Definition

自社株買戻しの加重処理が雑な調書は、品管の指摘頻度が一定数ある。期中に買い戻した株式を「期首と期末の単純平均」で済ませてしまい、実際の買戻し日から期末までの期間が分母に反映されない。IAS 33.33(b) に正面から抵触する論点である。

重要なポイント

- 基本的EPSと希薄化後EPSは計算式が違う(基本的EPSは発行済み普通株式のみを使用) - 分子(親会社所有者帰属利益)と分母(加重平均株式数)の対応関係を検証する - 新規発行、買戻し、株式分割があれば、日別・月別の加重期間を追跡する必要がある - 償却率の変更と同様、EPS計算方法の変更はIAS 8の遡及適用対象になりうる

仕組み

IAS 33は1株当たり利益の計算と開示を規定している。基本的EPSの計算式は、親会社の所有者に帰属する当期利益を、当期中の発行済み普通株式の加重平均数で除算する。

IAS 33第33項により、平均発行済み株式数には新規発行、自社株買戻し、株式分割を考慮する。新規発行があれば、発行日から期末までの期間に基づいて按分する。自社株買戻しは、買戻し前の期間だけ分母に含める形で重み付けする。7月に1,000株を買い戻した場合、その1,000株は買戻し前の3か月分だけ分母にカウントされる。

正直、この処理を簡便化したくなる心理はよくわかる。月次ではなく期首・期末の単純平均で済ませられれば、調書は1枚で済む。ところが現場では逆のことが起きる。検査の場面で「いつの日付で買い戻したのか」と問われた瞬間に、月別の変動表がなければ証跡が作れない。IAS 33.33(b) が求める「加重」は、結局のところ月次あるいは日次の証跡の厚みでしかない。

IAS 33.73から76は、EPSの開示要件を定めており、計算根拠、加重平均株式数、当期の調整項目を財務諸表に注記することが求められる。

具体例:田中紙工業株式会社

クライアント:日本の製紙会社、2024年度決算、IFRS適用企業。

当期利益:1,200百万円 期首発行済み普通株式数:50,000千株 4月1日に5,000千株を新規発行:発行日から期末(3月31日)まで12か月間 10月1日に3,000千株を買い戻し:買戻し日から期末まで6か月間

ステップ1:期首から買戻し前までの株式数を計算する 期首から9月30日までの9か月間:50,000千株 × (9/12) = 37,500千株相当

文書化ノート:期初から買戻し前の月別の株式数を確認し、新規発行の効果を月次で追跡。

ステップ2:新規発行の加重効果を計算する 4月1日から3月31日までの12か月間:5,000千株 × (12/12) = 5,000千株相当

文書化ノート:発行日を確認し、期末までの月数を検証。発行登録簿と現金受取を照合。

ステップ3:買戻し後の株式数を計算する 10月1日から3月31日までの6か月間:(50,000 + 5,000 - 3,000)千株 × (6/12) = 26,000千株相当

文書化ノート:買戻し履行日を確認し、支払金額と株式消却記録を対応させる。

ステップ4:加重平均発行済み株式数を計算する 加重平均 = 37,500 + 5,000 + 26,000 = 68,500千株

文書化ノート:月別の構成要素を一覧表にまとめ、合計が年間加重平均と一致していることを確認。

ステップ5:基本的EPSを計算する 基本的EPS = 1,200百万円 ÷ 68,500千株 = 17.51円/株

計算根拠が月次で文書化されていれば、IAS 33.33の要件は満たせる。

監査人と実務者が誤解しやすい点

- 自社株買戻しの日付無視: 買戻し株式の加重計算で実際の買戻し日を使わず、期首と期末の単純平均を採用するケースが繰り返し発見される。IAS 33.33(b)に明確に矛盾する処理である。 - 新規発行のタイミング検証不足: 株式発行日の記録がなく、監査人が月次決算書から推測で加重期間を決めている場合がある。発行登録簿の確認が不可欠。 - 分子と分母の対応関係の欠如: 分子の利益と分母の株式数がIAS 33の同じ母集団(親会社所有者への帰属利益に対応する発行済み普通株式)を指すか、確認していない調書が散見される。子会社の利益が含まれていないか、優先株が混在していないか、見直しが必要。

基本的EPSと希薄化後EPS

基本的EPSは発行済み普通株式のみを使う。希薄化後EPSは、転換社債や新株予約権など、将来的に普通株式に転換されうる証券を加算した株式数を使う。IAS 33.47に基づき、希薄化後EPSが基本的EPSより低い場合のみ開示する。

関連用語

- 希薄化後1株当たり利益 転換社債や新株予約権の影響を反映したEPS。基本的EPSの下位概念。 - 加重平均発行済み株式数 当期中の株式数の変動を期間で按分した平均値。IAS 33の要件に基づく。 - 1株当たり利益の開示 EPS計算の背景にある仮定と変動要因の説明。 - 純利益 EPSの分子。親会社の所有者に帰属する利益。 - 株式分割 EPSの分母に遡及的に反映される株式数の調整。

関連するツール

ciferi EPS検証キャリキュレータは、新規発行、買戻し、株式分割を月別に入力し、加重平均株式数を自動計算する。IAS 33.33に基づいた計算ロジックで、月間の変動を追跡記録する。

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