:処分費用控除後の公正価値の見積もり
文書化ノート: 公正価値は市場メーカー見積もり3社平均値。処分費用は過去5年の類似資産処分実績と契約書に基づく。
ステップ3:回収可能金額の決定
結論: 使用価値法を採用すると減損判定は「減損なし」。仮にFVLCDで測定していたら、減損損失9,500万円が発生していた。この差異は割引率設定と見積キャッシュフローの前提が市場価格より楽観的だからである。経営陣の継続使用方針と一致するため使用価値が適切。監査人は見積キャッシュフロー(特に永続価値成長率)と割引率の合理性を重点テストすべき。
- 将来5年間のキャッシュフロー見積もり(FY2025〜2029):各年6,000万円
- 5年目以降の永続価値:年6,000万円×0% 成長率÷(WACC 6%)= 10億円
- 割引率WACC:6%(田中工業の資本構成と市場リスク相応)
- 使用価値 = 6,000万円/(1.06) + 6,000万円/(1.06)^2 + ... + (6,000万円 + 10億円)/(1.06)^5
- 使用価値 = 約11.2億円
- 市場調査:同型成形機械の最近取引価格 9.5億円(スクラップ相場データベース、中古機械商の見積もり)
- 処分費用推定:解体・搬出2,000万円、売却仲介手数料1,500万円、修復(納品前チューニング)3,000万円 合計6,500万円
- FVLCD = 9.5億円 − 6,500万円 = 8.85億円
- 使用価値11.2億円 > FVLCD 8.85億円
- 回収可能金額 = 11.2億円(使用価値を採用)
- 帳簿価額9.8億円 < 回収可能金額11.2億円
- 減損は認識しない
検査指摘と実務誤り
- 最多の誤り(金融庁検査): 使用価値計算で見積キャッシュフローが過度に楽観的。IAS 36.A26は経営者の履歴および実績に基づく見積りを求めるが、直近の悪化をまだ見積に反映していないケースが頻出。割引率の算定根拠が不十分、または市場データなしに社内判断値を適用。
- 第2位の誤り: 両方法で計算したが、どちらを採用するかの意思決定と文書化の欠落。「どちらが高いか」の計算は示すが、「なぜこちらを選んだか」の経営方針の反映が不明。
- 第3位の誤り: 処分費用控除後の公正価値で市場価格が「入手不可」と判断し、直ちに評価モデルに逃げるケース。実際には業界団体の統計データ、リース会社の見積もり、最近の類似取引が利用可能(IFRS 13.B5〜B9)。一度市場価格の入手努力を文書化すべき。
- 第4位の誤り: CGU(資金生成単位)の定義が不適切。IAS 36.66は「他の資産グループのキャッシュ・インフローから概ね独立したキャッシュ・インフロー」を生むグループと定義する。複数のCGUを恣意的に統合し、減損対象から外す操作が散見される。監査人はCGU定義の一貫性と経営者の根拠文書を検証すべき。
実践的な相違が重要になる場面
減損損失があるか否かでキャッシュフロー予測の精密性と割引率選択に大きく影響を受ける。売却市場が活発な資産(車両、機械)ではFVLCDが高く、特定用途の資産(カスタム機械、工場建屋)では使用価値が高い傾向。経営陣が数年以内の売却を意図していたら、FVLCD採用の方が説明責任が高い。継続使用を前提とした事業計画書があれば、使用価値採用の根拠が強い。監査人はこの意思決定の企業の経営方針との一貫性を確認し、文書化するべき。
関連用語
公正価値: IFRS 13で定義される市場価格相当額。使用価値との対比で出現。
キャッシュフロー割引モデル: 将来キャッシュフロー予測と割引率に基づく現在価値計算。使用価値算定の中核。
減損: 資産の帳簿価額が回収可能金額を上回る場合の損失認識。
加重平均資本コスト: 使用価値計算で用いる割引率。
終価値: キャッシュフロー予測期間終了後の資産価値。永続価値法またはゴーイングコンサーン前提で計算。
IFRS 13公正価値測定: 公正価値の定義とレベル構造を定める。処分費用控除後の公正価値算定で参照。
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