ISA 240における仕訳テストの位置付け

不正による重要な虚偽表示のリスクへの対応


ISA 240.31は、不正による重要な虚偽表示の推定されるリスクに対応する監査手続の設計と実施を求めている。仕訳テストは同基準の33項において、全ての監査業務で必須とされる手続として規定される。
これは標準的な取引テストとは根本的に性質が異なる。取引テストは財務諸表項目の正確性を確認するが、仕訳テストは経営者による統制無効化の可能性を探る。ISA 240.A40では、適切な承認を得ずに行われた仕訳や標準的でない仕訳に特に注意を払うよう指示している。

経営者による内部統制の無効化への対応


ISA 240.A38は、経営者が内部統制を無効化する手段として仕訳操作を使用する可能性を指摘している。内部統制が効果的に整備・運用されている企業でも、経営者の権限により仕訳の承認プロセスがバイパスされる危険性がある。
不正な仕訳の特徴には以下がある:

  • 通常の業務プロセスを経ずに入力された仕訳
  • 根拠資料が不十分または不適切な仕訳
  • 期末近くに計上された多額の調整仕訳
  • 異常な勘定科目の組み合わせを含む仕訳

仕訳テストの実施手順

母集団の特定と分析


ISA 240.A41に基づき、監査人はまず仕訳テストの対象となる母集団を特定する。これには会計期間を通じて計上された全ての仕訳と、期末および監査報告書日後の修正仕訳が含まれる。
効果的な母集団分析では、仕訳の頻度、タイミング、金額、計上者を検討する。月末・四半期末・期末に集中する高額の調整仕訳は特に注意を要する。また、通常は経理スタッフが入力する仕訳を経営者が直接入力している場合も、無効化のサインとして評価する。
総勘定元帳から電子データを入手できる場合、データ分析ツールを活用して異常なパターンを識別する。手作業による分析では見落としがちな微細な異常も、システム分析により検出可能となる。

選択基準とサンプル抽出


ISA 240.A42は、仕訳の選択基準を決定する際の考慮事項を列挙している。リスク評価の結果に基づき、以下の基準を組み合わせて選択を行う:
金額による選択: 設定した閾値を超える仕訳を全件テスト。閾値は実行重要性や個別重要性との関係で決定する。
性質による選択: 異常な勘定科目の組み合わせ、通常は使用されない勘定科目、関係会社取引に関連する仕訳を選択。
タイミングによる選択: 期末日前後、月末・四半期末に集中する仕訳、営業時間外に入力された仕訳を選択。
入力者による選択: 経営者や通常は仕訳入力を行わない者によって入力された仕訳、承認権限を超えて入力された仕訳を選択。

裏付け資料の検証


選択した各仕訳について、以下の検証手続を実施する:
承認プロセスの確認: 会社の承認方針に従って適切な承認が得られているか確認。承認印や電子承認の記録を検証し、承認者の権限も併せて確認する。
根拠資料の妥当性評価: 仕訳の根拠となる契約書、請求書、計算書類等の資料を入手し、金額・日付・取引内容の整合性を検証。特に期末修正仕訳では、見積りの基礎となった計算過程を詳細に確認する。
会計処理の適切性判断: 適用される会計基準に照らして、仕訳の計上時期、金額、勘定科目が適切か判断。特に収益認識、引当金計上、資産の減損等では、判断の根拠と妥当性を慎重に評価する。

実例による仕訳テストの実施

架空の事例:田中工業株式会社


企業概要: 田中工業株式会社(従業員数180名、年間売上高52億円)は精密機械部品の製造販売を行っている。3月決算の中堅製造業として、毎年外部監査を受けている。
発見事項: 期末修正仕訳のテストにおいて、以下の仕訳が発見された:
```
3月29日付 仕訳No. 2024-0389
売掛金 8,500,000円 / 売上高 8,500,000円
摘要:X社向け特別仕様品売上(3月分)
入力者:田中社長(通常は経理課長が入力)
承認者:なし
```
テスト手続の実施:
ステップ1. 根拠資料の入手
文書化ノート:X社との契約書、納品書、検収書を入手。ただし検収書の日付が4月5日であることを確認。
ステップ2. 収益認識の時点検討
文書化ノート:当社の収益認識方針では、顧客の検収時点で売上を認識する。3月29日時点では未検収であり、期末売上計上は不適切と判断。
ステップ3. 経営者への質問
文書化ノート:田中社長に質問したところ、「決算数値を良く見せるため早期計上した」と回答。意図的な虚偽表示と認定。
ステップ4. 修正の検討
文書化ノート:当該売上8,500,000円の取消修正を要求。個別重要性5,000,000円を超過するため、修正されない場合は監査意見への影響を検討する必要。
結論: 経営者による意図的な売上の早期計上と認定。修正仕訳の計上を求め、経営者の誠実性に関する疑念として監査チーム会議で議論する事項とした。

仕訳テスト実施時のチェックポイント

  • データの網羅性確認: 総勘定元帳から全ての仕訳データを入手し、期間中の仕訳件数・金額の合理性をチェック。ISA 240.A41の要求事項に準拠した母集団の確定。
  • 異常なタイミングの識別: 期末日前後5営業日、営業時間外、休日に入力された仕訳を特定。これらは通常業務の範囲を逸脱している可能性が高い。
  • 承認統制の有効性評価: 各仕訳の承認プロセスが社内規程に準拠しているか確認。特に高額仕訳や異例な勘定科目の組み合わせでは、適切な権限者による承認が必要。
  • 根拠資料との照合: 全ての選択仕訳について、契約書・請求書・計算書等の一次資料と金額・内容を照合。特に期末修正仕訳では見積りの合理性を詳細に検証。
  • 前年度との比較分析: 同一時期・同一性質の仕訳について前年度と比較し、異常な増減や新規に出現した仕訳パターンを識別。これは不正スキームの発見に有効。
  • 最重要事項: 発見事項は仕訳テストの範囲にとどまらず、内部統制の不備や経営者の誠実性に関する懸念として、監査チーム全体で共有・評価する。

よくある不備と対処法

  • サンプル抽出基準の不明確性: 金額・性質・タイミング・入力者という4つの観点から選択基準を明確に文書化し、選択理由を記録する。
  • 根拠資料の検証不足: 特に期末修正仕訳では、見積りの前提条件や計算過程まで立ち入って検証する必要がある。
  • 異常事項の評価不足: 発見した異常事項を単独で評価せず、他の監査証拠や内部統制の評価結果と併せて総合的に判断する。
  • 期末修正仕訳と通常仕訳の区別不足: ISA 240.A41は期中の仕訳と期末修正仕訳の両方をテスト対象とするよう求めている。修正仕訳のみに注目し、通常の営業取引に紛れた不正仕訳を見落とすケースがある。データ分析ツールによる全件スクリーニングが有効。

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