製造業(精密機器)の事例:のれんの減損テスト 田中電子部品株式会社(東京証券取引所プライム市場上場、資本金85億円、連結売上高420億円)を例に、ISA 701に準拠したKAM記載を検証してみよう。 同社は2022年にドイツの計測機器メーカーを160億円で買収した。のれん残高は78億円。当期末における減損テストが監査上の主要な検討事項となった。 記載例の構成: 1. 主要な検討事項とした理由 「当社グループは2022年にドイツのミューラー計測技術GmbHを買収し、のれん78億円を計上している。こののれんは連結総資産の23%を占める。減損テストにおける回収可能価額の算定は、将来キャッシュフロー予測と割引率の設定に経営者の重要な判断を伴う。特に、買収時に想定したシナジー効果の実現時期について、市場環境の変化により当初計画から乖離が生じている。」 文書化ノート:KAM選定理由ワークペーパーに金額的重要性、判断の複雑性、市場環境変化の具体的内容を記載 2. 監査上の対応 「我々は以下の監査手続を実施した:(1)経営者が作成した将来キャッシュフロー予測と中期経営計画の整合性を確認、(2)過去の予測精度を分析し、予測の信頼性を評価、(3)割引率について、類似企業のベータ値と市場金利データに基づく妥当性を検討、(4)シナジー効果の実現状況について、統合後の売上データと原価削減実績を査閲。さらに、外部の評価専門家を関与させ、使用価値の算定方法とDCF計算の技術的妥当性について助言を得た。」 文書化ノート:各手続の実施担当者、関与した評価専門家の資格、入手証拠の性質を監査ファイルに記録 3. 監査上の結論 「これらの監査手続により、のれんの減損テストに係る経営者の判断が合理的であり、IAS 36に準拠した適切な会計処理がなされていることについて、十分かつ適切な監査証拠を入手した。」 このように各要素を具体的に記載することで、ISA 701.13の要求を満たしたKAMとなる。 不動産業の事例:投資不動産の公正価値評価 大都市不動産株式会社の場合、東京・大阪・名古屋の商業用不動産を保有する。投資不動産残高は560億円(総資産の72%)。 記載では「不動産鑑定士による鑑定評価額を基礎としつつ、賃料相場の変動と空室率の推移を総合勘案」といった一般論では不十分。このクライアント固有の状況、たとえば「コロナ禍による商業テナントからの賃料減額要請により、従前の賃料収入予測を見直す必要があった」「渋谷区の物件については再開発計画による将来価値への影響を評価した」などの具体性が求められる。

ISA 701が要求するKAM記載の基本構造

ISA 701.13は監査上の主要な検討事項について、次の4つの要素を含めて記載するよう求めている。(a)当該事項が監査上の主要な検討事項と決定された理由、(b)当該事項にどのように対応したかの説明。この2要素は必須。さらにISA 701.A28では、財務諸表内の関連する開示への言及を推奨している。
記載で最も陥りやすいのは、基準文の言い換えで済ませることだ。「のれんの評価は経営者による重要な判断を伴うため」という文章では、なぜこのクライアント、この監査で主要な検討事項になったのかが見えない。ISA 701.A30は「監査人に特有の状況」の説明を求めている。「当社ののれん残高は総資産の38%を占める」「3つの事業セグメントで異なる割引率を適用」といった固有性が必要。

KAM記載の3つの要素


1. 主要な検討事項としての選定理由
ISA 701.10(a)で定められた「監査人が特に注意を払った事項」の特定方法を明確に示す。「重要性がある」だけでは足りない。なぜ他の重要項目よりも注意を要したのか。金額的影響、判断の複雑性、見積りの不確実性のどれが主因なのか明記する。
2. 監査上の対応
単なる手続リストではない。ISA 701.A34は「監査人がどのように当該事項に対応したか」の説明を求める。標準的な実証手続に加えて、この案件で特別に実施したテスト、追加的に検討した代替手法、専門家を関与させた判断があれば、それらを含める。
3. 監査人の結論
財務諸表が適正に表示されているかの結論は監査意見で示される。KAMで述べるのは、検討した事項について監査人として納得できる証拠を入手できたかどうか。ここで意見を留保する理由を述べてはいけない。「十分かつ適切な監査証拠を入手した」旨を記載する。

業種別のリスクアプローチと記載上の留意点

業種によってKAMとなりやすい項目は異なる。製造業なら在庫評価、不動産業なら公正価値評価、銀行なら貸倒引当金が典型例。しかし同じリスクでも業種によって論点が変わる。
製造業の在庫では、陳腐化の判断基準が焦点になることが多い。回転率、最終売却日、市場価格の変動を総合的に評価する必要がある。一方、商社の在庫なら流動性のほうが重要になる。同じ在庫評価でも、記載すべき判断要素が違ってくる。
金融機関の場合、IFRS 9のECL計算が必ずKAMになる。しかし地方銀行と信託銀行では前提条件が異なる。地方銀行なら地域経済の動向、信託銀行なら受託財産の性質に着目した記載が求められる。

実務上よく見かける記載例の検証

製造業(精密機器)の事例:のれんの減損テスト
田中電子部品株式会社(東京証券取引所プライム市場上場、資本金85億円、連結売上高420億円)を例に、ISA 701に準拠したKAM記載を検証してみよう。
同社は2022年にドイツの計測機器メーカーを160億円で買収した。のれん残高は78億円。当期末における減損テストが監査上の主要な検討事項となった。
記載例の構成:
1. 主要な検討事項とした理由
「当社グループは2022年にドイツのミューラー計測技術GmbHを買収し、のれん78億円を計上している。こののれんは連結総資産の23%を占める。減損テストにおける回収可能価額の算定は、将来キャッシュフロー予測と割引率の設定に経営者の重要な判断を伴う。特に、買収時に想定したシナジー効果の実現時期について、市場環境の変化により当初計画から乖離が生じている。」
文書化ノート:KAM選定理由ワークペーパーに金額的重要性、判断の複雑性、市場環境変化の具体的内容を記載
2. 監査上の対応
「我々は以下の監査手続を実施した:(1)経営者が作成した将来キャッシュフロー予測と中期経営計画の整合性を確認、(2)過去の予測精度を分析し、予測の信頼性を評価、(3)割引率について、類似企業のベータ値と市場金利データに基づく妥当性を検討、(4)シナジー効果の実現状況について、統合後の売上データと原価削減実績を査閲。さらに、外部の評価専門家を関与させ、使用価値の算定方法とDCF計算の技術的妥当性について助言を得た。」
文書化ノート:各手続の実施担当者、関与した評価専門家の資格、入手証拠の性質を監査ファイルに記録
3. 監査上の結論
「これらの監査手続により、のれんの減損テストに係る経営者の判断が合理的であり、IAS 36に準拠した適切な会計処理がなされていることについて、十分かつ適切な監査証拠を入手した。」
このように各要素を具体的に記載することで、ISA 701.13の要求を満たしたKAMとなる。
不動産業の事例:投資不動産の公正価値評価
大都市不動産株式会社の場合、東京・大阪・名古屋の商業用不動産を保有する。投資不動産残高は560億円(総資産の72%)。
記載では「不動産鑑定士による鑑定評価額を基礎としつつ、賃料相場の変動と空室率の推移を総合勘案」といった一般論では不十分。このクライアント固有の状況、たとえば「コロナ禍による商業テナントからの賃料減額要請により、従前の賃料収入予測を見直す必要があった」「渋谷区の物件については再開発計画による将来価値への影響を評価した」などの具体性が求められる。

品質管理レビューでの典型的指摘事項

JSOXレビューやピアレビューで指摘される典型例を整理すると、次の4パターンに集約される。
1. 記載内容の画一性
複数のクライアントで同じようなKAM記載になっている。文章の骨格は共通でも、クライアント固有の数値、リスク要因、市場環境を反映させる必要がある。
2. 監査手続の抽象性
「実証手続を実施した」「妥当性を検討した」では何をしたのか分からない。「売上カットオフテストを期末前後2週間について実施し、234件のサンプルを抽出した」レベルまで記載する。
3. 財務諸表との関連性不足
ISA 701.A28で推奨される「関連する開示への言及」が欠落している。KAMで検討した事項について、財務諸表のどの注記で開示されているか明記する。
4. 結論部分の曖昧さ
「概ね適切」「大きな問題は発見されなかった」では監査意見との関係が不明確。「十分かつ適切な監査証拠を入手した」と明確に記載する。

実務で使えるKAM記載チェックリスト

  • 固有性の確認:同業他社のKAMと比較して、このクライアントにしか当てはまらない情報が含まれているか
  • 定量情報の充実:金額、比率、件数、期間など数値による裏付けがあるか
  • 手続の具体性:実施した監査手続が第三者にも理解できる具体的記述になっているか
  • 財務諸表対応:関連する注記番号や開示項目への言及があるか
  • 専門家関与の明記:外部専門家や社内専門家を関与させた場合、その旨と関与内容を記載したか
  • 結論の明確性:監査証拠の十分性について明確な結論を述べているか

よくある記載ミス

国際的な品質管理レビューのデータによると、KAM記載で最も頻繁に指摘される問題は記載内容の標準化。PCAOB(米国)では検査対象案件の約30%で「具体性不足」が指摘されている。カナダの公認会計士規制委員会(CPAB)でも類似の傾向を確認している。
記載文章をテンプレート化しすぎると、クライアント固有性が失われる。ISA 701が求めているのは、そのクライアント、その監査でなぜこの事項が主要な検討事項になったのかの説明。同じ収益認識でも、契約条件、取引実態、業界慣行によって論点は変わる。

関連リソース

  • 重要性の設定と文書化: KAM選定における重要性基準値の設定方法
  • 監査リスク評価ワークシート: KAM候補の体系的識別をサポート
  • 財務諸表監査の品質管理: KAM記載を含む監査品質向上の実践手法

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