なぜ評価プロセスが分離されたのか

現行の監基報570では、疑義事象の識別と経営者の対応策評価を同時に行う現場が多い。金融庁の2023年モニタリングレポートは、この一体評価により潜在的なリスクが見落とされるケースを指摘している。改訂版は識別プロセスを2つの段階に分離した。

監基報570改訂版.12は「経営者の計画や対応策を考慮する前に、疑義を生じさせる可能性のある事象や状況を識別する」よう求めている。「対応策込み」の判断から、「まず事実のみで判断」へ。手順の変更としては地味に見えるが、調書の構造を根本から組み直す必要がある。

2段階評価の詳細

第1段階:グロスベースでの事象・状況識別

監基報570改訂版.A18は、以下の領域で疑義事象を検討するよう求める。

- 財務指標:流動比率、負債比率、営業キャッシュフロー - 営業面:主要顧客の喪失、労働争議、市場からの撤退 - 法的・組織的事象:法的手続、規制違反、主要経営陣の離脱、財務制限条項の抵触

この段階では、経営者が提示する改善計画や資金調達計画は一切考慮しない。事象・状況が客観的に存在するかだけを判断する。正直、これが一番難しいんですよ。クライアントから「でも増資するから大丈夫です」と言われると、頭ではわかっていても心理的に切り離しにくい。

第2段階:経営者の対応策評価

第1段階で識別した事象・状況に対する経営者の対応策を、570改訂版.A25に基づいて評価する。対応策の実現可能性、タイミング、十分性を検証し、総合的な継続企業リスクを判断する流れになる。

現行調書の問題点と見直し

多くの調書では、継続企業評価を単一の判断マトリクスで実施している。「流動比率1.2だが、来月の増資により改善予定のため問題なし」。この手法は改訂版では通らない。

改訂版の下では、まず「流動比率1.2」を疑義事象として識別し、その後に「増資計画の実現可能性」を別途評価する。判断プロセスの透明性は向上するが、文書化の負担は確実に増える。

調書の組み替え

現行の一体型評価シートを2つのセクションに分割する。

セクション1は事象・状況の識別のみ。対応策の記載欄は設けない。セクション2で対応策の評価とその実現可能性の検証を行う。570改訂版.A31は、第1段階で識別した事象・状況と第2段階での対応策評価の根拠を明確に区分して文書化するよう求めている。従来の「総合判断」一本では審査を通過できなくなる可能性が高い。

実務適用例

山田製作所株式会社(売上180億円、製造業)の継続企業評価を例にとる。

第1段階:事象・状況の識別

1. 流動比率0.85(前年度1.24) → 疑義事象として識別 2. 営業キャッシュフロー△15億円(3年連続マイナス) → 疑義事象として識別 3. メインバンクとの借入契約における財務制限条項抵触 → 疑義事象として識別 4. 主力製品の受注残が前年比40%減 → 疑義事象として識別

文書化ノート:各指標を客観的事実として記録。経営者の説明や改善計画は記載しない。

第2段階:経営者の対応策評価

1. 流動比率改善策 — 不採算部門売却(予定価格25億円、買い手候補あり)。実現可能性:高(基本合意書確認済み)。 2. キャッシュフロー改善策 — 新製品投入による売上回復計画。実現可能性:中(市場調査結果は良好だが、競合状況に不確実性あり)。 3. 借入契約 — 条件変更に向けた銀行との協議実施中。実現可能性:中(メインバンクは前向きだが、他行の同意が必要)。

結論:第1段階で疑義事象を識別したが、第2段階の対応策評価により継続企業の前提への疑義はないと判断。不採算部門売却の進捗と新製品の市場反応について四半期ごとに見直す。

チェックリスト

1. 現行の継続企業評価シートが2段階に分割されているか 2. 監基報570改訂版.A18の全領域(財務・営業・法的/組織的・市場環境)を検討しているか 3. 事象識別と対応策評価の根拠が明確に区分されているか 4. 570改訂版.A25に基づく対応策の実現可能性検証手続を実施しているか 5. 2026年12月15日以降開始事業年度での適用準備が完了しているか

一番見落とされがちなのは、第1段階で「軽微だから」と省略してしまうケース。570改訂版.A19は、軽微と思われる事象も含めて識別するよう求めている。経営者の対応策による影響度の判断は第2段階の仕事であって、第1段階では手を出さない。

よくある誤解

時間短縮のために統合評価に戻したくなる気持ちはわかるが、改訂版では2段階の分離が必須。効率性を理由とした統合は認められない(IAASB実装ガイダンス2024.15)。繁忙期の圧力があっても、ここは省略できないポイントになる。

関連リソース

- 継続企業リスク評価ツール - 2段階評価プロセスに対応したワークシート - 監基報570完全ガイド - 改訂版の詳細解説と適用事例 - 将来記事:財務制限条項評価の実務 - 借入契約条項の継続企業評価への影響

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