仕組み
DNSHは「Mitigation Hierarchy」(段階的緩和戦略)の考え方から生まれた。ある活動がタクソノミーで「適合している」と分類されても、環境的・社会的な著しい害がないことを同時に実証する必要がある。
EU分類規則は6つの環境目標を定めている。気候変動の緩和、気候変動への適応、水と海洋資源の保全、サーキュラーエコノミーへの転換、公害の防止と管理、そして生物多様性と生態系の保全である。企業の事業活動がそのうちの1つ以上の目標に「貢献する」と判断されても、他の5つの目標に対し「著しい害」を与えていないことを証明する必要がある。
「著しい害」の定義は、EU分類規則の附属書Dで詳細に列記されている。たとえば、気候変動適応活動(防潮堤の構築等)は気候適応に貢献するが、生物多様性を損なわないことを実証する必要がある。実装上は、企業は各活動について、技術的スクリーニング基準(Technical Screening Criteria, TSC)を確認し、その後、各活動がDNSH要件のうちどの項目に該当するかを評価する。多くの企業が技術的適合性の確認だけで停止し、DNSH評価を不十分にしている。
ミニマム・セーフガードは別個の要件であり、DNSH評価に追加される。ILOの労働基準、国連人権宣言、経済協力開発機構(OECD)ガイドラインに準拠していることを実証する必要がある。
実例:アルプス地域太陽光発電株式会社
スイス・ヴァレー州に本社を置く太陽光発電事業者、アルプス地域太陽光発電は、農地の一角に大規模な太陽光パネルを設置する事業を展開している。FY2024年、同社はこのプロジェクトがEU分類規則の「気候変動緩和に貢献する」活動であり、かつDNSH基準を満たしていると主張した。管理者は次のように評価した。
ステップ1:タクソノミー適合性の確認
太陽光パネルの設置は、EU分類規則別紙Iで「気候変動緩和」に該当する活動として明示されている。技術的スクリーニング基準(TSC)により、パネルの効率性(パネル効率30%以上)、設置地域(農業生産への影響最小化)を確認した。
文書化ノート:技術的スクリーニング基準の合致確認書類、パネル仕様書、現地調査報告書をワーキングペーパーに綴じ込み
ステップ2:DNSH評価の実施
気候変動への適応に対し、著しい害を与えていないか、6つの環境目標ごとに評価した。特に「生物多様性と生態系の保全」では、設置予定地が保護区域に接近していないか、希少種の生息地ではないかを確認した。土地利用変化アセスメント、環境影響評価(EIA)報告書から、著しい害の証拠がないことを確認した。
文書化ノート:EIA報告書、市町村の生物多様性評価、設置予定地の土地利用分類コード、希少種の確認調査結果
ステップ3:ミニマム・セーフガード評価
ILO基準への準拠状況、人権方針の有無、サプライチェーンの強制労働リスクを評価した。施工業者は欧州内の認定企業を選定し、労働基準監査を実施した。OECDガイドラインに基づくデューディリジェンス報告書を取得した。
文書化ノート:施工企業の認定証、労働基準監査報告書、OECDガイドラインへの準拠声明、サプライチェーン人権方針
結論
企業は気候変動緩和に貢献する活動として太陽光パネル事業を分類し、6つの環境目標のいずれについても著しい害がないこと、ミニマム・セーフガードを満たしていることを実証した。ただし、この評価は現在のスナップショットであり、翌年度も同様の評価が必要である。EU分類規則の改定、および生物多様性評価の知見の更新に伴い、DNSH基準そのものが厳格化される可能性がある。
監査人・レビュアーが見落とすこと
- 著しい害の定義を誤解する:企業が「害がゼロ」と理解し、「最小化している」というDNSH的アプローチを拒否する。EU分類規則別紙Dは「著しい」害を特定することを求めており、軽微な影響までの完全排除は要求していない。段階的緩和戦略をワーキングペーパーに明記していない場合、レビュアーは不十分と指摘する。
- ミニマム・セーフガード評価の欠落:企業がタクソノミー適合性だけを評価し、ILO基準・人権方針の評価を実施していない場合、DNSH全体が失敗する。監査人は「ミニマム・セーフガードが文書化されているか」を独立した検証項目として確認する必要がある。
- データの追跡可能性の欠如:DNSH評価に使用した外部データ(環境影響評価、希少種確認調査等)の引用元、更新日、妥当性を記録していない。監査人は、引用元の信頼性と現時点での有効性を検証すること。
- 年次再評価の省略:EU分類規則の委任規則は技術的スクリーニング基準を定期的に改定しており、前年度のDNSH評価がそのまま翌年度に有効とは限らない。たとえば2024年改定では水資源関連のDNSH閾値が厳格化された。監査人はDNSH評価の日付と参照したTSCのバージョンを照合し、最新の委任規則(EU 2023/2486等)に基づく再評価が実施されているか確認すること。
DNSH vs. タクソノミー適合性
タクソノミー適合性とDNSHは異なる概念であり、両方を満たす必要がある。
| 項目 | タクソノミー適合性 | DNSH |
|---|---|---|
| 定義 | 活動が6つの環境目標の1つ以上に「貢献する」か | 他の5つの環境目標に「著しい害を与えない」か |
| 評価単位 | 活動全体の分類(例:太陽光パネル設置) | 活動ごと、環境目標ごとの著しい害の有無 |
| 基準 | 技術的スクリーニング基準(TSC) | EU分類規則別紙D、段階的緩和の実施 |
| 証拠 | パネル効率、発電量、CO2削減量 | 環境影響評価、生物多様性評価、リスク管理方針 |
| ミニマム・セーフガード | 評価対象外 | 別途評価必須 |
多くの企業が、タクソノミー適合性を確認した時点で「持続可能」と表示している。しかし、DNSH評価を完了していなければ、CSRD報告は不正確である。監査人は両者を明確に分離し、各々のワーキングペーパーを独立して要求する必要がある。
関連用語
- タクソノミー規則: EU分類規則(タクソノミー規則)は、経済活動が環境的に持続可能であるかどうかを定義する枠組みである。
- ミニマム・セーフガード: ILO基準、人権方針、OECD ガイドラインへの準拠を実証するための要件。
- CSRD(企業サステナビリティ報告指令): EU域内の大規模企業に対し、サステナビリティ情報の報告と保証を義務付ける指令。
- ESRS(欧州サステナビリティ報告基準): CSRDに基づき、企業が報告すべき指標とデータポイントを定める。
- ISAE 3000(限定的保証): サステナビリティ報告に対し、監査人が限定的保証を提供するための国際基準。
- 環境影響評価(EIA): 事業活動が環境に及ぼす影響を事前に評価するプロセス。
計算ツール
DNSHの適合評価を構造化するツールはciferiオンサイトに用意されていない。ただし、EU分類規則の公式スクリーニングツール(PLATFORM ON SUSTAINABLE FINANCE)により、活動のタクソノミー適合性とDNSH基準をチェックできる。