目次
1. ISA 550による関連当事者の識別要件 2. IAS 24開示要件の検証ポイント 3. 実務例:田中製作所の関連当事者監査 4. 監査手続チェックリスト 5. よくある監査上の不備 6. 関連リソース
ISA 550による関連当事者の識別要件
ISA 550.13は監査人に対し、関連当事者と関連当事者取引を識別する手続の実施を定めている。計画段階から開始し、監査期間を通じて継続する義務。ただ、正直なところ、前期の調書から関連当事者リストをそのまま引き継いで終わりにしているチームは少なくない。
識別手続の中身
監基報550.A23は識別手続を例示している。前年度の調書からの情報更新、経営者への質問、取締役会議事録・株主総会議事録・監査役会議事録・監査等委員会議事録の閲覧の4点。
経営者への質問では、関連当事者の名称と性質だけでなく、当期中の取引の有無、取引の性質と目的、取引条件の決定方法を確認する。質問先は財務担当役員に限らない。営業担当役員や法務担当役員にも聞くべきだろう。営業部門が把握している取引関係を財務部門が認識していないことは珍しくない。
調書の文書化要件
ISA 550.28は、識別した関連当事者の名称と性質、実施した手続の詳細と結論の文書化を定めている。「関連当事者取引なし」とだけ記載しても、どのような手続を実施し、どの情報源から確認したかが読めなければ不十分。品管のレビューで最も指摘されやすい箇所の一つ。
関連当事者取引が存在する場合は、取引の内容と金額、取引条件、承認プロセス、計上科目を文書化する。通常の事業過程で発生した取引かどうかの判断根拠も必要になる。
IAS 24開示要件の検証ポイント
IAS 24.17は、関連当事者との取引について取引の性質、金額、未決済残高の開示を定めている。監査人はこれらの開示が完全で正確であることを確かめなければならない。
開示の完全性はどう検証するか
識別した全ての関連当事者取引が財務諸表の注記に反映されているかを検証する。試算表から関連当事者との取引を抽出し、注記開示と照合する作業が中心となる。
科目別の検証が効率的。売上高勘定から関連会社向け売上を抽出し、注記の売上高内訳と一致するか確認する。買掛金勘定から関連会社の仕入債務を抽出し、期末残高開示と照合。貸付金・借入金勘定も同様に処理する。
取引条件の妥当性評価
IAS 24.21は、関連当事者取引の条件が第三者取引と同等である場合にのみ、その旨の記載を認めている。監査人はこの記載の根拠を検証しなければならない。
取引価格の妥当性は同種の第三者取引との比較で評価する。市場価格が存在する商品であれば市場価格との比較。独自性の高いサービスであれば、類似サービスの価格調査資料や第三者による価格評価書を入手する必要がある。
金利条件の妥当性は、同程度の信用リスクを持つ第三者への貸付金利との比較で評価する。会社が取引銀行から適用されている借入金利を参考にすることが多い。担保の有無、期間、金額規模、返済条件の違いを考慮した調整も忘れてはならない。
実務例:田中製作所の関連当事者監査
田中製作所株式会社。大阪府、精密部品製造業、売上高45億円。主要株主は田中ファミリー(75%保有)。オーナー系企業で関連当事者が複数存在する典型例。
識別された関連当事者と取引
調書メモ:取締役会議事録(2024年4月、7月、10月開催分)および経営者質問書により以下を識別
1. 田中商事株式会社(田中社長が100%保有) - 当期取引:原材料仕入 480百万円 - 期末残高:買掛金 78百万円
2. 田中不動産株式会社(田中社長の配偶者が100%保有) - 当期取引:本社ビル賃借料 84百万円(月額7百万円) - 期末残高:前払費用 7百万円、敷金 50百万円
3. 田中技術開発合同会社(田中社長の長男が代表社員) - 当期取引:技術指導料支払 120百万円 - 期末残高:未払金 30百万円
4. 田中社長個人への貸付金 - 期末残高:短期貸付金 15百万円(利率0.5%)
監査手続の実施
関連当事者リストの更新と、前期からの変更点確認。
調書メモ:前期調書の関連当事者リストと照合。田中社長個人への貸付金(15百万円)は前期末に発生しており、前期調書にも記載あり。
各取引先への残高確認書を送付し、全件回答を受領。
田中商事からの仕入価格は、同種材料の市場価格調査により妥当と判断。田中不動産への賃借料は近隣同規模物件の坪単価と比較し、相場水準であることを確認した。
調書メモ:不動産鑑定士による周辺相場調査報告書(2024年11月付)参照
田中技術開発への技術指導料120百万円は検証が難しい。同種サービスの市場価格が存在しないためだ。実際の作業内容、工数記録を査閲し、成果物の実在性と金額の合理性を評価した。繁忙期のチームにとって、この種の検証は負荷が大きい。本音を言うと、市場価格のないサービスへの対価は毎回苦労する。
IAS 24.17に基づく開示を注記19で確認。取引金額、期末残高、取引の性質の記載が漏れなく行われているかを検証し、試算表の関連当事者勘定残高と注記開示を照合した。
監査手続チェックリスト
1. 関連当事者の識別手続 - 前期調書からの情報更新(ISA 550.13対応) - 経営者・役員への質問実施と回答の文書化 - 議事録類(取締役会、監査役会、株主総会、監査等委員会)の閲覧 - 株主名簿と役員名簿の最新版入手
2. 関連当事者取引の検証 - 試算表からの関連当事者取引抽出 - 残高確認書による期末残高の確認 - 取引の実在性を裏付ける証憑の査閲 - 取引条件の妥当性評価(市場価格との比較)
3. 開示の完全性・正確性確認 - IAS 24.17の開示項目チェック - 注記開示金額と帳簿残高の照合 - 取引の性質に関する記載内容の確認 - IFRS連結と単体での開示範囲の差異検討
4. 文書化の完成 - 識別した関連当事者の一覧表作成 - 実施した監査手続の詳細記録 - 得られた監査証拠と結論の整理 - 審査対応用の論点メモ作成
5. 経営者確認書での最終確認 - 関連当事者の網羅的開示に関する表明 - 関連当事者取引の承認プロセスに関する表明
よくある監査上の不備
識別手続の不足は最も多い指摘。経営者質問のみで議事録閲覧を省略するケースがある。議事録を読めば、経営者が質問書で回答しなかった取引関係が出てくることは珍しくない。
取引条件評価の表面的な処理もJICPA品質管理レビューで繰り返し指摘されている。「独立第三者間取引と同等」と注記に記載しているのに、調書にその根拠となる比較データが残っていない。現場の感覚で言うと、「同等」と書くなら比較した証拠を残せ、というだけの話。CPAAOBの検査でも同じ指摘が出ており、SALYで前年の調書を引き継いだだけの手続が問題視されている。
関連リソース
- 監基報550号関連当事者用語集: 関連当事者の定義と識別基準の解説 - 関連当事者取引監査ツール: 識別から開示検証までのチェックリスト - IAS 24開示要件ガイド: 財務諸表注記での開示項目と記載例