目次

1. 監基報710の基本概念 2. 対応数値と比較財務諸表の違い 3. 前年度監査人が異なる場合の手続き 4. 実務例:修正再表示への対応 5. 実務チェックリスト 6. よくある不備 7. 関連コンテンツ

監基報710の基本概念

710第6項は比較情報に対する監査人の責任を明確に定めている。現年度の監査の一環として、比較情報が適用される財務報告の枠組みに準拠して表示されているかを確かめる責任。

この責任には2つの側面がある。第一に、前年度数値が現年度の財務諸表作成基準と整合していること。第二に、前年度から現年度への変更の開示。

710のA1項が指摘するのは、比較情報に対する監査人の責任がその情報の性質によって異なるという点。対応数値として表示される場合と比較財務諸表として表示される場合では、要求される手続が変わる。

区別を間違えるとどうなるか

前任事務所から引き継いだ初年度監査で、比較情報の性質による責任の違いを見落とすケースは珍しくない。対応数値の場合、監査人は現年度の監査意見の一部として前年度数値をカバーする。比較財務諸表の場合、監査人は各年度について独立した意見を表明しなければならない。

この区別を間違えると、監査報告書の記載自体が不備になる。特に前年度監査人が異なる場合、参照すべき事項と表明すべき意見の範囲が大きく変わる。現場では「SALY」(same as last year、前年踏襲)で調書を回してしまいがちだが、監査人交代があった年度にSALYは通用しない。

対応数値と比較財務諸表の違い

対応数値(Corresponding Figures)

710のA3項によれば、対応数値は現年度財務諸表の一部として表示される。監査人の意見は現年度財務諸表全体をカバーし、対応数値も含む。

対応数値として表示される場合、前年度数値は現年度財務諸表の一部となる。監査人の意見は現年度財務諸表全体(対応数値を含む)をカバーする。前年度数値に虚偽表示があれば、現年度の監査意見に影響が及ぶ。

比較財務諸表(Comparative Financial Statements)

710のA4項は比較財務諸表を別の取扱いとしている。各年度の財務諸表に対して個別の意見を表明する。

比較財務諸表として表示される場合、各年度について独立した監査意見を出す。前年度数値の虚偽表示は前年度の意見修正の問題となる。現年度の意見は現年度のみをカバー。

実際の判断

どちらに該当するかは、適用される財務報告の枠組みと表示方法による。IFRS適用会社では通常、対応数値として扱われる。日本基準では対応数値の取扱いが一般的だが、各国のGAAPでは異なる場合がある。

前年度監査人が異なる場合の手続き

710第13項は前年度監査人が異なる場合の特別な要件を設けている。現年度監査人は前年度監査人とコミュニケーションを行い、前年度の監査に関連する事項を把握する。

照会すべき内容

710のA19項は具体的なコミュニケーション事項を列挙している。

前年度監査人への照会事項として、前年度財務諸表に影響する事項の有無、前年度の内部統制の不備、不正や法令違反の疑い、経営者との意見相違がある。

クライアントからは、前年度監査人とのコミュニケーション記録、前年度の経営者確認書のコピー、前年度監査人からの指摘事項一覧を入手する。

文書化要件

710のA20項は文書化すべき事項を特定している。前年度監査人とのコミュニケーション内容、受領した情報、それに基づいて行った追加手続を調書に記録する。

前年度監査人が応答しない場合、710第14項はその事実と代替手続の文書化を求めている。単に「回答なし」と記載するだけでは不十分。どのような代替手続で前年度数値が正しいと確かめたか示す必要がある。正直、前任事務所から回答が来ないケースは珍しくないんですよね。そのときの代替手続の調書が薄いと、JICPAの品質管理レビューで指摘される。

実務例:修正再表示への対応

> 中川精密工業株式会社の事例 > > - 売上高:185億円(前年度:172億円) > - 製造業、東証プライム上場 > - 前年度監査人:異なる監査法人 > - 当年度中に前年度の売上計上誤り(12百万円)を発見

重要性の評価

前年度の全体的重要性は172億円の5%で8.6億円。発見された誤り12百万円は前年度の重要性を下回る。ただし、質的要因を検討する。

調書の記載例:前年度重要性8.6億円に対し、発見誤り12百万円(1.4%)。量的には重要性以下だが、売上計上の性質上、質的な面を検討。

前年度監査人への照会

710第13項に従い、前年度監査人に書面で照会する。売上計上プロセスで発見した事項、関連する内部統制の評価結果、類似の事項への対応状況を確認。

調書の記載例:2024年3月15日付で前年度監査人(田中監査法人)宛に照会状送付。売上計上誤り12百万円の性質、前年度監査での関連手続、内部統制不備の有無を照会。

修正再表示の妥当性検討

経営者は前年度財務諸表の修正再表示を提案。710第9項(b)により、修正再表示が適用される財務報告の枠組みに準拠しているか検討する。

調書の記載例:会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第27項に基づく修正再表示。重要性判定と開示要件への準拠を確認。

監査報告書への影響検討

710第11項により、修正再表示が妥当であれば監査意見への影響はない。ただし、修正再表示の事実を強調事項段落で記載するかの検討は必要。

調書の記載例:修正再表示は妥当に処理され、現年度の監査意見(無限定適正意見)への影響なし。強調事項段落での記載は不要と判断。判断根拠を記録。

実務チェックリスト

以下のチェックリストを現在の監査業務で使用できる。

1. 対応数値か比較財務諸表かを適用される財務報告の枠組みで確認する(710第6項)。

2. 前年度監査人が異なる場合、710第13項の要件に従い、書面による照会と必要な情報の入手を完了する。

3. 前年度数値の修正が発見された場合、710第9項に従って修正再表示の妥当性を評価する。

4. 比較情報に修正されない虚偽表示がある場合、710第10項に従って監査意見への影響を検討する。

5. 行った手続、前年度監査人とのコミュニケーション、判断根拠を710のA20項の要件に従って調書に記録する。

6. 前年度監査人が異なり、かつ比較情報に問題がある場合、追加手続なしに監査意見を形成してはならない。

よくある不備

前年度監査人への照会が形式的で、具体的な監査上の論点について確認していないケース。照会状のひな形をそのまま送って「問題なし」の回答で満足するのでは足りない。発見した誤りの性質と、前年度監査での関連手続について具体的に確認する。

修正再表示時に、適用される会計基準への準拠性を十分検討していないケース。修正再表示の会計処理自体は経理部門が行うが、監査人はその処理が会計基準第24号の要件を満たしているか独立して検証する。

関連コンテンツ

- 監査意見形成プロセスガイド - 比較情報が監査意見に与える影響の評価方法 - 監査調書管理ツール - 前年度監査人とのコミュニケーション記録の標準化 - 監基報320重要性ガイド - 前年度数値の修正における重要性判断の応用

実務に役立つ監査の知見を毎週お届けします。

試験対策ではありません。監査を効率化する実践的な内容です。

290以上のガイドを公開20の無料ツール現役の監査人が構築

スパムはありません。私たちは監査人であり、マーケターではありません。