仕組み
開示と表示の主張は、監査基準の枠組みのなかで経営者が行う5つの主張のうちのひとつである。監基報315.A88は、表示と開示の主張を「財務諸表に含まれる情報が、適切に記載、分類、説明され、また、関連する会計基準に準拠して開示されている」と定義する。
これは「記載の有無」の問題ではない。正しい数値が計算されていても、セグメント別売上高が間違った区分で報告されていたら、その主張は満たされない。負債が長期と短期に正しく分類されていなかったら、数値が合致していても表示の主張に違反している。IAS 1で求められる特定の開示(たとえば会計方針の変更の理由)が記載されていなかったら、完全性の開示主張は失敗。
監基報330では、表示と開示のリスク評価に対応する監査手続を要求している。手続は2層構成だ。1層目は、開示項目全体を網羅的に検証する手続(IAS 1に定められた全ての開示項目がチェックリストで確認されているか)。2層目は、個別の開示文言の正確性と完全性を検証する手続(売上高の主要顧客開示が売上記録と一致しているか)である。
監査事例:バイオテック企業の開示テスト
被監査会社: ゲノムケア・テクノロジーズ株式会社(東京)、2024年度、売上高約18億円、IFRS報告者
ステップ1:開示と表示のリスク評価 同社は機械学習を用いた診断キットの開発が主事業。R&D関連の費用配分と、技術開発の段階ごとの資産化判断が複雑であり、IAS 38上の無形資産開示が重要だと判定した。重要な受託研究契約に関する開示の完全性も、重要な虚偽表示リスクに分類される。調書の表示評価部分に「IAS 38.122パラグラフに基づく無形資産の開示が、経営者主張の対象である」と記載した。
ステップ2:開示チェックリストの確認 監査人は、IFRS基準に基づくチェックリストを使い、IAS 38で要求される以下の項目が財務諸表に記載されているか確認した。(1) 無形資産の取得原価、(2) 償却方法、(3) 技術開発の段階的資産化の判断基準、(4) 減損テストの実施有無。結果として、IAS 38.122(a)(v)で要求される「償却開始日の根拠」が、技術開発プロジェクト1件で記載されていなかった。調書記載:「プロジェクトA-7について、IAS 38.122(a)(v)上の開示不足。経営者に修正を指示。」
ステップ3:個別開示文言の正確性テスト 受託研究契約に関する開示文言が、基礎となる契約書と一致しているか検証した。契約書では研究期間を「36か月」と明記していたが、財務諸表では「3年度」と表記されていた。IAS 1.112では経営者が提供する情報の正確性が求められるため、この不正確さは表示の主張の違反と判定。調書メモ:「契約期間の記載方法が異なる。IAS 1.112による統一が必要」
結論:開示と表示のリスク評価とそれに対応する手続を明示的に記録することで、表示上の誤謬が最終段階で見落とされることを防げた。
監査人と実務者が誤解しやすい点
- 監基報第1次改訂における用語変更の見落とし: 監基報315(改訂)では「主張」の定義がIFRS基準の語法に統一され、従来の日本語版で使用されていた「表示」の語義がより厳密になった。正直なところ、国内の旧来の調書では古い定義を使い続けている事務所が多く、開示チェックリストが形骸化している。監基報315.A88の現行の定義を確認し、調書テンプレートを更新するのが必須。
- 開示不足と開示誤謬の区別: 監査報告書の区分で、開示の完全性リスク(IAS 1で要求される開示項目が全く記載されていない)と、開示の正確性リスク(記載はあるが内容が不正確)を峻別していない監査が目立つ。監基報330では両方に対応する手続を求めており、調書の手続セクションでも分けて記録する必要がある。
- セグメント別情報(IFRS 8)の表示誤り: IFRS 8では、経営体制と一致したセグメント区分の開示が求められる。しかし経営管理上は「地域別」で区分しながら、財務諸表では「製品別」で再分類して報告される場合、その根拠(IFRS 8.22参照)が明示されていないケースが頻出する。表示の主張が満たされていない可能性が出てくる。
関連用語
- 完全性の主張(Completeness Assertion): 開示の完全性(すべての必要な項目が記載されているか)に特化した監査上の主張。開示と表示の主張のうち、特に「何が記載されていないか」に焦点を当てたもの。
- 会計方針の開示(Accounting Policy Disclosure): IAS 1.117で求められる会計方針の記載。開示と表示の主張のうち、特に方針の説明責任に該当する領域。
- 重要性(Materiality): 開示項目も含めて重要性の基準値を設定する場合、開示内容の正確性も同じ基準値で評価される。表示の主張と重要性の関係を理解する必要がある。
- 表示と開示のリスク(Risks of Material Misstatement Related to Presentation and Disclosure): リスク評価において、特に開示項目に関連するリスクを識別する際の枠組み。
- チェックリスト(Disclosure Checklist): 各基準で要求される開示項目を体系的に確認するための監査手続用ツール。
- 監査上の主張(Audit Assertions): 財務諸表に対する経営者の暗黙の主張。開示と表示の主張は5つの監査上の主張のうちのひとつ。
関連記事
- 監基報330:監査手続の設計と実施: 開示と表示のリスク評価に対応する監査手続を具体的に設計する方法を解説。
- IFRS基準における開示要件の全体像: 各IFRS基準で要求される開示項目を体系的に理解するための入門ガイド。
---