Definition

コスト・アプローチは、資産が現在時点で取得または製造された場合にいくら要するかを推定することによって、公正価値を見積もる。ISA 540.A21はこのプロセスで用いられる主要な入力値(原材料費、労務費、製造間接費)を列挙している。監査人の役割は、これらの入力値が現在の市況または製造条件を反映しているかどうかを検証することである。

仕組み

コスト・アプローチは、資産が現在時点で取得または製造された場合にいくら要するかを推定することによって、公正価値を見積もる。ISA 540.A21はこのプロセスで用いられる主要な入力値(原材料費、労務費、製造間接費)を列挙している。監査人の役割は、これらの入力値が現在の市況または製造条件を反映しているかどうかを検証することである。
コスト・アプローチが採用される場面は限定的だ。同一の資産が活発な市場で取引されている場合は、市場アプローチ(comparable価格)が優先される。但し活発な市場が存在しない場合、または専門的・特殊な資産の場合は、コスト・アプローチが正当化される。ISA 540.13(b)はこの判断を監査人が文書化することを明示的に要求している。
経営者の過去の経験との比較も重要だ。前年度の同じカテゴリーの資産でコスト・アプローチを使用した場合、その結果と今年度の見積もりの合理性を比較する。乖離が生じた場合は、市況変化や製造効率の改善など、具体的な理由が説明されているか確認する。単に「原価が上昇した」では足りない。何がどう変わったかを追跡できるようにしておくことが、監査人の確認作業を可能にする。

実例:田中産業株式会社(製造業)

対象会社:東京都内の機械部品製造業、2024年度、売上高48百万円、IFRS適用企業
2023年12月に購入した特殊金型(取得原価2,400万円)について、2024年度末(2024年12月)の公正価値評価を行った。この金型は顧客Aとの長期契約専用であり、市場での売却は現実的ではない。したがってコスト・アプローチが採用された。
ステップ1:現在の再調達原価を計算する
金型製造業者に見積書を取得した。同一仕様の金型を新規製造する場合、以下の原価がかかると判定された。
監査人の文書化ノート:取得業者の見積書(参照:証拠ファイルD-5)。労務費の増加率は業界給与統計(日本機械工業連合会2024年度サーベイ)と比較して合理的と判定。
ステップ2:経年劣化と陳腐化を反映する
金型は購入から1年経過し、顧客Aの仕様変更リスク(契約終了リスク)が増加していた。経営者は以下の調整を適用した。
監査人の文書化ノート:経営者の陳腐化分析(参照:証拠ファイルD-6)。契約期間の確認、顧客Aとの協議議事録、業界での類似金型の販売事例(参照:業界誌記事)と比較。経済的陳腐化の10%調整は、契約継続確率が80%であることから、1−(0.8 × 1.0)に簡略化できるか検討。ここでは経営者の段階的調整を採用。
ステップ3:評価結論
再調達原価2,360万円から25.4%を控除:2,360万円 × (1 − 0.254) = 1,758万円
この1,758万円が2024年度末における当該金型の公正価値(ISA 540に基づく)と判定された。
監査人の文書化ノート:評価結論の記録。簿価2,400万円との差異642万円(減損)について、減損テストの要件(IAS 36.8~36.12)を満たすかどうか確認。この場合、単一顧客への依存度が高く、市場での売却不可能という指標から、減損兆候がある。減損損失642万円を計上する根拠が確立された。
結論
コスト・アプローチの適用は、市場が存在しない特殊資産の評価では妥当である。ただし現在時点の再調達原価を正確に推定し、経年劣化と陳腐化を客観的に反映させることが不可欠だ。監査人は、各調整の根拠となる市場データ、契約書、業界統計を同時に確保することで、この評価の合理性を検証できる。

  • 直材料費:1,200万円(前年対比5%上昇)
  • 直労務費:680万円(現在の市場労賃ベース)
  • 製造間接費:480万円(設備減価償却、施設費を按分)
  • 合計再調達原価:2,360万円
  • 物理的減耗:1年間の使用による刃先の摩耗、推定耐用年数8年に基づき12.5%減価
  • 機能的陳腐化:より高速な後発型金型の出現により、処理能力面での相対的な優位性喪失、5%調整
  • 経済的陳腐化(契約リスク):顧客A契約の3年更新時期が2026年に迫っており、その他の用途への転用可能性がない。1回の更新リスク(更新されない確率20%)を加味して10%調整
  • 合計調整率:25.4%

監査人とレビュアーが見落としやすい点

ISA 540に基づく監査で最も多い指摘は、経営者が採用した陳腐化率の根拠が不十分であることだ。特に経済的陳腐化(顧客喪失リスク、技術陳腐化)について、複数年の履歴データがなく、単年度の予想値のみで調整している場合が多い。これは「評価の根拠となった仮定」の文書化不足に該当する。
ISA 540.13(a)は監査人に「評価方法が適切であるかどうかを評価する」ことを求めているが、多くの監査調書ではこの評価判断が行われていない。例えば、市場に類似資産の価格が出現した場合、コスト・アプローチに代わって市場アプローチを適用すべきかどうかの判断が欠落している。市場アプローチが選択可能であるなら、なぜコスト・アプローチを継続するのかを明示する必要がある。
再調達原価の見積もりに外部の見積業者を用いた場合、その見積書が現在の市況を反映しているかどうかの検証が後回しになることが多い。見積取得から監査実施日までに数週間または数ヶ月のずれが生じ、その間に市場相場が変動しているケースがある。監査人は見積書の取得日、その時点での市場条件、及び現在との差異を形式的に記録する必要がある。

  • 第1層:規制当局の指摘事例
  • 第2層:標準に照らした実務上の誤り
  • 第3層:文書化の運用上の課題

関連用語

  • 公正価値測定: コスト・アプローチは公正価値測定のための3つの技法の一つであり、市場アプローチ及び所得アプローチと並ぶ。
  • 減損テスト: コスト・アプローチで算定した公正価値が簿価を下回る場合、IAS 36の減損要件を満たすかどうか検討する。
  • 見積の変更: コスト・アプローチの陳腐化率が前年度から変更された場合、IAS 8に基づく会計見積の変更か、前年度の誤謬訂正かを判定する。
  • 評価に関する監査証拠: コスト・アプローチの各入力値(再調達原価、陳腐化率)に対応する監査証拠の性質と十分性。
  • 市場アプローチ: コスト・アプローチが採用されない場合に優先される技法。活発な市場における比較可能価格の使用。
  • 所得アプローチ: キャッシュフロー予測に基づく公正価値測定。事業用資産や無形資産の評価に用いられることが多い。

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