目次
1. 監基報706の基本要件 2. 強調事項とその他事項の判定基準 3. 監査報告書への記載方法 4. 実務例に基づく適用 5. 実務チェックリスト 6. よくある誤用 7. 関連リソース
監基報706の基本要件
強調事項の定義と要件
監基報706第8項は強調事項の要件を4つ定めている。
第一に、財務諸表に表示または開示された事項であること。財務諸表に記載されていない事項は強調事項にならない。
第二に、監査人の判断により利用者の財務諸表の理解にとって極めて大きいこと。「大きい」ではなく「極めて大きい」。閾値が高い。
第三に、監査意見には影響しないこと。意見に影響する事項は限定意見または否定的意見の根拠となる。
第四に、監基報701(KAM)に基づいて報告される事項ではないこと。KAMとして記載した事項を強調事項として重複記載しない。
その他事項の対象範囲
監基報706第10項はその他事項を監査または監査人の責任に関連する事項と定義している。財務諸表に表示・開示されていない事項が対象。利用者の財務諸表の理解に関連する場合に記載する。
典型的な例としては、前期の監査人が異なること、特定の財務情報に対する監査手続の制約、法令により要求される追加的な報告責任がある。
記載の任意性と制約
両方とも監査人の判断による任意的な記載。ただし706第7項は「極めて」という高い基準を設けている。経験上、強調事項を乱発する調書を品管レビューで見かけることがあるが、頻繁な使用は監査報告書の情報価値を損なう。
強調事項とその他事項の判定基準
分類の流れ
判定は以下の順序で行う。
財務諸表に表示・開示されているか。表示・開示されている場合は強調事項の検討に進む。表示・開示されていない場合はその他事項の検討に進む。
強調事項の場合、利用者の理解にとって極めて大きいか。極めて大きい場合は強調事項として記載を検討する。そうでなければ記載しない。
その他事項の場合、監査または監査人の責任に関連し、利用者の理解に関連するか。該当すれば、その他事項として記載を検討する。該当しなければ記載しない。
判定が困難な境界事例
継続企業の前提への重要な不確実性は、監基報570第25項により監査報告書への記載が義務付けられている。706の強調事項ではない。独立した区分として記載する。ここを間違えるチームが意外と多いんですよね。
関連当事者取引は、財務諸表に開示されていれば強調事項の対象になる。開示されていないが監査上の制約があれば、その他事項の対象。
後発事象は、財務諸表に開示された後発事象で利用者の理解に極めて大きければ強調事項。監査報告書日後に発見された後発事象はその他事項。
監査報告書への記載方法
記載場所
706第9項により、強調事項は監査意見の直後、その他の報告上の責任の前に記載する。
その他事項は706第11項により、その他の報告上の責任の後に記載する。複数のその他事項がある場合は、監査人の判断により順序を決める。
標準的な文言
強調事項の例文:
``` 強調事項
監査意見に影響を与えるものではないが、財務諸表の注記○○に記載されている事項に対して利用者の注意を喚起する。注記○○には、○○年○月○日に発生した[具体的事象]について記載されている。当該事項は利用者の財務諸表の理解にとって極めて大きい。 ```
その他事項の例文:
``` その他事項
利用者の注意を以下の事項に喚起する。[具体的な監査上の事項]。この事項は監査意見には影響しない。 ```
表記上の留意点
見出しは「強調事項」「その他事項」とする。複数ある場合は見出しの下に項目を列記するか、「強調事項(継続企業の前提以外の不確実性)」等の具体的見出しを使用する。
実務例に基づく適用
設例:大木製作所株式会社
精密機械製造業、売上高42億円(2024年3月期)、従業員数285名、3月決算。
2024年3月25日、同社は主力製品の製造を担う子会社(大木精密工業株式会社、連結売上高の35%)の全株式を同業他社に22億円で売却した。売却益は2.8億円。財務諸表の注記15に後発事象として開示されている。
判定プロセスとして、まず財務諸表への表示・開示があるか確認する。注記15に記載あり。強調事項の対象となる。
次に極めて大きいかを評価する。売却対象は連結売上高の35%を占める主力子会社。売却価額22億円、売却益2.8億円。主力製品ラインの売却により事業構造が大幅に変わる。利用者の理解にとって極めて大きい。
監査報告書への記載例:
``` 強調事項
監査意見に影響を与えるものではないが、財務諸表の注記15に記載されている事項に対して利用者の注意を喚起する。注記15には、2024年3月25日に発生した子会社大木精密工業株式会社の株式売却について記載されている。当該売却は連結売上高の35%を占める主力事業の譲渡であり、利用者の財務諸表の理解にとって極めて大きい。 ```
調書には極めて大きいと判断した根拠を定量・定性両面から記載する。売却価額と連結売上高に占める割合を定量評価として文書化し、事業構造への影響を定性評価として文書化する。この判断根拠の文書化が薄いと、品管レビューで差し戻される。
実務チェックリスト
強調事項・その他事項の検討で確認すべき6項目。
1. 該当事項が財務諸表に記載されているか確認する。記載場所(損益計算書、貸借対照表、注記の何番)を特定し、開示内容が監基報の要求を満たしているか見る。
2. 定量的影響(金額、比率)と定性的影響(事業への影響、利用者の判断への影響)の両面から評価し、「大きい」と「極めて大きい」の違いを調書に残す。
3. 当該事項が監査意見(無限定、限定、否定、意見不表明)に影響を与えないことを確認する。影響がある場合は監基報705の適用を検討する。
4. 強調事項は監査意見の直後、その他事項はその他の報告責任の後に記載する。見出しと本文の文言が706の要求に沿っているか確認する。
5. 継続企業の前提への不確実性(監基報570)やKAM(監基報701)との重複や矛盾がないか確認する。
6. 強調事項・その他事項の記載が監査報告書の情報価値を損なうほど頻繁でないか検討する。706第7項の「極めて」という高い基準を常に意識する。
よくある誤用
継続企業関連の誤分類
継続企業の前提への不確実性を強調事項として記載するケースがある。監基報570第25項により独立した区分での記載が義務付けられている。強調事項ではない。CPAAOBの検査結果事例集でも繰り返し指摘されている項目。
財務諸表に未開示の事項を強調事項として記載
財務諸表に開示されていない事項を強調事項として記載するケースがある。706第8項により強調事項は財務諸表に開示された事項に限定される。未開示事項はその他事項で対応するか、開示の不備として限定意見を検討する。
監査意見に影響する事項の強調事項化
監査範囲の制約や会計処理の不備を強調事項として記載するケースがある。これらは監査意見に影響する事項であり、監基報705による限定意見または否定的意見の根拠。前提として、強調事項は「意見に影響しない」事項の記載手段であり、意見修正の代替手段ではない。
関連リソース
- 継続企業の前提 - 監基報570実務ガイド - 継続企業関連の監査報告書記載要件と強調事項との使い分け - 監査報告書作成ツール - 強調事項・その他事項を含む監査報告書の標準文例と作成支援 - 監査意見の種類と判定基準 - 無限定意見と限定意見の境界判定と監基報705の適用指針