減損テスト計算機:医療機関向け | ciferi
医療機関は固有の減損リスクを抱えている。医療機関の資産基盤は、一般的な製造業と異なり、医療機器、建物、無形資産(患者との契約、医療システムへのアクセス権など)で構成されている。医療報酬体系の変化、患者数の減少、規制の厳格化によって、これらの資産の回収可能額が急速に低下することがある。特に地方の医療機関で...
医療機関の減損評価を効率化する
医療機関は固有の減損リスクを抱えている。医療機関の資産基盤は、一般的な製造業と異なり、医療機器、建物、無形資産(患者との契約、医療システムへのアクセス権など)で構成されている。医療報酬体系の変化、患者数の減少、規制の厳格化によって、これらの資産の回収可能額が急速に低下することがある。特に地方の医療機関では、人口減少や都市部への患者流出により、かつて当たり前だった患者数予測が成り立たなくなっている。
監基報360(ASBJ公開草案、2024年)は、減損テストを2段階で要求する。第1段階は指標の確認、第2段階は回収可能額の計算である。本計算機は、医療機関固有の資産区分と経営指標に対応した第2段階の回収可能額計算をサポートする。
医療機関が直面する減損リスク
患者数と診療報酬の連動リスク
医療機関の価値は患者数と平均単価で決まる。診療報酬改定は2年ごとに実施される。2024年度改定では基本診療料が引き上げられた一方、検査・画像診断料の加算要件が厳しくなった。この変化により、従来の患者数予測では回収可能額が達成できなくなる医療機関が出現している。計算機に患者数推移と診療単価を入力するときは、直近2年間の実績だけでなく、改定影響を織り込む必要がある。
医療機器の技術進歩
MRI、CT、内視鏡などの医療機器は技術進歩が速い。5年前に導入した装置は今日の新型機に比べて患者吸引力が大幅に低い場合がある。金融庁による2023年度監査監視レポートでは、医療機関の医療機器について、減損テスト実施時に技術陳腐化による価値低下を見落としたケースが複数指摘された。テスト時には、類似施設への新型機導入による患者奪取リスクを明示的に評価する。
建物と施設の老朽化
一般的な医療機関は耐用年数が長い建物(40年以上)で営業している。建物のメンテナンスコストの増加に伴い、資本的支出の予測が楽観的になりやすい。計算機では、建物の回収可能額推計時に、今後5年間の予想修繕費を営業キャッシュフローから控除するロジックが組み込まれている。
医療機関の回収可能額計算フロー
ステップ1:現金生成単位(CGU)の特定
医療機関では、一般的に施設全体がひとつのCGUである。ただし、大型病院で複数の診療科が独立採算制をとっている場合、各診療科がCGUになることもある。重要なのは、当該資産グループからの将来キャッシュフロー(FCF)が独立して測定できるかどうかである。計算機では、施設単位の入力フォームと複数診療科の集計フォームの両方を用意している。
ステップ2:使用価値の計算
医療機関の使用価値は、以下の3つの入力から計算される。
計算機は、これら3項目から営業キャッシュフローを計算し、割引率(WACC)で割り戻すことで使用価値を算出する。割引率は、公認会計士協会の減損に関する実務指針に基づき、リスクフリーレート3.0%と医療業界のリスクプレミアム3.5%から算出される。
ステップ3:公正価値の検討
取引可能な医療機関が少ないため、医療法人全体の売却事例から推定される取引ベースの価値との比較は限定的である。ただし、医療機関の譲渡事例が存在する地域では、利用可能な市場データを集めておく。公正価値と使用価値の乖離が大きい場合は、使用価値の仮定を見直す。
- 患者数予測:直近3年の患者数推移と今後5年の見通し。診療報酬改定の影響を考慮。
- 診療単価:診療科別、患者区分別(入院・外来)の平均診療単価。診療報酬改定による上昇率を反映。
- 営業費用:給与費、医薬品費、設備保守費、光熱費。特に人件費の上昇傾向を正確に見積もることが重要。
医療機関の減損判定で見落とされやすい項目
患者数減少の兆候
前年度比患者数が減少し始めたら、それは減損の指標である。2023年度までは全国的に患者数が安定していた医療機関でも、2024年度は初めて減少に転じた例が複数ある。計算機に入力する患者数予測では、直近の減少トレンドを過去の平均値に戻す根拠を明示する必要がある。根拠がなければ、減少トレンドをそのまま反映させるべき。
医療スタッフ不足による診療機能制限
看護師や医師の確保が困難になった医療機関では、診療時間を短縮したり、提供できる診療科を絞ったりしている。これは患者数と診療単価の両方に悪影響を与える。計算機の患者数フィールドに「診療科休止」「外来診療時間短縮」などの項目を入力し、その影響を定量化する。
設備投資の遅延
老朽化した医療機器の更新を延期している医療機関が増えている。この場合、時間の経過とともに患者吸引力が低下する。回収可能額計算では、設備更新のタイミングと更新に要する資本的支出をキャッシュフロー予測に組み込む。更新しない場合は、時間とともに患者数が減少する見通しを反映させるべき。
新型感染症リスク
COVID-19の経験から、医療機関は感染症による患者数の急減に対する脆弱性を認識している。ただし、減損テスト時の患者数予測に「パンデミックリスク」を明示的に織り込んでいる医療機関は少ない。公認会計士が減損テストをレビューするときは、感染症を含めた経済シナリオを検討するよう促すことが重要。
計算機の使用例:地方中核病院の減損テスト
医療法人山田会:基本情報
山梨県甲府市の医療法人山田会は、200床の地方中核病院である。2023年度の診療実績は外来患者数18,500人/年、入院患者数平均120人(稼働率60%)。入院診療単価は平均9.2万円、外来単価は平均1.5万円。建物(取得原価8億円、減価償却後簿価4.2億円)と医療機器(取得原価3.5億円、簿価1.8億円)が主要資産。
2024年度に入院患者数が前年比8%減少。診療報酬改定による単価上昇で部分的には補完されたが、スタッフ不足で診療科の休止も開始。経営層は減損の可能性を認識し、回収可能額テストを実施することを決めた。
患者数予測の入力
計算機の「患者数予測」タブに以下を入力。
計算機は3年の過去データからトレンドを自動計算。入院患者数は月均143人(稼働率71.5%)から、直近月の平均110人(稼働率55%)への下降トレンドを認識。ユーザーはこのトレンドを見て、将来見通しを手入力で修正するか、自動推計を受け入れるかを判断。
診療単価の見直し
2024年4月の診療報酬改定で、基本診療料は前年比0.5%上昇。入院基本料の段階も見直され、山田会は「急性期充実体制加算」の要件を満たさなくなった。平均入院単価は9.2万円から8.9万円へ低下。外来単価は検査料の加算廃止で、1.5万円から1.42万円へ。
計算機の「診療単価」セクションに、改定前後の単価を入力。2024年度:入院8.9万円、外来1.42万円。計算機は自動的に昨年比変動率を計算し、来年度以降の見通しに織り込むか手入力で修正するオプションを提供。経営層との協議で、2025年度は単価横ばい、2026年度以降は0.3%の緩やかな上昇を見込むと決定。
営業費用の見積もり
2023年度実績に基づき、営業費用を分類。
計算機のコスト構造分析では、患者数に連動する変動費(医薬品・医療材料費)と固定的な費用(給与、光熱費)を分離。これにより、患者数減少の経営への影響を定量化。
営業キャッシュフロー計算
計算機は、患者数×診療単価から診療収益を計算し、営業費用を控除してFCFを算出。
2025年度見通し:
計算機はこの計算を5年間繰り返し、合計FCFと割引現在価値を算出。
回収可能額の算定
計算機で設定された割引率(WACC)は7.5%。医療機関のリスクプレミアムは一般産業より高い(患者数変動リスク、規制リスク、人材確保リスク)。
使用価値計算:
| 年度 | 営業CF | 割引率 | 現在価値 |
|------|--------|--------|---------|
| 2025 | 1.19億円 | 1.070 | 1.11億円 |
| 2026 | 1.18億円 | 1.145 | 1.03億円 |
| 2027 | 1.17億円 | 1.226 | 0.95億円 |
| 2028 | 1.16億円 | 1.311 | 0.88億円 |
| 2029 | 1.15億円 | 1.402 | 0.82億円 |
| ターミナルバリュー | 11.5億円 | 1.402 | 8.20億円 |
| 合計使用価値 | | | 12.99億円 |
ターミナルバリューは、2029年度FCFに永続成長率0%を適用して算定。計算機は自動的にこれを計算し、感度分析オプション(割引率±1%、成長率±0.5%)を提供。
回収可能額と簿価の比較
使用価値が簿価を上回るため、減損の必要なし。ただし、患者数が毎年5%減少するシナリオでは、使用価値は9.2億円まで低下し、医療機器に減損を計上する必要が生じる。計算機の感度分析により、患者数が毎年3%以上減少するシナリオでは減損リスクが顕現化することが明らかになった。経営層はこの分析結果をもとに、患者確保施策の強化を決定。
- 2021年度:外来18,200人、入院実績稼働率58%
- 2022年度:外来18,800人、入院実績稼働率60%
- 2023年度:外来18,500人、入院実績稼働率60%
- 2024年度実績:外来17,300人、入院実績稼働率55%
- 給与費:年間4.8億円(全体の48%)。看護師不足により昨年度から200万円の加給。来年度さらに300万円の上昇予定。
- 医薬品・医療材料費:年間2.1億円。患者数と連動。患者数が5%減少すれば、この費用も約5%減少と想定。
- 電気・ガス・水道:年間8,000万円。建物の年齢(築30年以上)による効率低下で毎年2%上昇。
- 修繕費・設備保守:年間5,000万円。医療機器の老朽化により、今後毎年500万円ずつ増加と見積もり。
- 管理費:年間6,000万円。
- 診療収益:外来17,200人×1.41万円 + 入院110人×365日×8.9万円 = 2.43億円 + 3.57億円 = 6.0億円
- 営業費用:4.81億円(給与費上昇分含む)
- 営業キャッシュフロー:1.19億円
- 建物簿価:4.2億円
- 医療機器簿価:1.8億円
- その他資産簿価:0.8億円
- 合計簿価:6.8億円
- 使用価値:12.99億円
医療機関の減損テストに関する実務上の留意点
患者数予測の根拠資料
回収可能額計算で最も検討の多い要素は患者数予測である。監基報370.13では、内部情報に基づく予測の信頼性を評価するよう求めている。医療機関の場合、患者数予測の根拠には、病床稼働率の改善計画、新規診療科の開設計画、地域の人口動態などが含まれる。これらが経営計画書に記載され、実績と比較検証されているかが重要。
割引率(WACC)の設定
医療法人の多くは非営利法人であり、株式市場に上場していない。このため、ベータ値や資本コストを直接計測できない。計算機では、公認会計士協会の減損実務指針に基づき、医療業界固有のリスクプレミアム(3.5%~4.5%)を用いて計算される標準的なWACC(7.0%~8.0%)を採用している。個別医療機関の信用リスクが特に高い場合は、さらにリスク調整が必要。
公正価値との比較
医療機関全体の譲渡価格は、医療法人の事業承継市場で徐々に形成されている。近年、大型医療法人の統合・合併事例から、簿価に対する評価倍率(1.2倍~2.0倍)が参考データとなり始めた。計算機では、入力オプションで「譲渡価格比較法」による価値評価も行える。
監査人による評価
医療機関の減損テストは、以下の4点で監査人がしばしば課題を指摘する。
計算機の感度分析タブでは、これらの仮定の変動による影響を視覚的に表示し、監査人による検討をサポートする。
- 患者数予測の根拠が不十分:1年の実績減少で直ちに多年度の悪化を予測するのは根拠薄弱。3年以上のトレンド分析と経営計画との整合性の確認が必須。
- 割引率の計算が不適切:業界標準のWAACを機械的に適用し、個別医療機関のリスク要因(地方立地、スタッフ不足など)を加味していない例が多い。
- 営業費用の見積もりが楽観的:医療スタッフの給与上昇、医療機器更新費用の増加が過少見積もりされやすい。
- ターミナルバリューの永続性:医療機関の事業が「永遠に続く」という前提が、患者数減少地域では現実的でない。段階的な事業縮小シナリオも検討する必要。