Scope 3 排出量推定ツール: 農業セクター | ciferi

スコープ3の報告義務は、企業の規模と産業によって異なります。上場企業および大規模連結企業は、金融庁の「サステナビリティに関する開示の充実に向けた対応方針」に基づき、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)勧告に沿ったスコープ3開示を期待されています。農業・食品関連企業の場合、サプライチェーン全体の...

日本の排出量報告枠組み

スコープ3の報告義務は、企業の規模と産業によって異なります。上場企業および大規模連結企業は、金融庁の「サステナビリティに関する開示の充実に向けた対応方針」に基づき、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)勧告に沿ったスコープ3開示を期待されています。農業・食品関連企業の場合、サプライチェーン全体の排出量把握が重要性判断のポイントとなります。
農業セクターではスコープ3の位置付けが他の業種と異なります。農業生産企業にとって、スコープ1(肥料の製造から農地での使用まで)とスコープ3(購入した肥料やエネルギー関連の上流排出)の区分は、実務的には曖昧になりやすい。本ツールは、GHGプロトコルの15カテゴリに沿った整理を前提としていますが、農業企業の場合、カテゴリ1(購入財・サービス)とカテゴリ3(燃料・エネルギー関連活動)が最大の排出源になることが多いため、重点的にカバーしています。

規制背景

金融庁は2023年7月、上場企業に対し「サステナビリティ基準委員会」の開発する国際サステナビリティ基準(ISSB)への対応準備を求めました。2026年度以降、ISSB S2(気候関連開示)に基づくスコープ1、2、3の排出量開示が、有価証券報告書における強制開示項目となる予定です。農業関連企業が対象となる場合、農業生産、畜産、食品加工の各段階でのスコープ3排出量を整理する必要があります。
日本の農業企業のうち、EU親会社を持つ企業はCSRD(企業サステナビリティ報告指令)の対象となる可能性があります。CSRD下のESRS E1には、スコープ1、2、3の排出量をカテゴリ別に開示し、実績値と推定値の比率を明記することが求められています。国内規制とEU規制の両方に対応する必要がある企業では、本ツールで両方の枠組みを満たす基礎データを作成できます。

実務上の手引き

農業企業のスコープ3推定プロセス


農業生産企業がスコープ3を推定する際の標準的なアプローチを以下に示します。
ステップ1: スコープの確定
農業生産を行う企業(例: 稲作、野菜栽培、畜産)の場合、スコープ1に農地での肥料使用、家畜の消化管からのメタン排出、農機燃料が含まれます。スコープ3に含まれるのは、購入した肥料・農薬の製造段階での排出(カテゴリ1)、購入した電力の上流排出(カテゴリ3)、購入した燃料の採掘・精製段階での排出(カテゴリ3)です。農地から製品(穀物、野菜、畜産物)を出荷地点までの輸送(カテゴリ4)も該当します。
ステップ2: 排出係数の選択
GHGプロトコルが推奨する排出係数は、データの正確性の程度によって階層化されています。
レベル1(最も簡便): 支出額ベースの係数。購入した肥料の支出金額(円)に0.42 kg CO2e/円を乗じる。このアプローチは、実績量データが得られない場合の初期推定に適しています。
レベル2(中程度の精度): 活動量ベースの係数。購入した肥料の重量(トン)とその種類(窒素系、リン酸系等)に基づいて係数を適用する。日本の農業試験場が公開する研究データでは、窒素肥料1トンあたりの排出量が約3.5トンCO2e、リン酸肥料が約0.8トンCO2e、有機肥料が約0.3トンCO2eとされています。
レベル3(最高精度): サプライヤー固有のデータ。肥料メーカーが提供する製品カーボンフットプリント(CFP)認証値を使用。日本のJapan CFPプログラムに登録済みの肥料製品は、PCR(製品カテゴリ規則)に基づいて第三者検証済みの排出量を公表しています。

農業セクター特有の留意点


畜産企業の場合
スコープ3カテゴリ1(購入した飼料)の排出量が全体の30%から60%を占めることが多いです。飼料の穀物栽培段階での排出(肥料、燃料、輸送)を全て含めて推定する必要があります。購入飼料の種類(トウモロコシ、大豆粕等)を把握し、日本飼料工業会が公開する穀物別排出係数を参照することが重要です。また、カテゴリ1に家畜医薬品の製造排出も含まれるため、医薬品購入額と業界平均係数(0.50 kg CO2e/円程度)も組み込みます。
野菜・果樹栽培企業の場合
スコープ3の主な発生源はカテゴリ1(肥料、農薬、種苗購入)とカテゴリ4(収穫後から出荷地点までの冷蔵・輸送)です。特に冷蔵設備のエネルギー消費が無視できない規模になります。購入電力がスコープ2に分類されるのに対し、冷蔵施設の維持・運用に関する上流排出(カテゴリ3)は含める必要があります。
農産物加工企業の場合
農業生産ではなく、農産物を購入して加工・販売する場合、スコープ3の最大の要素はカテゴリ1(購入農産物の生産段階排出)になります。購入した穀物、野菜、肉類等の生産段階でのGHG排出量を、農業由来排出係数(kg CO2e/トン)で推定する必要があります。日本国内産と輸入産では係数が異なるため、原産地を把握することが重要です。

排出係数データベース

日本が参照すべき一次情報源


環境省 LCA日本
環境省が整備するLCAデータベース(LCA日本)は、日本国内の製品・サービスのライフサイクル排出量を網羅しています。肥料、農薬、農機燃料、電力等の農業関連品目について、日本での製造・流通を前提とした係数が提供されています。このデータベースは、日本国内の排出報告に最も適切な一次ソースです。
農林水産省 カーボンフットプリント制度
農林水産省は農畜産物のCFP認証制度を運営しており、認証を取得した農産物については第三者検証済みの排出量データが公表されています。認証品目は米、畜産物、野菜等に広がっており、購入農産物の排出量を実績値で把握できる場合が増えています。
日本冷凍食品協会、日本農業試験場等の業界データ
業界団体が公開する排出係数も重要です。日本農業試験場の研究論文では、水稲1トン生産当たりの排出量が約1.2トンCO2e(肥料、農機燃料を含む)と示されています。これは全国平均であり、地域・栽培方法によって変動します。

国際係数の活用時の注意


GHGプロトコルやEXIOBASE由来の支出ベース係数(0.42 kg CO2e/€等)は、欧米の産業構造を前提としたものです。日本の農業関連企業がこれらの係数を使用する場合、日本国内産と輸入品の使用比率、国内の電力グリッド排出係数の年次変化(日本は2023年で約0.474 kg CO2e/kWh)を反映させることが必要です。

監査上の期待

金融庁の検査指摘傾向


金融庁が農業・食品関連企業のサステナビリティ報告を検査する際、以下のポイントを重視しています。
境界の明確化
スコープ1、2、3の分類が不明確な企業が散見されます。特に農業生産段階での肥料使用については、購入した肥料そのものはスコープ1ですが、肥料製造段階の排出はスコープ3カテゴリ1に該当することを正確に区分する必要があります。報告書でこの区分が説明されていない場合、検査で指摘される傾向があります。
係数の出所と妥当性
推定に使用した排出係数について、出所(LCA日本、業界平均、サプライヤー提供値等)と、その係数がなぜ適切かの根拠を明示する必要があります。根拠が「GHGプロトコルの推奨値」というだけでは、日本国内の報告としては不十分と見なされる可能性があります。
実績値との混在
スコープ3の報告値が、実績値と推定値のどちらを含むかを明記することが求められます。特に、カテゴリ1で実績量データがある場合(肥料の購入実績トン数が把握できている場合)、それを使用した値と、支出額ベースで推定した値の両方を記載し、その差異を説明することが望ましい。
年度間の変動説明
前年度比で排出量が大きく変動した場合(例: 対前年比30%減)、その原因(活動量の減少か、係数の変更か)を説明する必要があります。説明なしに数値だけ下げた場合、「データ品質が低下した可能性」として検査対象になります。

農業企業のスコープ3推定の実例

事例: 関西農産株式会社
関西農産は、大阪府に本社を置く水稲栽培企業。作付面積は450ヘクタール。年間産出量は約2,250トン(玄米)。本社で農機械の保有・運用、種苗・肥料・農薬の一括購入、出荷準備・保冷を行っています。
スコープ3推定の手順:
関西農産のスコープ3合計: 370 + 150 + 15 + 25 = 560トンCO2e。年間産出量2,250トンに対する排出原単位: 0.249トンCO2e/トン玄米。(イタリックス部分: 各ステップで使用した係数の出所と妥当性を、監査調書に記載。推定値の不確実性幅(±20%等)も明記することが金融庁検査の対応上重要)

  • スコープ1の確認: 農地での肥料・農薬使用(窒素系肥料120トン/年、農機燃料10,000リットル/年)はスコープ1に分類。これらは推定対象外。
  • スコープ3カテゴリ1の推定: 購入した肥料120トンを内訳で集計。窒素肥料100トン × 3.5 kg CO2e/kg = 350トンCO2e。リン酸肥料20トン × 0.8 = 16トンCO2e。合計366トンCO2e。農薬購入額800万円 × 0.50 kg CO2e/円 = 4トンCO2e。カテゴリ1合計: 370トンCO2e。(出所: 日本農業試験場論文の係数を適用。農薬は業界平均係数)
  • スコープ3カテゴリ3の推定: 購入した燃料(農機燃料10,000リットル)は、採掘・精製・輸送段階を含める。軽油10,000リットル × 0.015 kg CO2e/リットル = 150トンCO2e。電力購入量が別途あれば(倉庫、施設の冷蔵等)、電力の上流排出を加算。(上流排出係数は、GHGプロトコル標準値を日本グリッド係数で調整)
  • スコープ3カテゴリ4の推定: 玄米を出荷地点まで輸送。輸送距離・手段を把握。大阪の集荷場から東京の流通センターまで約600 km、10トントラック利用、月2便。600 km × 10トン × 2便 × 12ヶ月 = 144,000トンkm。係数0.107 kg CO2e/トンkm = 15トンCO2e。(業界標準: 農産物の冷蔵輸送係数は0.12〜0.15)
  • スコープ3カテゴリ8の推定: 本社事務所(500m²)の賃借スペース。年間の関連排出(地代を通じた上流排出)を推定。500m² × 50 kg CO2e/m²/年 = 25トンCO2e。