Definition

市場アプローチは、実際の市場取引に基づいて公正価値を導出する方法。ISA 540. A21において、監査人は3つの見積り手法(原価アプローチ、市場アプローチ、インカムアプローチ)の中から、その資産または負債の性質に最も適切なアプローチを選択する。市場アプローチは、類似資産の市場価格データが利用可能で、当該資産と比較可能である場合に最も信頼性がある。 例えば、上場企業の有価証券を評価する場合、...

重要なポイント

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  • 市場取引データは、公正価値見積りの妥当性を確認する最も直接的な証拠となる
  • 市場データの入手可能性と信頼性は、被評価資産の流動性と市場の活況によって大きく左右される
  • 経営者が市場データを適切に調整していない場合、見積りの信頼性が著しく低下する可能性がある

仕組み

市場アプローチは、実際の市場取引に基づいて公正価値を導出する方法。ISA 540.A21において、監査人は3つの見積り手法(原価アプローチ、市場アプローチ、インカムアプローチ)の中から、その資産または負債の性質に最も適切なアプローチを選択する。市場アプローチは、類似資産の市場価格データが利用可能で、当該資産と比較可能である場合に最も信頼性がある。
例えば、上場企業の有価証券を評価する場合、市場で公表されている株価やボンド価格は直接的な市場アプローチのデータとなる。金融資産以外でも、不動産の場合は過去の取引事例や不動産鑑定士による評価が市場アプローチに相当する。
監査人は、市場データの入手可能性、データの信頼性、被評価資産と市場で取引された資産との比較可能性を評価する。経営者が市場データに調整を加えている場合、その調整が合理的かつ十分に文書化されているかを検証することが重要。ISA 540.A24では、経営者が選択した見積り手法が資産または負債の特性に合致しているかを監査人が検討するよう要求している。
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具体例: 昭和電機製造所

クライアント: 日本の電気機器製造業、2024年度、売上62百万円、IFRS報告企業
昭和電機製造所は、2024年度末に金融資産として保有する関連企業A社の株式(100株)を公正価値で測定する必要がある。A社は非上場企業だが、過去1年間に同業の複数企業が株式譲渡を実施している。
ステップ1. 市場データの入手
監査人は、同業非上場企業の過去12ヶ月間における株式譲渡事例を確認した。直近6ヶ月で、売上規模および利益率が昭和電機製造所のA社評価と類似する企業が3件、1株当たり120万〜150万円で譲渡されていた。
文書化ノート: 譲渡事例のコピーをワーキングペーパーに添付。譲渡企業の売上、利益、事業内容、譲渡価格を比較表として整理。
ステップ2. 比較可能性の評価
A社と譲渡された3社を比較した。売上規模は1.2倍から1.5倍で大きな乖離はない。利益率も±5%の範囲内。経営者が選択した評価額1株150万円は、市場事例の上限に位置している。
文書化ノート: 比較可能性評価シートに、各社の売上、営業利益率、成長率、事業の特異性を記載。A社との乖離が小さいことを説明。
ステップ3. 調整の妥当性を検証
経営者が選択した1株150万円に対し、昭和電機製造所が「A社の営業利益率が過去3年で2%改善している」ことを根拠に調整を加えていないか確認。市場事例も同時期の取引であり、既に同様の改善を反映している可能性がある。調整が不適切に上乗せされていないことを確認した。
文書化ノート: 経営者の見積り仮定表と市場事例の時点を比較する分析シートを添付。調整の有無と合理性を記載。
結論: 市場事例は限定的だが(3件のみ)、被評価企業との比較可能性が高く、評価額1株150万円は市場データの上限である。市場アプローチを採用した経営者の判断は防御可能である。
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監査人およびレビュアーがよく見落とすこと

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  • 実査基準の誤解: 市場アプローチで公正価値を算定している企業が、「市場で取引されたので公正価値は自動的に正確」と判断している。市場データ自体の信頼性、入手時点、比較可能性の評価なしに、単に市場価格を引用しているケースが多い。ISA 540.A21は、監査人が見積り手法の選択を検証するよう明確に要求している。
  • 調整の文書不足: 市場データを入手後、経営者が評価額に対して調整を加えている場合、その調整の根拠が不十分に文書化されていることが多い。「市場の流動性プレミアム」「支配権プレミアム」などの調整名は記載されていても、その金額根拠が記載されていない例が散見される。
  • 比較可能性の検証なし: 市場で取引された資産と被評価資産が本当に「類似」であるかの検証が表面的。売上規模や製造業という分類は合致していても、製品ミックス、顧客構成、地理的リスク、技術陳腐化の程度などの実質的な相違を見落とすケースが多い。

原価アプローチ との比較

市場アプローチと原価アプローチは、いずれも公正価値の測定に用いられるが、採用される場面と導出過程が異なる。
市場アプローチは、実際の市場取引価格から公正価値を直接導出する。類似資産の市場価格が入手可能で、被評価資産との比較可能性が高い場合に採用される。無形資産(商標、特許)の評価では、市場で類似の無形資産がライセンス料として取引されている場合、その市場データを活用して評価額を決定できる。
原価アプローチは、資産を新たに構築する場合の原価から出発し、経年劣化やオブソレセンスを控除して公正価値を導出する。固定資産、特に生産設備や建物の評価で採用されることが多い。
同一の資産に対して両アプローチを組み合わせる企業も多い。例えば、機械装置の評価では、市場で中古機械の取引価格(市場アプローチ)と、同等の新規購入価格から減価償却を控除した額(原価アプローチ)の両者を参考にすることで、公正価値の幅を確認できる。監査人は、経営者が選択したアプローチが資産の特性に合致しているかを検証する際に、複数のアプローチでの平衡点が存在するかを確認することが有効である。ISA 540.A21は、見積り手法の妥当性を評価する際、当該手法がその資産の最も適切な測定方法か、代替手法との比較で説得力があるか、を問う。
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監査実務での活用例

金融資産の期末評価では、市場アプローチが標準的。上場株式の場合、期末時点の市場価格が直接的な公正価値証拠となる。ただし、市場価格が形成される前(決算期末日の夜間や年末年始の非取引日)に評価を行う場合、経営者が直後の取引価格を参照データとして用いることがある。この場合、期末時点での市場の流動性や取引慣行との整合性を確認することが重要。
債券の場合、市場で取引されている同一銘柄(または類似銘柄)の価格から、イールドカーブを参照して評価額を計算する企業が多い。監査人は、参照に用いたイールドカーブの信頼性、その選択の根拠、市場環境の急変時における価格データの遅延性などを検証する。
不動産評価では、市場アプローチと原価アプローチの両方が一般的。監査人は、経営者が採用した不動産鑑定士の評価額がいずれのアプローチに基づいているか、その結論が市場データと矛盾していないかを確認する。特に急騰・急落相場では、鑑定時点と決算期末時点の市場環境の相違を明確にすることが不可欠。ISA 540.13(a)は、監査人が会計上の見積りの方法が適切であるかを評価するよう要求しており、市場アプローチの適切性は、その時点での市場データの可入手性と信頼性に大きく依存することを意味する。
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関連する用語

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  • ISA 540 会計上の見積り - 会計上の見積りの監査全般の枠組みを定めた基準。市場アプローチはこの基準において想定されている3つの主要な見積り手法の1つ。
  • 公正価値 - 資産または負債を市場参加者間で交換する場合に受け取る(または支払う)価格。市場アプローチはこの公正価値測定に直接的なデータを提供する手法。
  • IFRS 13 公正価値測定 - 公正価値の定義と測定方法を国際的に統一した基準。市場アプローチはIFRS 13でも明示的に言及されている測定手法。
  • インカムアプローチ - 将来キャッシュフローを現在価値に割き引いて資産価値を算定する方法。市場アプローチと異なり、経営者の仮定(割引率、成長率)に大きく依存する。
  • 見積り不確実性 - 会計上の見積りに含まれる内在的な不確実性。市場アプローチは市場データを直接用いるため、一般的にインカムアプローチより見積り不確実性が低い。

関連ツール

市場価格データの分析にはマテリアリティ計算機がサポート機能を提供する。特に、市場アプローチで得られた評価額と帳簿額の乖離が、パフォーマンスマテリアリティを超えるか否かを判定する際に有用。
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