重要なポイント

  • カーボンフットプリントはスコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出)、スコープ3(バリューチェーン)の3段階に分類される。
  • ESRS E1-1ではスコープ1と2は必須、スコープ3は上場企業向けに段階的導入。
  • 算定誤りの最大リスクはスコープ3の境界設定で、バリューチェーンのどこまで含めるかの判断による。
  • 監査対象となる持続可能性報告書では、排出係数の根拠と集計方法論の文書化が検査指摘の対象。

仕組み

カーボンフットプリントは3つのスコープで構成される。
スコープ1(直接排出) は企業が保有・運営する施設やフリート車両から直接発生するガス。燃料の燃焼、化学プロセスからの放出。計測は比較的容易で、ガス使用量 × 排出係数で算出する。
スコープ2(間接排出) は購入した電力、蒸気、熱から生じる排出。グリッドの排出係数を使うロケーション・ベース法と、再生可能エネルギー契約の実際の排出係数を使うマーケット・ベース法がある。ESRS E1-3ではマーケット・ベース法が基本。ロケーション・ベース法も同時に報告する必要がある。
スコープ3(その他の間接排出) はサプライチェーン全域の排出。上流(調達、輸送、出張)と下流(製品使用、廃棄、リサイクル)に分かれる。この境界設定が最も複雑。GRI 305.3はスコープ3に15のカテゴリーを定義している。一部のカテゴリーは著しく重要でなければ除外できるが、その判断根拠は報告書に明記する必要がある。
各スコープの排出量は、活動量 × 排出係数で計算する。排出係数の出所(IPCC、国家インベントリ、国別排出係数データベース)によって結果が異なる。2024年時点、多くの欧州企業はIPCC第6次評価報告書の係数またはEU排出取引制度(ETS)の係数を使用。日本企業は環境省の排出係数(電力は毎年更新)を使う。係数の更新タイミングと遡及適用の有無が監査上の検討項目。

実例: Bakker Industrial B.V. (オランダ製造業)

Bakker Industrialは建設用金属部材を製造するオランダ企業。FY2024売上€42M。CSRD対象外だが、顧客の要求でCSRD互換の温室効果ガス報告を準備。
ステップ1: スコープ1の算定
本社と工場、計2か所の天然ガス使用量を確認。FY2024年間消費量: 450,000 m³。IPCC 2023排出係数 2.04 kg CO₂e/m³を適用。排出量: 918 t CO₂e。
文書化ノート: ガス請求書の年間集計表、排出係数の根拠(IPCC第6次評価報告書参照ページ)、換算式をExcelで記録。係数更新時の遡及適用有無を方針として記載。
ステップ2: スコープ2の算定
電力消費量: 3,200 MWh。マーケット・ベース法(グリーン電力契約): 排出係数 0.050 kg CO₂e/kWh。スコープ2排出量: 160 t CO₂e。ロケーション・ベース法(オランダ系統: 0.340 kg CO₂e/kWh): 1,088 t CO₂e。両方を報告。
文書化ノート: 電力契約書のコピー、再生可能エネルギー証書(GOs)の発行記録、ENTSO-E公表のオランダ系統排出係数の出所と年度。
ステップ3: スコープ3の境界設定
15のGRIカテゴリーのうち、重要性評価に基づき8つを報告対象と判定。
文書化ノート: 重要性評価の基準(売上比率10%以上、または推定排出量全体の5%以上)、仕入先調査の実施方法、推定係数の根拠、除外カテゴリーの一覧と根拠。
ステップ4: 検証と監査手続
排出量合計: スコープ1 918 t、スコープ2(マーケット・ベース) 160 t、スコープ3(推定を含む) 2,840 t。スコープ3が全体の72%。
監査では、スコープ3の仕入先データの回答率(実データ回収85%)と推定カバレッジ(売上比率95%)を確認。排出係数の出所をスポット・テスト(サンプル3仕入先の提示データと排出係数データベースの突合)。事業量ドライバー(売上、生産量)の増減と排出量の増減の整合性を確認。
結論: スコープ1、2は直接計測に基づくため誤謬リスクは低い。スコープ3は仕入先報告品質と推定係数の選択が主リスク。推定範囲が全体の28%を超えないことを確認し、妥当と判定。

  • カテゴリー1(購入原材料): 鉄鋼仕入先からのデータ要請。3社の主要仕入先から排出データを直接回収。回収できない仕入先は取引額と業界平均排出係数で推定。
  • カテゴリー4(上流輸送): ロジスティクス会社の輸送距離と燃料消費から算定。
  • カテゴリー9(製品の利用): 顧客が建物構造として製品を使用。寿命50年と仮定。耐用年数で排出量を配分。
  • その他カテゴリー(出張、廃棄物等): 重要性が低いため除外。除外理由を報告書に明記。

監査人がよく誤る点

Tier 1: 規制実例
2024年2月、オランダのAFMはCSRD暫定報告書の監査対象企業5社を検査。結果、全社でスコープ3の境界設定根拠が不十分と指摘(AFM 2024年度モニタリング報告書)。特に15のGRIカテゴリーから除外したカテゴリーについて、何が重要でないか、どの基準で判定したかが報告書に記載されていなかった。スコープ3が全排出量の60%を超える企業では、除外カテゴリーの正当性が求められる傾向。
Tier 2: 基準要求事項の誤適用
ESRS E1-1.29は「企業は、排出係数が利用可能な場合、一次データより優先度が低い」と定める。監査対象企業の多くは逆に解釈し、古い係数データ(2020年版など)を使い続けている。ESRS E1-3.1では「企業は毎年度の係数を更新する」と求めているが、多くの中堅企業は複数年の係数を固定化している。係数の遡及適用の有無についても、方針を明記していない調書が散見される。
Tier 3: 文書化の不足
バリューチェーン全域の排出量報告では、推定範囲(直接データ vs. 推定)をセグメント別に記載すべき。スコープ3で直接データ回収率30%、推定70%という企業の場合、その旨を注記で開示する。監査では各セグメント(仕入先、輸送、製品使用)ごとの回収率、推定方法、根拠係数を記録する。多くの初回報告企業は、全社集計値の排出量のみを報告し、セグメント別の信頼度情報がない。

スコープ別の違い

| 側面 | スコープ1 | スコープ2 | スコープ3 |
|------|---------|---------|---------|
| 排出源 | 保有・運営施設から直接発生(燃料) | 購入電力・蒸気から間接発生 | サプライチェーン全域の排出 |
| 計測方法 | 燃料使用量 × 排出係数(直接計測) | 電力購入量 × 系統係数(またはグリーン電力契約係数) | 活動量 × 業界推定係数(多くが推定) |
| データ取得難度 | 低(請求書から直接) | 中(電力会社の請求書、グリーン電力証書の確認) | 高(サプライチェーンの協力必須) |
| CSRD報告要件 | 必須 | 必須(マーケット・ベース法) | 上場企業は段階的導入(2024 段階0、2028 段階1) |
| 監査検査指摘率 | 低い(直接計測) | 中程度(係数の年度更新) | 高い(境界設定と推定根拠) |

報告時に監査が確認すべき点

GRI 305またはESRS E1-1の下で持続可能性報告書を作成している場合、監査ファイルに以下を含める必要がある。
まず、排出量計算の入力値(燃料使用量、電力購入量、輸送距離など)の根拠。スコープ1、2は請求書やメーター記録から確認する。スコープ3は仕入先からのデータ回収状況をトラッキング表で記録。直接回収できなかった範囲を金額や数量で定量化し、推定方法を記載する。
次に、排出係数の出所と年度。IPCC第6次評価報告書の係数であれば刊行年(通常2023年版)、国家係数であれば環境省公表日、業界推定係数であれば根拠データベース名と参照時点を記録する。複数年報告の場合、係数を年度で変更したか固定したか、その理由を記載。
第三に、スコープ3の15カテゴリーの重要性評価。除外したカテゴリーについて、売上比率、推定排出量、または他の定量基準で重要性判定根拠を示す。「著しく重要でない」という定性判定だけでは十分でない。
最後に、合算検証。各スコープ、各カテゴリーの排出量を合計し、全体排出量に占める割合を確認。推定データが60%を超える場合、報告書の注記でその旨を開示しているか確認する。

関連用語

スコープ1排出: 企業が保有・運営する施設やフリート車両から直接排出されるGHG。Scope 1とも。計測が最も直接的だが通常は全排出量の5~30%。
スコープ2排出: 購入した電力、蒸気、熱の生産に由来する間接排出。グリッド係数またはグリーン電力係数で計算。多くの企業で全排出量の10~50%を占める。
スコープ3排出: サプライチェーン全域(調達、輸送、製品使用)の排出。データ回収が困難だがスコープ1、2を大幅に超える場合が多い。CSRD対象企業で注目が集まる領域。
二重重要性評価: CSRD下で企業が実施する評価プロセス。カーボンフットプリントの自社への財務インパクト(企業→環境)と、環境への企業の影響(環境→企業)の両方を検討。この評価に基づいてスコープ3の境界を設定する企業が増えている。
排出係数: 単位活動量あたりの排出量。例: kg CO₂e/m³ガス、kg CO₂e/kWh電力。IPCC、国家インベントリ、業界協会が公表。新係数の利用可能性と遡及適用がCSRD報告の監査ポイント。
バリューチェーン排出: スコープ1、2、3すべてを合算した企業の総排出量。CSRD対象企業の報告対象。多くの企業で全排出量の70~85%がスコープ3(バリューチェーン内のスコープ1、2)を占める。

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