目次
- ISA改訂の現状 - 施行済み基準(2024年) - 2025年施行基準 - 2026-2027年施行基準 - 実務例:中規模事務所の移行計画 - 基準別準備チェックリスト - よくある移行時の問題
ISA改訂の現状
国際監査・保証基準審議会(IAASB)による2020年から2024年にかけての基準改訂は、コロナ禍を経た監査環境の変化に対応するものである。改訂の柱は4つ。不正リスクへの対応強化(ISA 240改訂)、継続企業評価の仕組み変更(ISA 570改訂)、品質管理の事務所レベルでの再構築(ISQM改訂シリーズ)、そしてグループ監査の見直し(ISA 600改訂)だ。
従来のISA改訂は個別基準の技術的修正が中心だった。今回は監査プロセス全体の見直しを伴う。特にISA 570(改訂版)は評価手順の順序を根本的に変えている。疑義を生じさせる事象の識別を、経営者の対応策評価から分離する構造となる。これまで多くの業務で一体化されていた判断プロセスを、2段階に分けなければならない。
早期適用は一部を除いて認められている。ただし、品管基準(ISQM1、ISQM2)との整合性を考慮すると、段階的適用より一括移行のほうが現実的だと考える事務所が多い。経験上、中途半端に部分適用すると、審査の段階で「この業務はどっちの基準で実施したのか」と混乱が生じる。
施行済み基準(2024年)
監基報315号(改訂版2019)
施行日は2021年12月15日以降開始事業年度で、現在は完全施行済みである。
リスク識別手続きの範囲拡大が主な変更点だった。特に監基報315.13は、事業上のリスクと財務報告に係るリスクの関係性について、より踏み込んだ検討を求めている。
監基報220号(改訂版2020)
施行日は2022年12月15日以降開始事業年度で、こちらも完全施行済みだ。
業務品質管理の個別業務レベルでの要求事項を明確にした基準となる。ISQM1との連携が前提である点を見落としやすい。
2025年施行基準
監基報240号(改訂版2024)
施行日は2025年12月15日以降開始事業年度。早期適用は可能。
不正リスクの識別と評価で大きな変更がある。
- 監基報240.18A(新設):特定の不正リスク要因の存在時に、重要な虚偽表示リスクを「特別な検討を必要とするリスク」として分類するよう要求 - 監基報240.31-1(新設):仕訳テストの範囲を拡大し、期中仕訳・修正仕訳・連結修正仕訳を含むテストを要求 - 監基報240.A67-1(新設):経営者による内部統制の無効化リスクについて検討項目を明示 - 監基報240.A52-1(新設):不正リスク要因の評価における職業的懐疑心の具体的な適用指針を追加
現場への影響として最も大きいのは、不正リスク評価の文書化要件の拡大にほかならない。仕訳テストの範囲拡大により、IT環境での仕訳抽出プロセスの見直しが避けられない。
2026-2027年施行基準
監基報570号(改訂版2024)
施行日は2026年12月15日以降開始事業年度。早期適用は可能。
継続企業の前提に関する評価プロセスが根本的に変わる。
従来の手順では、疑義を生じさせる事象・状況の識別から経営者の対応計画の評価へ、そのまま総合的な継続企業評価へと一体的に進んでいた。
改訂後はプロセスが分離される。疑義を生じさせる事象・状況のグロス評価(対応策を考慮しない段階)と、経営者の対応計画の十分性・実行可能性の独立評価を別々に実施し、その上でネットベースの継続企業評価に進む構造だ。
この変更により、既存の継続企業評価調書の大部分で構造変更が必要となる。本音を言うと、ひな型の改訂だけで繁忙期が来る前に終わるのか疑わしい。
ISQM1(改訂版2024)予定
予定施行日は2027年12月15日(IAASBによる最終確定待ち)。
品質管理システムのリスクベース運用をより明確にする改訂で、監査業務以外の証明業務への品管要求の拡張が含まれる見込みだ。
ISQM2(改訂版2024)予定
予定施行日は2027年12月15日(IAASBによる最終確定待ち)。
業務品質管理レビューの要求事項を強化する内容となる。上場会社監査以外の業務への適用範囲拡大が検討されている。
実務例:中規模事務所の移行計画
田中監査法人(仮名)。パートナー3名、スタッフ18名。上場会社監査8社、非上場監査42社。年間監査報酬総額は1億2,000万円。
2024年第4四半期の準備状況
監基報240号(改訂版)対応として、既存の不正リスク評価調書の見直しを実施。18業務で修正が必要と判明した。仕訳テスト手順書の改訂ではITツールによる仕訳抽出範囲の拡大を進め、スタッフ研修は2024年12月に実施済みである。
品管マニュアル第4章「不正リスク評価」を監基報240.18Aの要求事項に基づいて全面改訂中だ。
監基報570号(改訂版)の準備としては、継続企業評価調書のひな型を分離評価プロセスに対応させる作業を開始。過去3年間の継続企業案件(6業務)で試行実施したところ、1業務あたり4-6時間の追加工数が見込まれる結果となった。
従来の統合型評価から分離型評価への移行にあたり、監基報570.A4-1の要求事項を反映した新様式を2025年6月までに完成予定。
ISQM改訂への準備は、品管システムの現状分析を2024年11月に完了。証明業務2件でリスクベースの運用を試行し、パートナー会議での方針決定を2025年3月に予定している。
田中監査法人の試算では、ISA改訂による年間追加工数は約200時間。追加コストは監査報酬の約3-4%にのぼる。顧客への報酬見直し交渉を2025年1月から開始する予定だが、この規模の法人でこの工数増は正直きつい。
基準別準備チェックリスト
監基報240号(改訂版2024)は2025年12月施行
1. 不正リスク要因の文書化強化。監基報240.18Aに基づく「特別な検討を必要とするリスク」の判定基準を策定し、不正リスク評価調書のひな型を更新する 2. 仕訳テストの範囲拡大。IT環境での仕訳抽出ツールの機能拡張を行い、期中仕訳・修正仕訳・連結修正仕訳を含むテスト手順を策定する 3. 経営者による統制無効化リスクの検討強化。監基報240.A67-1の検討項目を調書に組み込み、上級経営者の関与する取引の識別プロセスを明文化する 4. チーム研修の実施。改訂要求事項に関するスタッフ研修を行い、業務チーム内での不正リスク情報の共有体制を構築する 5. 品質管理との連携。事務所レベルでの不正リスク対応方針を見直す
監基報570号(改訂版2024)は2026年12月施行
1. 評価プロセスの2段階化対応。グロス評価(対応策考慮前)の文書化様式を作成し、経営者対応計画の独立評価手順を策定する 2. 継続企業評価調書の改訂。従来の統合評価方式から分離評価方式へ移行し、監基報570.12Aの要求事項を反映した調書ひな型を作成する 3. 財務分析手法の見直し。疑義を生じさせる事象の識別基準を明確にし、キャッシュフロー予測の検討範囲を拡大する 4. 経営者確認書の文言調整と報告書への影響検討。継続企業評価に関する確認事項を明確化し、継続企業に関する不確実性の記載基準を見直す
ISQM改訂シリーズ(予定)は2027年12月施行
1. 品質管理システムの全面見直し。リスクベースの運用を具体化し、品質目標と品質リスクを再定義する 2. 非監査証明業務への品質管理拡張。レビュー業務や合意された手続業務への適用を検討し、業務レベル品質管理を標準化する 3. 業務品質管理レビュー制度の強化。上場会社監査以外への適用範囲拡大を検討し、レビュー担当者の独立性要件を強化する 4. IT環境における品質管理。自動化ツールの品質管理への組み込みと、データ分析の品質保証プロセスを構築する
よくある移行時の問題
基準適用時期の誤認
改訂基準の施行日を監査報告書日基準と誤解するチームが少なくない。正しくは財務諸表の対象期間の開始日が基準だ。
例を挙げると、2025年3月決算の会社を監査する場合、事業年度の開始日は2024年4月であるため、監基報240号(改訂版2024)は適用されない。2026年3月決算(2025年4月開始)から適用開始となる。入所1-2年目のスタッフだと特にこの点を勘違いしやすいので、インチャージがチーム内で必ず確認すべきである。
品質管理基準との整合性
ISA改訂をISQM改訂と独立して進める事務所で、システム設計の不整合が発生している。
ISQM1、ISQM2の改訂動向を確認してからISA移行計画を確定すべきだろう。一体的な移行スケジュールを策定しないと、品管から差し戻しを受ける結果になりかねない。
顧客への影響説明不足
監査手続の拡大による監査報酬への影響を事前に説明していない事務所で、移行時にトラブルが発生するケースが見られる。
改訂内容と業務時間への影響を定量的に試算し、顧客との事前協議を実施すべきだ。契約書の改訂も同時に進めないと、報酬交渉が後手に回る。
関連リソース
- 監基報240号不正リスク評価ツール - 改訂版対応の不正リスク識別・評価調書 - 継続企業評価 - 監基報570号の基本概念と改訂内容の解説 - 品質管理システム構築ガイド - ISQM1対応の事務所レベル品質管理の実装手順