Definition

繁忙期に移転価格の調書を見ていて、ローカルファイルのベンチマーク調査が4年前のまま更新されていなかった。税務当局がこれを見れば、独自の比較対象を持ち出して調整してくる。経験上、この手の文書管理の甘さが数千万円単位の追徴課税につながるケースは珍しくない。

仕組み

移転価格調査や不確実な税務ポジションを評価する法定監査で、マスターファイル(MF)とローカルファイル(LF)の区分が最も問題になる。調査が始まると、税務当局がまず手に取るのはLFのほうで、比較対象分析と当該法域で計上された取引の独立企業間価格の正当化が含まれているからである。グループ全体の方針を参照しながらローカルでの裏付けを欠くLFが出てくれば、次はMFとの整合性を突き合わせにくる。

OECD移転価格ガイドライン(TPG)5.18はMFが多国籍企業の移転価格慣行の「設計図」として機能すべきと述べ、5.22はLFがその設計図を取引固有の証拠で補完することを要求している。2つのファイルが矛盾する場合が厄介で、例えばMFは経営管理料にコストプラス法を記述しているのにLFは取引単位営業利益法(TNMM)を適用しているといったケース。この不整合が見つかった時点で、文書の否認と独自調整の根拠を当局に与えることになる。

監査人の観点では、ISA 540.13が経営者の会計上の見積の算定方法の評価を要求しており、矛盾する文書に基づく移転価格引当金は額面どおりに受け入れられない見積となる。

実務例:Rossi Alimentari S.p.A.

イタリアの食品製造グループ、FY2025、売上高EUR 67M、IFRS適用。Rossiはドイツの販売子会社Rossi Vertrieb GmbH(売上EUR 22M、うちEUR 18Mはイタリア親会社からの完成品仕入)を保有し、年間EUR 0.4Mの経営管理料も賦課している。

ステップ1 MFの作成 ミラノのグループ税務チームがRossiの組織構造(イタリア親会社、ドイツの販売子会社、オーストリアの物流子会社)を記述。グループ内商品取引の移転価格方針(コストプラス8%)、経営管理料の方針(人員数に基づくコスト配賦)、グループ内金融取引の条件、無形資産の所有状況(全商標とレシピはイタリア親会社が保有)を文書化する。

ステップ2 Rossi Vertrieb GmbHのLFを作成 現地の税務アドバイザーがEUR 18Mのグループ内商品仕入とEUR 0.4Mの経営管理料を文書化。LFにはRossi Vertriebの機能分析(在庫リスクを負わないリミテッドリスク・ディストリビューター)と、営業利益率2%から5%の欧州の比較対象ディストリビューターを特定したベンチマーク調査が含まれる。Rossi Vertriebの実際の営業利益率は3.1%で四分位範囲内に収まる。

ステップ3 整合性の相互確認 LFのコストプラス8%方針の記述がMFと一致しているか確認。MFに記載された経営管理料の方法論もLFの計算と整合する必要がある。ここで矛盾が見つかれば、税務当局の調査時に文書否認のリスクが生じる。

結論 MFがドイツ(その他の法域も同様)の税務当局にグループの文脈を示し、LFがRossi Vertriebの3.1%マージンが独立企業間の範囲内であることを証明する。LFのみを作成していた場合、ドイツ税務当局は§162(3) AOに基づき立証責任をRossi Vertriebに転換できた。

監査人が見落としやすい点

MFの年次更新漏れ グループはMFを静的な文書として毎年流用し、所得配分表、無形資産の所有構造、グループ内金融取引、子会社の設立・売却情報を更新しないことが多い。OECD TPG 5.16はMFが多国籍グループの最新の概要を反映するよう要求している。2年前に売却した子会社がまだ記載されているMFは、文書が真に維持されていないことを税務当局に示し、それが裏付けるLFの信頼性も損なう。

ベンチマーク調査の未更新 LFに移転価格方針の設定時に一度だけ実施されたベンチマーク調査が含まれ、そのまま放置されているパターン。EU法域の大半は少なくとも3年ごとのベンチマーク更新を期待し、比較対象のデータは毎年更新を求める。古いベンチマークをそのまま使い続ければ、当局がより新しい比較対象を持ち出して独自に調整してくる根拠を与えることになる。OECD TPG 3.80から3.82が比較対象データの時点適合性について述べている。

MFとLFの方法論の不整合 正直、Big4でもこれは起きる。グループ税務チームがMFを作成し、現地アドバイザーがLFを別途作成すると、方法論がずれる。MFがコストプラス法を記述し、LFがTNMMを適用しているといった食い違いが典型。結果として文書の信頼性が崩れ、当局側の独自調整を招く。

提出期限の不認識 MFの提出期限は法域ごとに異なる。オランダでは法人税申告書の提出時に利用可能でなければならず(年度末から通常5カ月、延長で12カ月)、ドイツではGAufzV §4に基づき税務当局の要求から30日以内に提出が必要。期限の認識不足はペナルティと立証責任の転換を招く。

関連用語

- MFとLFが文書化するのは関連者間取引の移転価格そのものであり、価格設定の合理性を裏付ける作業がこの二つのファイルの存在理由となる。

- LFが最終的に証明すべきなのは独立企業間原則への適合性であり、比較対象分析はすべてこの原則に帰着する。

- MFとLFは移転価格文書の中核を構成し、国別報告書と合わせて三層構造を形成する。

- 国別報告書(CbCR)はOECD BEPS Action 13の第3層に位置づけられ、法域別の集計データを税務当局間で共有する仕組みとして機能する。

- MFやLFの不備は不確実な税務ポジションの引き金になりうる。文書の欠陥から税務リスクが顕在化した場合、会計処理上の判断も求められる。

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