Definition

前期の開始残高と当期の開始残高が自動的に一致していると思い込むチームは多い。システム移行や決算修正が入ると、前期末と当期首の数値がずれることがある。監基報710はこの比較数値の検証責任を監査人に課しており、「前期の調書があるから大丈夫」では済まない。

主要なポイント

> - 比較数値は前期全体の数値であり、抜粋ではない。前年度末の残高試算表から直接導き出す。 > - 監基報710は、比較数値が「対応数値」か「比較財務諸表」かで監査上の取扱いを分けている。 > - 前期の監査報告書で修正提案が出ていた場合、当期の発見と矛盾していないか確認する。 > - 比較数値の再テストを省略する法人は多いが、経験上、期中変動の根拠を追認しないまま放置すると繁忙期にレビューで差し戻される。

仕組み

被監査会社が財務諸表を作成する際、前期の残高が当期の開始残高に繰り越され、比較数値として表示される。監基報710.7は、この比較数値が新規の虚偽表示リスクをもたらすかどうかの判断を監査人に求めている。

比較数値には2つのタイプがある。対応数値は前期の監査報告書がカバーした財務諸表の一部であり、その期間の調書に証拠が存在する。比較財務諸表は前期を独立した監査対象期間として扱う場合の表示方法であり、日本のIFRS適用企業では対応数値方式が一般的。

対応数値については、監基報710.A2により、前期に実施した手続を再度実施する必要はない。ただし当期の残高と調整内容を検証し、比較数値の正確性を確認する。仕訳帳から開始残高への転記、期中の変動、期末残高への到達。この一連のフローを追える証拠があれば対応数値は支持される。

比較財務諸表方式の場合、監基報710.A3により、前期の数値についても当期の監査で新規の虚偽表示リスクがないか判断する。たとえば前期は売上高の業種別内訳を開示していなかったが当期から開示する場合、その内訳が前年度の実績と整合しているか検証する責任が生じる。

実例:CSJコンサルティング

クライアント:東京を本拠地とする経営コンサルティング会社。2024年3月期決算、売上高8,500万円、IFRS採用企業。

段階1:前期の残高を特定する

前年度(2023年3月)の監査ファイルから、売掛金の期末残高を確認した。2023年3月31日時点で2,400万円。当期の財務諸表でも、比較数値として2,400万円が表示されている。

文書化ノート:監査ファイルの「売掛金リスト」シートに2023年3月31日時点の2,400万円と記載。当期の開始残高試算表と金額が一致するか、総勘定元帳の実行日を確認。

段階2:期中の変動を確認する

2024年3月期間中、売掛金は2,400万円から3,100万円に増加した。振替伝票から、売上計上3,800万円、回収2,100万円であることが分かった。計算:2,400万円 + 3,800万円 - 2,100万円 = 4,100万円。試算表の3,100万円と乖離している。

文書化ノート:振替伝票レジスタのフィルタで売掛金関連仕訳を抽出。回収額の計上漏れまたは架空売上が疑われるため、売上帳と領収書のマッチングをESAレベルで実施することに決定。

段階3:乖離の原因を特定する

帳簿をたどると、返品400万円が期末に振り戻されていなかった。修正後の売掛金は3,100万円となり、試算表と一致した。この返品は前期中に顧客から指摘されていたが、担当者の誤りにより記帳されていなかった。

文書化ノート:返品伝票のコピーを監査ファイルに貼付。当期の調整で返品を計上し、前期の対応数値を「前期の実績に基づく」と記録。このような前期の漏れは当期の虚偽表示ではなく、前期の修正を必要としない。

結論

比較数値である売掛金2,400万円は、当期の開始残高として正確に表示されていた。期中の変動の根拠も、追認可能な証拠によって支持されている。ただし前期の返品漏れが当期で明らかになった以上、期末の売掛金3,100万円は「前期比較による歴史的重要性が低い」変動ではなく、「当期の修正に反映した正確な数値」として記録される。

調書で見落とされやすい誤り

前期の残高が当期の開始残高と自動的に一致しているという仮定は危うい。監基報710.7aにより、監査人は比較数値が正確に転記されたかを自分で確認する責任がある。返品、決算調整、振替が入った期末では、総勘定元帳と試算表が一致しているように見えても、開始残高と前期末残高の間にずれが生じていることがある。手作業での突合は省略できない。

対応数値と比較財務諸表の区別なく全ての比較数値に同じテストを適用するケースも散見される。監基報710.A2とA3はこの区別を根拠に監査範囲を変えるよう指示している。対応数値については前期の監査証拠で支持されており、再テストは不要。一方で当期から新規に開示する業種別セグメント情報のように前期は監査対象外だった項目は、前年度の計数が帳簿記録と整合しているか新たに検証する。

期中変動の根拠を追認しないまま終わる調書も多い。正直なところ、比較数値は「過去の事実だから問題ない」と扱われがちだが、その正確性を裏づける証拠は当期の帳簿にしか存在しないことが多い。前期の調書に売掛金の期末残高明細表があっても、当期の開始残高試算表、総勘定元帳、残高リストと一連でつながっているかを確認しなければ、転記誤りやシステム移行時の脱落を見逃す。

関連用語

- 期中変動は前期末から当期末までのフローを追認する手続であり、対応数値の正確性を支持する最大の証拠となる。 - 監基報510 前期残高は比較数値の基盤となる前期末残高の監査的検証を定めている。 - IFRS第1号 初度適用では新規採用企業の比較数値を非比較情報として表示する場合がある。監基報710の直接の対象外だが文脈として関連する。 - 監基報540 会計上の見積りの監査は比較数値の開示に影響する見積り検証の上位概念。

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