Definition

CSRD対象企業の初年度報告でスコープ3の境界設定が検査指摘の最多項目になっている。排出量の70%超がバリューチェーンに集中する企業では、どこまで含めるかの判断一つで報告数値が倍になる。正直、ここの線引きは繁忙期にいちばん時間を食うところ。カーボンフットプリント(CFP)はCO₂e換算でスコープ1~3の温室効果ガス(GHG)排出量を定量化した指標であり、CSRD第8条・ESRS E1-1・GRI 305が報告枠組みを規定する。

要点

- CFPはスコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出)、スコープ3(バリューチェーン)の4階層(スコープ3は上流・下流に細分化)に分類される。 - ESRS E1-1ではスコープ1と2は必須。スコープ3は上場企業向けに段階的導入。 - 算定誤りの最大リスクはスコープ3の境界設定にある。バリューチェーンのどこまで含めるかで報告数値が大きく変わる。 - 排出係数の根拠と集計方法論の調書化が検査指摘の対象。品管レビューで係数の年度と出所が確認される。

仕組み

CFPはスコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出)、スコープ3(その他の間接排出)、そしてスコープ3内の上流・下流区分で構成される。

スコープ1は企業が保有・運営する施設やフリート車両から直接発生するガス。燃料の燃焼、化学プロセスからの放出が対象となる。計測は比較的容易で、ガス使用量 × 排出係数で算出する。

スコープ2は購入した電力、蒸気、熱から生じる排出。グリッドの排出係数を使うロケーション・ベース法(LB法)と、再エネ契約の排出係数を使うマーケット・ベース法(MB法)がある。ESRS E1-3ではMB法が基本だが、LB法の同時報告も必要になる。

スコープ3はサプライチェーン全域の排出。上流(調達、輸送、出張、廃棄物処理)と下流(製品使用、廃棄)に分かれる。GRI 305.3はスコープ3に15のカテゴリーを定義しており、一部のカテゴリーは著しく影響がなければ除外できる。ただし、その判断根拠は報告書に明記しなければならない。経験上、この境界設定こそ審査で最も論点になる箇所。

各スコープの排出量は活動量 × 排出係数で計算する。排出係数の出所(IPCC、国家インベントリ、国別排出係数DB、環境省の電力排出係数)によって結果が異なる。2024年時点、欧州企業の多くはIPCC第6次評価報告書(AR6)の係数またはEU排出取引制度(ETS)の係数を使用している。日本企業は環境省の排出係数(電力は毎年更新)を使う。係数の更新タイミングと遡及適用の有無は、品管レビューで必ず確認される。

実例: Bakker Industrial B.V.(オランダ製造業)

Bakker Industrialは建設用金属部材を製造するオランダ企業(FY2024売上€42M)。CSRD対象外だが、顧客の要求でCSRD互換のGHG報告を準備することになった。対象外企業がここまでやるのか、と思うかもしれないが、サプライチェーン上の圧力は規制より先に来る。

スコープ1の算定

本社と工場、計2か所の天然ガス使用量を確認。FY2024年間消費量は450,000 m³。IPCC 2023排出係数 2.04 kg CO₂e/m³を適用し、排出量は918 t CO₂e。

調書ノート: ガス請求書の年間集計表、排出係数の根拠(AR6参照ページ)、換算式をExcelで記録。係数更新時の遡及適用有無を方針として記載。

スコープ2の算定

電力消費量は3,200 MWh。MB法(グリーン電力契約)で排出係数 0.050 kg CO₂e/kWh、排出量160 t CO₂e。LB法(オランダ系統 0.340 kg CO₂e/kWh)では1,088 t CO₂e。両方を報告する。

調書ノート: 電力契約書のコピー、再エネ証書(GOs)の発行記録、ENTSO-E公表のオランダ系統排出係数の出所と年度。

スコープ3の境界設定

15のGRIカテゴリーのうち、重要性評価に基づき8つを報告対象と判定した。

- カテゴリー1(購入原材料): 鉄鋼仕入先からのデータ要請。主要仕入先3社から排出データを直接回収。回収できない仕入先は取引額と業界平均排出係数で推定。 - カテゴリー4(上流輸送): ロジスティクス会社の輸送距離と燃料消費から算定。 - カテゴリー9(製品の利用): 顧客が建物構造として製品を使用。寿命50年と仮定し、耐用年数で排出量を配分。 - その他カテゴリー(出張、廃棄物等): 売上比率・推定排出量ともに閾値未満のため除外。除外理由を報告書に明記。

調書ノート: 重要性評価の基準(売上比率10%以上、または推定排出量全体の5%以上)、仕入先調査の方法、推定係数の根拠、除外カテゴリーの一覧と根拠。

検証と監査手続

排出量合計はスコープ1が918 t、スコープ2(MB法)が160 t、スコープ3(推定を含む)が2,840 t。スコープ3が全体の72%を占める。

審査では、スコープ3の仕入先データ回答率(実データ回収85%)と推定カバレッジ(売上比率95%)を確認した。排出係数の出所をスポット・テスト(サンプル3仕入先の提示データと排出係数DBの突合)で検証。事業量ドライバー(売上、生産量)の増減と排出量の増減の整合性も確認している。

結論: スコープ1、2は直接計測に基づくため誤謬リスクは低い。スコープ3は仕入先報告品質と推定係数の選択が主リスク。推定範囲が全体の28%を超えないことを確認し妥当と判定。

監査人がよく誤る点

規制実例

2024年2月、オランダAFMはCSRD暫定報告書の監査対象企業5社を検査し、全社でスコープ3の境界設定根拠が不十分と指摘した(AFM 2024年度モニタリング報告書)。15のGRIカテゴリーから除外した項目について、何が該当外か、どの基準で判定したかが報告書に記載されていなかった。日本ではCPAAOB(公認会計士・監査審査会)の品質管理レビューやJICPA(日本公認会計士協会)の品質管理レビューで同様の指摘が出る見込みがある。スコープ3が全排出量の60%を超える企業では、除外カテゴリーの正当性を調書に残さなければ品管で引っかかる。

基準の誤適用

ESRS E1-1.29は「排出係数が利用可能な場合、一次データより優先度が低い」と定める。監査対象企業の多くは逆に解釈し、古い係数データ(2020年版など)を使い続けている。ESRS E1-3.1は毎年度の係数更新を求めているが、中堅企業では複数年の係数を固定化する例が多い。正直、係数の遡及適用方針を調書に明記していないケースは入所初年度のチームでよく見る。

調書の不足

バリューチェーン全域の排出量報告では、推定範囲(直接データ vs. 推定)をセグメント別に記載すべきだろう。スコープ3で直接データ回収率30%、推定70%という企業であれば、その旨を注記で開示する。審査では各セグメント(仕入先、輸送、製品使用、廃棄)ごとの回収率と推定方法、根拠係数を記録する。初回報告企業は全社集計値のみ報告し、セグメント別の信頼度情報がない。ここが品管で引っかかる典型的な箇所。

スコープ別の違い

側面スコープ1スコープ2スコープ3
排出源保有・運営施設から直接発生(燃料)購入電力・蒸気から間接発生サプライチェーン全域の排出
計測方法燃料使用量 × 排出係数(直接計測)電力購入量 × 系統係数(またはグリーン電力契約係数)活動量 × 業界推定係数(多くが推定)
データ取得難度低(請求書から直接)中(電力会社の請求書、グリーン電力証書の確認)高(サプライチェーンの協力必須)
CSRD報告要件必須必須(MB法)上場企業は段階的導入(2024 段階0、2028 段階1)
監査検査指摘率低い(直接計測)中程度(係数の年度更新)高い(境界設定と推定根拠)

報告時に監査が確認すべき点

GRI 305またはESRS E1-1の下で持続可能性報告書を作成している場合、監査ファイルに以下を含める。

排出量計算の入力値(燃料使用量、電力購入量、輸送距離)の根拠が出発点。スコープ1、2は請求書やメーター記録から確認する。スコープ3は仕入先からのデータ回収状況をトラッキング表で記録し、直接回収できなかった範囲を金額や数量で定量化して推定方法を記載する。

排出係数の出所と年度も確認対象になる。AR6の係数であれば刊行年(通常2023年版)、国家係数であれば環境省公表日、業界推定係数であれば根拠DB名と参照時点を記録する。複数年報告の場合、係数を年度で変更したか固定したか、その理由を記載。

スコープ3の15カテゴリーについて重要性評価を調書に残す。除外したカテゴリーについて、売上比率、推定排出量、または他の定量基準で判定根拠を示す。「著しく影響がない」という定性判定だけでは品管を通らない。

合算検証では各スコープ、各カテゴリーの排出量を合計し、全体排出量に占める割合を確認する。推定データが60%を超える場合、報告書の注記でその旨を開示しているか見る。

関連用語

スコープ1排出は企業が保有・運営する施設やフリート車両から直接排出されるGHG。Scope 1とも呼ばれる。計測が最も直接的だが通常は全排出量の5~30%にとどまる。

スコープ2排出は購入した電力、蒸気、熱の生産に由来する間接排出。グリッド係数またはグリーン電力係数で計算する。多くの企業で全排出量の10~50%。

スコープ3排出はサプライチェーン全域(調達、輸送、製品使用、廃棄)の排出を指す。データ回収が困難だがスコープ1、2を大幅に超える場合が多い。CSRD対象企業で注目が集まる領域。

二重重要性評価はCSRD下で企業が行う評価プロセス。CFPの自社への財務インパクト(企業→環境)と、環境への企業の影響(環境→企業)の両方を検討する。この評価に基づいてスコープ3の境界を設定する企業が増えている。

排出係数は単位活動量あたりの排出量(例: kg CO₂e/m³ガス、kg CO₂e/kWh電力)を指す。IPCCや国家インベントリ、業界協会が公表しており、新係数の利用可能性と遡及適用がCSRD報告の監査ポイントになる。

バリューチェーン排出はスコープ1、2、3すべてを合算した企業の総排出量。CSRD対象企業の報告対象であり、多くの企業で全排出量の70~85%がスコープ3を占める。

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