仕組み
属性サンプリングの基本的な考え方は明確である。監査人が年間1,000件の請求書承認という統制をテストする場合、1,000件全てを検査することは効率的ではない。代わりに、無作為に選択した一定数の項目を検査し、その結果から母集団全体の統制の有効性を推測する。
監基報530.5Aでは、属性サンプリングのプロセスを4段階で説明している。第1段階は母集団を定義することである。何を対象とするのか、その母集団はいつの期間か、どの部門か。境界が曖昧なら結論も曖昧になる。第2段階はサンプルサイズを決定することで、ここで予想逸脱率(監査人が事前に見込む統制の失敗率)と許容逸脱率(監査人が許容できる最大失敗率)が関係する。許容逸脱率が2%で予想逸脱率が0.5%なら、サンプルサイズは比較的小さくなる。許容逸脱率が1%なら、より大きなサンプルが必要になる。
第3段階はサンプルの抽出である。無作為抽出が原則である。業務リスク評価で高リスクと判定した承認者の請求書ばかり選ぶのは、統計的に有効ではない。第4段階は結果の評価である。監基報530.A2で求められる評価は複雑だ。サンプル内で見つかった逸脱数から、母集団全体における推定逸脱率の上限(上限逸脱率)を計算する。その上限逸脱率が許容逸脱率以下なら、その統制は十分な証拠がある。上限逸脱率が許容逸脱率を超えたら、その統制に依拠することはできない。ただし上限逸脱率は点推定値ではなく、信頼度90%や95%での推定値である点が重要である。
統計的属性サンプリングと非統計的属性サンプリングの違いは、この計算に表を使うか、プロ判断を使うかの差である。統計的方法は再現性がある。非統計的方法は柔軟だが、同じ条件でも監査人によって異なるサンプルサイズになりうる。
実施事例:フォルトゥナ金属工業株式会社
クライアント:東京の金属製品製造業、2024年度決算、売上14億8,000万円、日本基準採用。
背景:フォルトゥナ金属工業は子会社を含めて200件超の月次売上計上処理がある。各処理は営業部長と経理部長の2段階承認が必要だ。監査人は「月次売上承認が適切に実施されているか」を統制テストで検証したい。
第1段階:母集団定義
対象期間:2024年4月~2025年3月
処理件数:245件(親会社売上計上のみ)
母集団特性:請求書番号順に昇番。3月は月末対応で250件あったが、4月振替は2件。実際の母集団は245件で確定。
文書化メモ:属性サンプリング計画書(様式第12号)に母集団として245件と明記、承認者の職務等を整理した。
第2段階:サンプルサイズ決定
許容逸脱率:2.5%(承認漏れは致命的だが、月1件程度なら許容)
予想逸脱率:0.5%(過去3年で承認漏れは年平均1~2件)
信頼度:95%(高い信頼性が必要)
この条件から、監基報530.6で許容される統計表(AICPA表またはOC曲線)を参照すると、サンプルサイズは約150件となる。
文書化メモ:統計表引用を記録。許容逸脱率2.5%、予想逸脱率0.5%、信頼度95%から、サンプルサイズ150件と決定。根拠を監査調書に添付。
第3段階:サンプル抽出
245件を体系的に選別。245÷150 = 約1.63。開始点を乱数生成器で決定(この場合は7番目の請求書)。以後1.63件ごと、つまり2件飛ばしで1件選ぶパターンで150件を抽出。結果、請求書番号7、10、13, 16……248。
文書化メモ:抽出方法(体系的無作為抽出)、抽出スケジュール(1.63間隔)、実際に選ばれた請求書番号リスト150件を監査調書に記載。
第4段階:結果評価
150件すべてを検査した結果、2件の逸脱を発見した。
150件中2件の逸脱。推定逸脱率 = 2÷150 = 1.33%。
ただし、母集団全体での逸脱率の上限(上限逸脱率、信頼度95%)を計算する。監基報530.A2で求められる評価方法を適用すると、上限逸脱率は約4.2%となる。
文書化メモ:抽出150件に対し逸脱2件。推定逸脱率1.33%。統計表より信頼度95%での上限逸脱率4.2%と計算。許容逸脱率2.5%と比較し、上限逸脱率4.2% > 許容逸脱率2.5%のため、この統制の効果は十分な証拠が得られなかったと判定。
結論
上限逸脱率4.2%が許容逸脱率2.5%を上回ったため、月次売上承認統制に依拠することができない。監査人は追加の実証的手続(例えば、売上が適切に計上されたことを請求書と照合する手続)を拡張する必要がある。この統制だけで売上主張に十分な信頼は置けない。
- 請求書番号89:経理部長承認なし。営業部長承認のみで計上。
- 請求書番号156:2段階承認は完了しているが、承認日付が売上計上日より1週間後。適時性を欠く。
査察で指摘される事項
- 第1段階の失敗:母集団の定義が曖昧であることが指摘されている。特に「月末日の処理をどこまで含めるか」「返品や修正仕訳をどう扱うか」が不明確な調書が多い。監基報530.A2は母集団の完全性を求めており、金融庁の2024年度モニタリングでは、母集団定義の不備が統制テストの証拠不十分の主たる原因と指摘された。
- 第2段階の根拠不備:許容逸脱率や予想逸脱率の設定に根拠を示さない監査人が多い。プロ判断という名目で「経験則で決めた」という説明では、査察官は納得しない。業務リスク、過去の不備状況、統制の重要性から、なぜその数値を選んだのかを説明する必要がある。
- 第3段階の非無作為抽出:業務効率化の名目で、体系的ではなく「高リスク期間を重点的に」選ぶケースが見られる。これは統計的サンプリングではなく、単なるリスク指向サンプリングであり、監基報530の属性サンプリング定義を満たさない。
- 第4段階の甘い結論:サンプル内で逸脱が見つかったのに「サンプルが小さいから母集団での逸脱は少ないと考える」という後付け判断をする監査人がいる。評価結果が許容水準を超えたら、その統制に依拠することはできない。これは統計学的な原則であり、プロ判断の余地はない。
属性サンプリング vs. 変数サンプリング
属性サンプリングは「統制が機能したか・していないか」という2者択1の結果を測定する。変数サンプリングは「金額がいくら誤っているか」という量的な誤謬を推定する。適用場面が根本的に異なる。
統制テスト(例:請求書の承認統制が機能しているか)には属性サンプリング。実証的テスト(例:売上の残高が正しく計上されているか、金額の誤謬はいくらか)には変数サンプリング。混同すると、監査の有効性が損なわれる。
関連する用語
- 統制テスト: 統制が設計どおりに機能しているかを検証する手続。属性サンプリングの最も一般的な適用場面である
- サンプリングリスク: サンプルに基づく結論が、母集団全体の実態と異なる可能性。属性サンプリングでは許容逸脱率と上限逸脱率の関係で表現される
- 無作為抽出: 統計的に有効なサンプルを得るための必須条件。監基報530.A1で明示的に求められている
- 監基報530(監査サンプリング): 監査におけるサンプリングを規定する基準。属性サンプリングと変数サンプリングの定義、適用、評価方法をカバーしている
- 許容逸脱率: 監査人が許容できる統制の失敗率の上限。サンプルサイズ決定の主要因
- 上限逸脱率: 推定される母集団での逸脱率の最大値(信頼度をもとに計算)。許容逸脱率との比較で統制の評価が決まる
関連ツール
フォルトゥナ金属工業の例のようなサンプルサイズ計算をシステマティックに実施するには、監基報530統計表計算機が役立つ。許容逸脱率、予想逸脱率、信頼度を入力すれば、必要なサンプルサイズが自動計算される。統計表を手作業で参照する手間を削減でき、同時に計算根拠が記録される。