目次
- IAS 33.10が定める分子と分母の調整 - 基本的EPSの監査手続 - 希薄化後EPSで間違いやすい2つの論点 - 実務例:上場製造業のEPS監査 - 調書で確認すべき6項目 - 繁忙期に見落としやすい計算ミス - 関連リソース
IAS 33.10が定める分子と分母の調整
分子の当期純利益からは優先配当を控除する。累積優先株なら当期の優先配当額を、非累積優先株なら実際に宣言された配当額を引く。IAS 33.12がこの区別を定めている。見落としがちなのは優先配当の税効果。控除額の算定時にこれを無視すると分子が過大になる。
分母の期中平均発行済株式数は単純平均ではない。IAS 33.20は加重平均法を指定しており、株式の発行日または買戻日から期末までの月数を重みとして計算する。正直、ここは計算自体が単純なのに、株式分割や自己株式取得のタイミングで加重の起点を間違えるケースが繰り返し出てくる。SALY(前年同様)で済ませたくなるが、資本異動があった期は毎回一から検証するしかない。
希薄化後EPSはIAS 33.31で規定される。潜在的普通株式の転換を仮定した結果、EPSが減少する場合のみ算出・開示する。逆希薄化となる潜在的普通株式は除外。
基本的EPSの監査手続
期中平均発行済株式数の検証から始める。株主名簿システムから毎月末の発行済株式数を抽出し、加重平均計算を再実行。
調書の文書化例:「2024年各月末の発行済株式数をTBSシステムから抽出。4月の新株発行(100,000株)および9月の自己株式取得(50,000株)について加重平均計算を再実行。」
当期純利益から優先配当を控除する計算も検証する。優先株式の条件を株式引受契約で確認し、累積・非累積の区分に従って控除額を算定。
取締役会議事録で配当宣言の有無と金額を確かめる。四半期配当を実施している場合、各四半期の配当宣言日と支払日を時系列で整理しておくこと。ここを曖昧にすると審査段階で差し戻される。
調書の文書化例:「2024年6月および12月開催の取締役会議事録にて優先配当の宣言を確認。年率2%の累積優先株式1,000,000株について、20,000千円の優先配当を控除。」
希薄化後EPSで間違いやすい2つの論点
潜在的普通株式を洗い出し、希薄化効果の有無を個別に判定する。転換社債と新株予約権が実務上の主な検討対象。
転換社債にはif-converted法を適用する。IAS 33.33は、社債の転換を期首(または発行日)に行ったと仮定し、支払利息(税効果後)を分子に加算、転換により発行される普通株式数を分母に加算する方法を定めている。
計算例:10%転換社債100百万円、転換比率1:10、実効税率30%の場合 分子への加算額:100百万円×10%×(1-30%)=7百万円 分母への加算株式数:100百万円÷10千円×10株=100,000株
新株予約権にはtreasury stock法を用いる。行使により取得する現金で自己株式を購入すると仮定し、正味増加株式数のみを分母に加算。ここで最も多い誤りが株価の選択だ。IAS 33.45は期中平均株価の使用を明記しているが、現場では期末株価を使ってしまう調書が少なくない。なぜか期末株価のほうが「正確」だと思い込んでいる担当者が一定数いる。
計算例:新株予約権100,000株、行使価格2,000円、期中平均株価2,500円の場合 行使により取得する現金:100,000株×2,000円=200百万円 購入可能な自己株式数:200百万円÷2,500円=80,000株 正味増加株式数:100,000株-80,000株=20,000株
実務例:上場製造業のEPS監査
田中精密工業株式会社(東京証券取引所プライム市場上場、売上高850億円)の2024年12月期EPS計算を検証した場合の流れを示す。
当期純利益と優先配当の確認
調書への記載:「連結損益計算書より当期純利益125億円を確認。親会社株主に帰属する当期純利益と一致。」
A種優先株式(年率1.5%、累積型)50,000株について7.5百万円の優先配当を控除。取締役会議事録と照合済み。
加重平均発行済株式数の算定
- 期首発行済株式数:25,000,000株 - 6月株式分割(1:2)後:50,000,000株 - 10月新株発行:2,000,000株 - 期末発行済株式数:52,000,000株
調書への記載:「加重平均発行済株式数:25百万株×5ヵ月+50百万株×4ヵ月+52百万株×3ヵ月=49.17百万株(小数第3位以下切捨て)」
基本的EPS = (125億円 - 0.075億円) ÷ 49.17百万株 = 254.19円
転換社債の希薄化効果
2022年発行第1回無担保転換社債100億円(利率0.5%、転換価格2,800円)についてif-converted法で検証する。
転換を仮定した場合の影響: - 分子への加算:100億円×0.5%×(1-30.6%)=0.347億円 - 分母への加算:100億円÷2,800円=3.57百万株
希薄化後EPS = (124.925億円+0.347億円)÷(49.17百万株+3.57百万株)=237.85円
基本的EPS 254.19円に対して希薄化後EPS 237.85円。EPSが減少しているため希薄化効果あり、開示対象となる。
調書で確認すべき6項目
1. 期中平均発行済株式数の検証:株主名簿システムから月次データを抽出し、株式分割・併合・新株発行・自己株式取得の加重平均計算を再実行
2. 優先配当控除の確認:優先株式の条件(累積・非累積)を定款で確認し、当期の控除額を算定
3. 潜在的普通株式の識別:転換社債、新株予約権、ストックオプション、転換優先株式の存在をIAS 33.41に従い確認
4. 希薄化効果の個別判定:各潜在的普通株式について、転換仮定後のEPS減少効果を定量的に算定
5. 逆希薄化の除外:EPSが増加する潜在的普通株式を計算から除外し、その理由を文書化
6. 開示の妥当性確認:基本的EPSは必須開示、希薄化後EPSは希薄化効果がある場合のみ開示することをIAS 33.4で確認
繁忙期に見落としやすい計算ミス
加重平均計算で単純平均を使ってしまうミスが最も多い。株式数に変動があった場合、各変動の効力発生日から期末までの日数で重み付けする。繁忙期の4月から5月にかけては調書を急いで仕上げる圧力があり、期間按分を省略して月末残高の単純平均で済ませてしまうことがある。品管レビューで差し戻される典型的なパターン。
希薄化後EPSの分子計算で、転換を仮定した場合に不要となる支払利息の税効果後加算を忘れるケースも繰り返し目にする。IAS 33.33の手順を段階的に適用すれば防げるが、計算シートのセル参照が途切れていて気づかないことがある。本音を言うと、この手のミスは入所2-3年目のスタッフに集中している。
新株予約権の権利行使判定で期末株価を使用する誤りについてはすでに触れた。IAS 33.45は明確に期中平均株価を指定している。
関連リソース
- 1株当たり利益計算ツール - 基本的EPSと希薄化後EPSの自動計算機能 - 連結財務諸表用語集:1株当たり利益 - IAS 33の計算方法と用語の解説 - 株式分割・株式併合の監査ガイド - 資本取引がEPSに与える影響の監査手続