Definition

CPAAOBの検査結果事例集を見ると、KAM(監査上の主要な検討事項)の記載内容が不十分だという指摘が繰り返し出てくる。候補を洗い出すところまでは多くのチームがやっている。問題はその先。なぜ特定の候補を最終報告書に残し、他を除外したのか。その判断根拠を調書に残していない事務所が少なくない。ISA 701.11はKAMを監査報告書に明記するよう求めているが、記載すべき事項の選定プロセスそのものが検査の焦点になる。

仕組み

ISA 701は、監査報告書にKAMを記載する要件を定めている。ISA 701.9によれば、KAMとは「監査委員会(または類似の監督機関)との協議の過程で、当該監査の実施において最も重要と判断した事項」。

実務では、この定義はそのまま適用できるほど単純ではない。監査人は計画段階で潜在的なKAM候補をリストアップする。監査の実施過程で各候補に対する判断の重要性(significance)を評価。ISA 701.A3は、リスク評価、経営者の見積り、経営判断の関与度、監査人が実施した手続の複雑さを考慮要素として列挙している。

最終的な決定は、監査報告書署名前の監査委員会との協議で行われる。ここで「了承」ではなく「協議」という段階を踏むことがポイント。正直、実務では監査人が最初に提案した候補から最終報告書に記載される事項への絞り込み過程で、その根拠を文書化していない事務所が目立つ。審査の段階で「なぜこの候補を落としたのか」と聞かれて答えに窮するパターンは、どの事務所でも一度は経験しているだろう。

設例:三ツ橋製作所

クライアント:日本の中堅機械製造業、2024年度決算、売上42億円、IFRSレポーター、従業員260名。

候補の識別。監査計画段階で、以下の領域をKAM候補として識別する。(1) 製品保証引当金(売上高の0.8%、前年度から3倍増加、経営者見積りの変動幅が大きい)、(2) リース負債の測定(IFRS 16適用初年度以降、新規の大型リースが3件追加)、(3) 固定資産の減損(既存工場の売却計画が経営計画に含まれた)、(4) 売掛金の回収可能性(主要取引先1社の信用格付が2段階低下)。計画ファイルに候補リストシートを作成し、各候補の特性(経営者見積りの有無、高リスク領域の該当性)を記載。

手続の複雑さの評価。各候補に対し、実施する監査手続の複雑さを評価する。製品保証引当金は、過去3年の保証請求データを分析し、期待値法による計算結果を実績と比較。前年度の見積り誤差が15%の範囲内であり、経営者の見積り方法に大きな問題は見られなかった。リース負債測定は、3件の新規リースについて契約書の確認と計算チェックで完結。売掛金の回収可能性は、信用格付の低下に伴う引当率の変更について経営者と協議し、外部データとの整合性を確認。減損評価は、外部評価者による売却予定資産の不動産鑑定書を入手し、経営者の減損計上額との比較を実施。調書の「KAM評価ワークシート」に各候補の手続の複雑さ(高/中/低)と経営者判断への依存度を記載。

KAMの選定判断。4つの候補のうち、固定資産の減損のみを最終報告書に記載すべき対象と判断。理由は、売却予定資産の帳簿額が総資産の8.5%に達し、評価方法の選択が売上原価に直結し、経営者見積りの結果(減損損失12百万円)と外部情報(不動産鑑定値)との整合性確認に高度な判断が必要だったため。他の3件は手続が定型的で、見積り誤差が許容範囲内であることから除外。監査報告書のドラフト段階で、記載する事項・除外した事項・判断根拠を別紙にまとめ、監査委員会への協議資料として作成。

監査委員会との協議と最終記載。監査報告書の案を監査委員会に提示し、固定資産の減損について「国際会計基準に従い減損の有無を判定する上で、複数の評価手法が利用可能であり、経営者が採用した不動産鑑定値に基づく手法の妥当性確認が監査の焦点であった」旨を説明。監査委員会から異論は出ず、当該事項を最終報告書に記載。監査報告書本体のKAMセクションに、減損リスク評価の内容、実施した監査手続、結論を段落ごとに記載。記載分量は300字程度。

結論として、三ツ橋製作所の事例では、経営者見積りの複雑さと監査手続の深さ、会社全体の財政状態に対する影響度が総合的に考慮された。この判断プロセスと根拠の文書化がなければ、検査対象となった場合の説明責任を果たせない。

実務家が誤解しやすい点

候補が自動的にKAMになるわけではない。ISA 701.13は「リスク領域として識別した事項すべてがKAMになるわけではない」と明記している。高リスクであっても、監査手続が標準的で追加的な判断が不要な場合は選定の閾値を下回る可能性がある。国際監査基準における「重要性」と「主要性」は異なる概念であり、この混同が検査指摘につながりやすい。

記載の詳細度と監査の深さは別の問題。監査報告書に記載する説明内容(段落数、言及する手続の具体性)と、実際に実施した監査手続の量や質は連動しない。CPAAOBの検査報告書では、監査報告書上は簡潔に記載されているが、当該事項に関する調書の文書化が不十分なケースが指摘されている。逆に、報告書の記載が長くても、根拠となる監査証拠の収集が不足していれば検査に耐えられない。

監査委員会との協議は追認の場ではない。ISA 701.12は「監査人はKAMについて監査委員会と協議しなければならない」と定めているが、これは双方向の情報交換。経験上、「監査人が決定し、監査委員会に報告する」という単方向のやり取りに終始する事務所は多い。監査委員会が異なる観点から異議を唱えた場合、監査人はその意見を検討する義務を負う。この過程を記録することが、後の検査対応で問われる。

関連する用語

監査上の主要な見積り: 財務諸表に大きな影響を与える見積り。KAM候補となることが多い。

監査上の判断: 監査人が評価の過程で行う専門的判断。KAMの記載対象。

経営者の見積り: ISA 540が対象とする見積り。高リスク領域としてKAMに含まれる傾向。

ISA 701 監査報告書: KAMの記載要件を定める基準。

監査委員会との協議: KAMを決定する前に必須となる協議。

リスク識別と評価: KAM候補を識別するプロセス。

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