この記事で学べること

- ISA 701.9-11に基づくKAM特定基準の適用方法 - KAM記載に必要な要素(監査人の対応を含む)の調書への落とし込み - 複雑な会計上の見積りや判断をKAMとして報告する実践手法 - 統治責任者とのコミュニケーション記録からKAMを抽出するプロセス

目次

1. ISA 701が求める主要な事項の特定基準 2. 統治責任者とのコミュニケーションからの抽出 3. 実例による特定と記載の実務 4. 実践的チェックリスト 5. よくある不備 6. 関連コンテンツ

ISA 701が求める主要な事項の特定基準

ISA 701.9は、KAMを決定する際に考慮すべき事項を列挙している。虚偽表示リスクが高い領域、経営者の判断に関連する監査人の判断、当年度の事象や取引が監査に与えた影響、そして監査チーム内で議論の対象となった論点。抽象的な基準に見えるかもしれないが、実際の適用ではもっと具体的な指標で判断できる。

ISA 701.A28からA31が実践的な考慮事項を示している。監査チームが相当な時間と注意を要した領域、特別な技能や知識を必要とした事項、専門家の業務を利用した領域。これらは調書から客観的に確認できる要素。工数記録と専門家関与の記録を照合すれば、候補は自然に絞られる。

複雑な会計上の見積りは多くの場合KAMの候補になる。IAS 36の減損テストとIFRS 9の期待信用損失が典型例。これらの領域では経営者の判断に大きく依存する要素が多く、監査人の対応も相応に複雑になる。ISA 540(改訂).18は会計上の見積りに関連する虚偽表示リスクの識別を求めており、ここで識別されたリスクは自動的にKAM検討の対象となる。

正直、すべての高リスク領域がKAMになるわけではない。ISA 701.14は、法規制により開示が禁止される事項や極めて稀な状況についてガイダンスを提供している。守秘義務や法的制約がある調査中の事項、公表により企業または公共の利益を著しく害する可能性がある事項は除外される。ここを見落とすとCPAAOBの検査で指摘を受けることがある。

統治責任者とのコミュニケーションからの抽出

ISA 701.8は明確。KAMは「統治責任者とのコミュニケーションの対象となった事項」から選択する。ISA 260.16で求められる統治責任者とのコミュニケーション記録がKAM特定の出発点になる。

統治責任者へのコミュニケーションには通常以下の事項が含まれる。虚偽表示リスク、内部統制の不備、会計方針や会計上の見積り、監査上の発見事項や困難な事項。この中から「最も重要であった」事項を抽出する。

「最も重要であった」の判断基準はISA 701.A7で説明されている。監査人が当該事項に費やした時間と労力、対処するために必要とした特別な技能や知識、監査手続の結果として識別された問題の性質。定量的に測定可能な要素が並んでいる。

本音を言うと、ここで悩む監査人が多い。統治責任者とのコミュニケーション記録を時系列で整理し、各事項について以下を評価すると判断が明確になる。監査時間の投入量(チーム全体での工数)、関与した専門家の種類と程度、実施した監査手続の複雑性、識別された問題の規模。この評価により客観的にKAMを決定できる。

多くの監査では統治責任者とのコミュニケーション事項が5-10項目になる。この中から通常2-4項目をKAMとして選択。ISA 701.A15はKAMの数について「監査の複雑性や監査人の判断に応じて変動する」と述べているが、読み手の理解可能性も考慮しなければならない。審査の段階で「全部入れればいい」という姿勢が散見されるが、それは701の趣旨と真逆。

実例による特定と記載の実務

設例:中井製作所株式会社

売上高127億円、従業員数580名の自動車部品製造業。主要な顧客は国内自動車メーカー3社で売上の78%を占める。前年度に新工場建設を完了し、固定資産が大幅に増加。

ステップ1:統治責任者コミュニケーション事項の整理

当監査において統治責任者に報告した主要な事項: 1. 固定資産の減損テスト(工場建設後の収益性評価) 2. 棚卸資産の評価(不良在庫の識別と評価減) 3. 売上の期間帰属(期末近辺の大口取引の計上時期) 4. 関連当事者取引(親会社グループとの取引価格の妥当性) 5. IT統制の評価(新システム導入に伴う統制整備)

調書ノート:各事項について投入時間、関与専門家、実施手続を記録

ステップ2:KAM候補の優先順位付け

固定資産減損テスト:監査時間240時間、評価専門家関与、複雑な将来予測検証 → 最優先 棚卸資産評価:監査時間180時間、実査による検証、判断要素多数 → 第2優先 売上期間帰属:監査時間60時間、通常手続、複雑性限定的 → KAM対象外

調書ノート:時間投入、専門性要求度、判断の複雑性で客観的評価

ステップ3:KAMの記載

選択されたKAM:固定資産の減損テスト

記載内容(ISA 701.13の要求要素):

事項の説明:「当社は前年度に総額34億円の新工場建設を完了した。当監査において、建設された固定資産について減損の兆候を検討し、減損テストを実施した。」

判断した理由:「将来キャッシュフローの見積りは、主要顧客からの受注予測、生産効率の改善見込み、原材料価格の変動予測など、経営者による判断と仮定に依存している。」

監査人の対応:「評価専門家の業務を利用し、将来キャッシュフロー予測の合理性を検証した。過去実績との比較分析、感応度分析、独立した市場データとの整合性確認を実施した。」

調書ノート:ISA 701.13の3要素を明確に区分して記載

実践的チェックリスト

1. 統治責任者コミュニケーション記録を時系列で整理し、各事項の監査投入時間を定量化する

2. 各候補事項について関与した専門家(評価、IT、税務等)とその関与程度を記録する

3. ISA 701.13の3要素(事項説明、理由、監査人対応)が明確に区分されているか確認する

4. KAMの記載が統治責任者への報告内容と整合しているか照合する

5. 機密事項または法的制約のある事項がKAMに含まれていないか最終確認する

6. 記載が読み手(株主、債権者等)にとって理解可能な平易な言葉で書かれているか検証する

よくある不備

統治責任者への報告事項とKAMの不整合が目立つ。コミュニケーション記録で「軽微」と記載した事項をKAMとして報告してしまうパターン。JICPA品質管理レビューでも繰り返し指摘されている。

もう一つは監査人対応の記載が不十分な場合。「追加的な監査手続を実施した」という一文で終わる調書を何度も見てきた。ISA 701.13(b)は具体的な対応内容を求めている。読み手が「だから何をしたのか」と思うようでは記載として不合格。

関連コンテンツ

- 統治責任者とのコミュニケーション - ISA 260に基づくコミュニケーション要求の詳細解説 - 会計上の見積り監査ツール - ISA 540(改訂)に対応した見積り監査の調書支援 - 監査報告書の記載事例集 - 各種KAMの記載パターンと文例

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