田中精密工業株式会社(東京証券取引所プライム市場上場、売上高850億円)の2024年12月期EPS計算を検証する。 基本的EPS計算の検証 ステップ1:当期純利益の確認 監査調書への記載:「連結損益計算書より当期純利益125億円を確認。親会社株主に帰属する当期純利益と一致することを確認。」 ステップ2:優先配当の控除 監査調書への記載:「A種優先株式(年率1.5%、累積型)50,000株について7.5百万円の優先配当を控除。取締役会議事録と照合済。」 ステップ3:期中平均発行済株式数の計算 監査調書への記載:「加重平均発行済株式数:25百万株×5ヵ月+50百万株×4ヵ月+52百万株×3ヵ月=49.17百万株(小数第3位以下切捨て)」 基本的EPS = (125億円 - 0.075億円) ÷ 49.17百万株 = 254.19円 希薄化後EPS計算の検証 ステップ4:転換社債の希薄化効果 監査調書への記載:「2022年発行第1回無担保転換社債100億円(利率0.5%、転換価格2,800円)について、if-converted法により希薄化効果を算定。」 転換を仮定した場合の影響: 希薄化後EPS = (124.925億円+0.347億円)÷(49.17百万株+3.57百万株)=237.
目次
IAS 33の要求事項と計算原則
IAS 33.10は、基本的EPSの算定式を「普通株主に帰属する当期純利益÷期中平均発行済普通株式数」と定めている。この分子と分母の両方で調整が必要になる場合が多い。
基本的EPSの分子は、当期純利益から優先配当を控除した金額となる。累積優先株については当期の優先配当額を、非累積優先株については実際に宣言された配当額を控除する。IAS 33.12はこの区別を明確にしている。優先配当の税効果も考慮が必要だ。
分母の期中平均発行済株式数は、各月末の発行済株式数を単純平均するのではない。IAS 33.20は加重平均法を求めている。株式の発行日または買戻日から期末までの月数を重みとして計算する。
希薄化後EPSはIAS 33.31で規定される。潜在的普通株式の転換を仮定し、その結果として1株当たり利益が減少する場合にのみ算出・開示する。逆希薄化(1株当たり利益が増加)となる潜在的普通株式は計算に含めない。
基本的EPSの監査手続
期中平均発行済株式数の検証から始める。株主名簿システムから毎月末の発行済株式数を抽出し、加重平均計算の正確性を確認する。
監査手続の文書化例:「2024年各月末の発行済株式数をTBSシステムから抽出。4月の新株発行(100,000株)および9月の自己株式取得(50,000株)の加重平均計算を再実行。」
当期純利益から優先配当を控除する計算も検証する。優先株式の条件を株式引受契約で確認し、累積・非累積の区分に従って控除額を計算する。
取締役会議事録で配当宣言の有無と金額を確認する。特に四半期配当を実施している場合、各四半期の配当宣言日と支払日を整理する。
文書化例:「2024年6月および12月開催の取締役会議事録にて優先配当の宣言を確認。年率2%の累積優先株式1,000,000株について、20,000千円の優先配当を控除。」
希薄化後EPSの検証プロセス
潜在的普通株式を全て識別し、希薄化効果の有無を個別に判定する。転換社債、新株予約権、優先株式が主な検討対象となる。
転換社債については、if-converted法(転換を仮定する方法)を適用する。IAS 33.33は、社債の転換を期首(または発行日)に行ったと仮定し、支払利息(税効果後)を分子に加算し、転換により発行される普通株式数を分母に加算する方法を求めている。
計算例:10%転換社債100百万円、転換比率1:10、実効税率30%の場合
分子への加算額:100百万円×10%×(1-30%)=7百万円
分母への加算株式数:100百万円÷10千円×10株=100,000株
新株予約権には財務省法(treasury stock法)を用いる。行使により取得する現金で自己株式を購入すると仮定し、正味増加株式数のみを分母に加算する。IAS 33.45は、自己株式購入価格として期中平均株価を使用することを求めている。
計算例:新株予約権100,000株、行使価格2,000円、期中平均株価2,500円の場合
行使により取得する現金:100,000株×2,000円=200百万円
購入可能な自己株式数:200百万円÷2,500円=80,000株
正味増加株式数:100,000株-80,000株=20,000株
実務例:田中精密工業の1株当たり利益監査
田中精密工業株式会社(東京証券取引所プライム市場上場、売上高850億円)の2024年12月期EPS計算を検証する。
基本的EPS計算の検証
ステップ1:当期純利益の確認
監査調書への記載:「連結損益計算書より当期純利益125億円を確認。親会社株主に帰属する当期純利益と一致することを確認。」
ステップ2:優先配当の控除
監査調書への記載:「A種優先株式(年率1.5%、累積型)50,000株について7.5百万円の優先配当を控除。取締役会議事録と照合済。」
ステップ3:期中平均発行済株式数の計算
監査調書への記載:「加重平均発行済株式数:25百万株×5ヵ月+50百万株×4ヵ月+52百万株×3ヵ月=49.17百万株(小数第3位以下切捨て)」
基本的EPS = (125億円 - 0.075億円) ÷ 49.17百万株 = 254.19円
希薄化後EPS計算の検証
ステップ4:転換社債の希薄化効果
監査調書への記載:「2022年発行第1回無担保転換社債100億円(利率0.5%、転換価格2,800円)について、if-converted法により希薄化効果を算定。」
転換を仮定した場合の影響:
希薄化後EPS = (124.925億円+0.347億円)÷(49.17百万株+3.57百万株)=237.85円
ステップ5:希薄化効果の判定
監査調書への記載:「基本的EPS254.19円>希薄化後EPS237.85円のため、希薄化効果あり。希薄化後EPSの開示が必要。」
結論:基本的および希薄化後EPSの計算は適切であり、IAS 33の要求事項を満たしている。開示書類への反映を確認した。
- 期首発行済株式数:25,000,000株
- 6月株式分割(1:2)後:50,000,000株
- 10月新株発行:2,000,000株
- 分子への加算:100億円×0.5%×(1-30.6%)=0.347億円
- 分母への加算:100億円÷2,800円=3.57百万株
監査調書作成のチェックリスト
- 期中平均発行済株式数の検証:株主名簿システムから月次データを抽出し、株式分割・併合・新株発行・自己株式取得の加重平均計算を再実行する
- 優先配当控除の確認:優先株式の条件(累積・非累積)を定款で確認し、当期の控除額を正確に算定する
- 潜在的普通株式の網羅的識別:転換社債、新株予約権、ストックオプション、転換優先株式の存在をIAS 33.41に従い確認する
- 希薄化効果の個別判定:各潜在的普通株式について、転換仮定後のEPS減少効果を定量的に算定する
- 逆希薄化の除外:1株当たり利益が増加する潜在的普通株式を計算から除外し、その理由を文書化する
- 開示の妥当性確認:基本的EPSは必須開示、希薄化後EPSは希薄化効果がある場合のみ開示することをIAS 33.4で再確認する
よくある誤りとその対策
- 加重平均計算の単純平均誤用:株式数の変動があった場合、期間按分計算を省略して単純平均を使用するミス。各変動の効力発生日から期末までの日数で重み付けが必要。
- 転換社債の利息加算漏れ:希薄化後EPSの分子計算で、転換を仮定した場合に不要となる支払利息の税効果後加算を失念するケース。IAS 33.33の手順を段階的に適用する。
- 新株予約権の権利行使判定誤り:権利行使価格と期中平均株価の比較において、期末株価を使用してしまう誤り。IAS 33.45は明確に期中平均株価の使用を求めている。
- 株式分割の遡及調整漏れ:期中に株式分割を実施した場合、IAS 33.26は分割前の全期間の株式数を遡及的に調整するよう求めている。たとえば1:2分割を6月に実施した場合、1月から5月の株式数も2倍にして加重平均を計算する必要がある。
関連リソース
- 1株当たり利益計算ツール - 基本的EPSと希薄化後EPSの自動計算機能
- 連結財務諸表用語集:1株当たり利益 - IAS 33の主要概念と計算方法の詳細解説
- 株式分割・株式併合の監査ガイド - 資本取引が1株当たり利益に与える影響の監査手続