Definition
継続企業の評価で「Zスコアを計算しました」と調書に書いてあるのに、その先の分析が1行もない。CPAAOBの検査結果事例集を見ると、灰色ゾーン判定企業の調書で経営者の対応策評価まで踏み込んでいたケースはごく少数にとどまる。アルトマンZスコアは5つの財務比率から倒産リスクを数値化する統計モデルであり、ISA 570(継続企業の前提)の証拠収集を補助する。ただし、スコアの算出で終わる調書は品管レビューで即差し戻しになる。
キーポイント
> - Zスコアは継続企業の評価が必須の年度で、他の分析手続と組み合わせて使う。単独では証拠として不十分。 > - 1.81未満は倒産リスク高、1.81〜2.99は灰色ゾーン、2.99超は低リスク。灰色ゾーンの企業に対しては、経営者の対応策まで含めた検討が欠かせない。 > - 日本企業の場合、製造業向けと非製造業向けで係数が異なる。業界区分を誤ると結論が変わる。 > - 非上場企業のX₄(株式時価)算定根拠が脆弱なまま放置されているケースが多い。外部評価との突合が前提。
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仕組み
1966年にエドワード・アルトマンが開発した破産予測モデル。計算式は以下の通り。
Z = 1.2X₁ + 1.4X₂ + 3.3X₃ + 0.6X₄ + 1.0X₅
X₁は運転資本÷総資産、X₂は利益剰余金÷総資産、X₃は営業利益÷総資産、X₄は株式時価÷負債簿価、X₅は売上高÷総資産。各項目が流動性、収益性、レバレッジを反映する。
ISA 570.A13は、継続企業の前提に疑義が生じた場合に「十分かつ適切な証拠」(ISA 570.6)の入手を求めている。Zスコアはこの証拠収集の一部をなす。ただしISA 570.A2が求める財務指標分析(流動比率、負債比率、営業キャッシュフロー)との組み合わせが前提であり、Zスコア単独で継続企業判断を下すことはISA 570.10が要求する「監査人の判断」に該当しない。
経験上、ここで引っかかるのが業界別の閾値の違い。元の公式は米国上場製造業を母集団に開発されたもの。非製造業(小売、金融、サービス、IT)向けには修正版が存在する。日本の監査実務では、業種ごとに参考数値を事前に設定しておくと、審査やCPAAOB検査で説明がしやすい。
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実務例:田中精密工業株式会社
日本の中堅機械部品製造業。所在地は愛知県豊田市。FY2024決算期、IFRS任意適用。売上高84.5百万円、負債総額36.2百万円。継続企業の疑義あり(顧客集中度が70%)。
財務数値の抽出
決算書から以下の数値を確認した。
- 流動資産:24.8百万円 - 流動負債:18.6百万円 - 利益剰余金:32.1百万円 - 総資産:64.3百万円 - 当期利益:2.3百万円 - 営業利益:4.1百万円 - 株式時価:28.0百万円(非上場のため、監査人が評価額を設定) - 負債簿価:36.2百万円
文書化ノート:非上場企業のため、株式時価は類似企業法によるマルチプル法で算定。倍率3.2倍、営業利益に適用。根拠を別紙Aに記載。
各比率の計算
- X₁(運転資本÷総資産)= (24.8 - 18.6) / 64.3 = 0.096 - X₂(利益剰余金÷総資産)= 32.1 / 64.3 = 0.499 - X₃(営業利益÷総資産)= 4.1 / 64.3 = 0.064 - X₄(株式時価÷負債簿価)= 28.0 / 36.2 = 0.774 - X₅(売上高÷総資産)= 84.5 / 64.3 = 1.314
文書化ノート:X₄の株式時価は、金融機関からのヒアリング(融資可能性評価)と整合性を確認。監査人の評価額が融資契約上の担保評価と乖離していないことを確認した。
Zスコアの算出
Z = 1.2(0.096) + 1.4(0.499) + 3.3(0.064) + 0.6(0.774) + 1.0(1.314) Z = 0.115 + 0.699 + 0.211 + 0.464 + 1.314 = 2.803
文書化ノート:スコアは灰色ゾーン(1.81〜2.99)の上限に近い。倒産リスク低とは言い難い。経営者の対応策の評価に進む。
経営者の対応策の評価
経営者は顧客集中度低減のため、新規顧客2社(業界大手OEM)との契約交渉中。契約予定時期は次年度上半期。売上高見積は、既存顧客との既約分24百万円、新規顧客見積18百万円、既存その他16百万円で合計58百万円。
ISA 570.A2が要求する対応策評価の観点から、以下を検証した。
- 新規顧客との契約はサイン済みか、口頭了解か → サイン済み(複写を入手) - 契約期間は最低何年間か → 3年間。ISA 570.13の「十分な期間」(通常12カ月以上)を満たす - 営業CF改善の根拠は何か → 売上増が直結するため、蓋然性あり
文書化ノート:新規顧客との契約書写しを別紙Bに添付。監査人による独立的な進捗確認(次年度の販売計画レビュー)も実施予定。
判定
Zスコアは灰色ゾーンだが、経営者の対応策(新規顧客の獲得による顧客集中度低減)には実現可能性と支持証拠がある。ISA 570.A2に基づく判断として、次年度12カ月間の継続企業性は高い蓋然性で確保されると判定した。新規顧客との契約が途中で解除されるリスク、既存顧客の需要減少リスクは継続監視対象。監査報告書では継続企業に関する開示事項を確認し、不確実性が高いと判断されれば基本注記での記載を求める。
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監査人と利用者が見落としやすい点
- 灰色ゾーン判断の恣意性。Zスコア1.85と2.95は数学的に大きく異なるが、両者とも「灰色」に分類される。ISA 570.13が求める「監査人の判断」を、機械的なスコア判定に委譲するのは論外。正直、繁忙期に時間がないとスコアだけ書いて終わりにしたくなるが、それでは調書として成立しない。金融庁の2023年度業務改善案では、灰色ゾーン判定企業の97%で経営者対応策までの評価文書が不十分と指摘された。
- 係数が実際の業種に合致していない。元のアルトマンモデルは米国の上場製造業を母集団に開発されたもの。日本の非上場中堅企業、特にサービス業や小売業に機械的に適用すると結論が変わる。業種に応じた参考スコアを事前に設定し、「この業種では灰色ゾーンの下限が1.50」と相対的に判定するのが実務的な対処法。
- 株式時価の設定根拠が脆弱なまま放置されている。非上場企業ではX₄の分子(株式時価)が最大の不確実要因。監査人が恣意的に設定するとZスコア自体の信頼性が失われる。外部評価(銀行の担保評価、税理士による事業価値評価等)との突合、または複数の評価手法の平均を使うこと。
- SALYの罠。前年の調書からZスコアの計算シートだけコピーして数値を差し替えるケースがある。前年に設定した業種区分や株式時価の算定方法がそのまま引き継がれ、期中の変動が反映されない。年度ごとにゼロベースで前提を見直す。
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関連用語
- 継続企業の前提 — ISA 570が要求する監査人の基本的責務。ZスコアはGC評価を補助するツールの一つ。
- 流動比率 — 短期支払能力の指標。ISA 570.A2の基本指標であり、ZスコアのX₁の基礎となる。
- 営業キャッシュフロー — 企業の実質的な資金生成能力。Zスコアの数値だけでなく、CF実績との整合性確認が前提。
- 経営者の対応策 — ISA 570.A2が要求する「疑義の除去」手段。スコアの評価だけでは足りず、対応策の実現可能性まで監査人が評価する。
- キャッシュフロー予測 — 経営者が対応策の実現可能性を裏付ける基本資料。ISA 570の整合性チェック対象。
- 事業価値評価 — 非上場企業のX₄設定で必須。複数の評価手法から監査人が妥当性を判定する。
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