この記事で身に付くこと
監基報720で求められる通読手続と文書化要件を理解できる
その他の記載内容と財務諸表との不整合を発見する具体的な方法を習得できる
重要な誤りや不整合への対応手順を実践できる
監査ファイルに必要な文書化項目をすべて網羅できる
目次
監基報720の基本要件
監査人の責任範囲
監基報720.11は、監査人の責任を二つの段階に分けている。まず監査報告書日までに入手したその他の記載内容について通読する責任。次に監査報告書日後に入手したその他の記載内容について検討する責任。
第一段階では、監査人は重要な不整合の有無を確認する。重要な不整合とは、その他の記載内容と財務諸表との間、またはその他の記載内容と監査過程で入手した監査人の知識との間に矛盾がある状況を指す(監基報720.12(a))。
監査人の監査意見は財務諸表に対してのみ表明される。その他の記載内容に対して監査意見を表明するものではない。しかし、重要な不整合や重要な誤りを発見した場合には、適切な措置を講じる責任がある。
通読の実施時期
監基報720.13は、通読の時期について明確な指針を示している。監査報告書日までに入手可能なその他の記載内容については、監査意見形成前に通読を完了させなければならない。
実務上、年次報告書の最終版は監査報告書日直前まで確定しないことが多い。この場合でも、入手次第速やかに通読を実施し、必要に応じて修正を求める時間を確保する必要がある。
その他の記載内容の範囲
対象となる記載内容
監基報720.12(c)は、その他の記載内容を「年次報告書に含まれる財務諸表および監査報告書以外の財務および非財務の情報」と定義している。
具体的には以下の内容が含まれる:
対象外となる記載内容
監基報720は適用範囲に制限がある。年次報告書に含まれない文書、例えば株主総会招集通知、四半期報告書、プレスリリースは対象外となる。
ただし、年次報告書と一体化している場合には通読の対象となる。判断に迷う場合は、その文書が年次報告書の一部として読者に提供されるかどうかで判定する。
- 事業の概況および業績に関する経営陣による説明
- 取締役会報告書
- コーポレートガバナンス報告書
- 役員の経歴および報酬情報
- 主要な財務指標の要約
- 雇用データ、環境データ等の非財務情報
通読手続の実施方法
手続の基本的な流れ
監基報720.14は、通読手続を四つの段階に分けている:
各段階で適切な文書化が必要。特に不整合を発見した場合の対応過程は詳細に記録しなければならない。
実施上の留意点
通読は単なる読み流しではない。監査人は、監査過程で入手した知識と照らし合わせながら、批判的な観点で検討する必要がある。
数値の不整合だけでなく、定性的な記載についても注意深く検討する。例えば、財務諸表上は売上が減少しているにも関わらず、事業報告書で「順調な成長」と記載されている場合は不整合の可能性がある。
- その他の記載内容の特定と入手
- 通読の実施
- 重要な不整合の有無の検討
- 必要に応じた追加手続の実施
不整合への対応手順
重要な不整合を発見した場合
監基報720.15は、重要な不整合を発見した場合の対応手順を段階的に定めている。
まず、財務諸表に誤りがあるかを検討する。財務諸表の誤りである場合、監基報450に従い修正を検討する。財務諸表が適切である場合、経営者にその他の記載内容の修正を依頼する。
経営者が修正を拒否した場合、監基報720.17に基づき、監査報告書にその他の記載内容に関する記載を追加するか、監査契約から離脱することを検討する。
重要な誤りを発見した場合
監基報720.18は、その他の記載内容における重要な誤り(財務諸表との不整合ではないが、事実と異なる記載)についても対応を求めている。
この場合も経営者に修正を依頼し、修正されない場合には監査報告書への記載や契約離脱を検討する。ただし、事実の確認が困難な場合は、追加の証拠収集が必要になることもある。
実例による検討プロセス
工業製品製造業での適用例
中村金属工業株式会社(資本金80百万円、従業員320名、売上高4,250百万円)
文書化:「監査ファイルS720-01に通読対象文書リスト作成」
文書化:「主要数値の照合表をS720-02に添付」
文書化:「定性情報と定量分析の整合性をS720-03で検証完了」
重要な不整合なし。通読手続完了。監査報告書への追加記載不要。
検討結果の評価
この例では、事業報告書の記載が財務諸表の数値と整合していることを確認できた。特に定性的な記載(原材料価格上昇の影響)が定量的な数値(売上原価率の悪化)と一致している点が重要。
- その他の記載内容の特定
- 事業報告書:32ページ
- 取締役会報告書:8ページ
- 役員報酬明細:2ページ
- 数値の整合性確認
- 事業報告書記載の売上高4,250百万円 → 損益計算書と一致
- 従業員数320名 → 注記と一致
- 設備投資額185百万円 → キャッシュフロー計算書と一致
- 定性情報の検討
- 事業報告書の記載:「当期は原材料価格の上昇により厳しい経営環境」
- 売上原価率:前期68.2% → 当期71.4%(3.2ポイント悪化)
- 記載内容と財務数値が整合
- 結論
実務チェックリスト
- 監査報告書日までに入手予定のその他の記載内容をすべて特定し、リスト化する
- 通読実施者を指定し、監査チーム内で責任分担を明確化する
- 重要な不整合の判断規準を監査計画段階で設定し、文書化する
- 数値の照合だけでなく、定性的記載についても監査で得た知識と照らし合わせる
- 不整合を発見した場合の対応手順を監査チーム内で共有する
- 監基報720.22に従い、実施した手続と結論をすべて文書化する
よくある誤りと対処法
- 通読の実施時期が遅すぎる: 監査報告書日の直前では修正時間が確保できない。年次報告書の作成スケジュールを事前に確認し、通読時期を調整する。
- 定量情報のみの照合で終わる: 数値の一致確認だけでは不十分。定性的記載についても監査で得た知識と整合するか検討が必要。
- 軽微な不整合を見逃す: 個別には軽微でも、複数の不整合が重なると重要性を増す場合がある。すべての不整合を記録し、総合的に評価する。
- 監査報告書日後に入手した記載内容への対応漏れ: 監基報720.16は、監査報告書日後に入手したその他の記載内容にも検討義務があると定めている。年次報告書の印刷版が監査報告書日後に最終化されるケースでは、最終版との照合を怠ると、差し替えられた数値や追加された定性記載の不整合を見逃す。
関連リソース
- 監基報720完全解説ガイド: その他の記載内容の定義と適用範囲の詳細
- 監査文書化チェックリスト: 監基報720.22の文書化要件に準拠したテンプレート
- 重要性の判定ガイド: 不整合の重要性評価における判断基準の設定方法