現行版の要求事項
現行の監基報570.12は、監査人が経営者の継続企業評価を入手し、その妥当性を検討するよう求めている。基礎となる仮定の妥当性評価もこの検討に含まれる。
現場では、多くのチームが事象の識別と対応策の評価を一体のプロセスとして実施してきた。財務指標の悪化を見つけた時点で経営者に対応策を確認し、対応策の実行可能性を含めて一括で判断する。この流れ自体は基準違反ではないが、対応策が立派だと基礎にある問題の深刻さを過小評価してしまうリスクがある。
改訂版の変更点
570改訂版は評価プロセスを2段階に分離する。
第1段階:事象・状況の識別(グロスベース)
経営者の対応策を考慮せずに、疑義を生じさせる可能性のある全ての事象・状況を識別する。財務的・営業的指標、法的・組織的事象を洗い出す。
具体的に検討するのは以下の項目になる。
- 財務指標の悪化(流動比率、債務償還能力等) - 営業キャッシュフローの継続的マイナス - 借入金の期限到来と返済能力 - 主要な顧客・供給業者の喪失 - 労働争議、法的問題、財務制限条項の抵触
第2段階:対応策を含む総合評価
識別した事象・状況に対する経営者の対応策の妥当性を評価し、それらを考慮した上で継続企業の前提への疑義の程度を判断する。対応策の個別評価では以下を検討する。
- 対応策の具体性と実行可能性 - 必要な期間内での効果発現の見込み - 外部要因への依存度(銀行の同意、取引先の協力等) - 過去の類似対応策の実績
施行時期
改訂版は2026年12月15日以降開始事業年度から適用。早期適用は認められている。日本では企業会計審議会による正式な翻訳と公表を待って適用となる見込み。
文書化要件の変更
改訂版では、2段階の評価プロセスがそれぞれ明確に文書化される必要がある。現行の一体型の文書化では不十分。調書のテンプレートを2段階構造に組み替える作業が発生する。
実務例による比較
設例企業:田中製造株式会社(資本金5,000万円、従業員120名)。主力製品の需要減により2期連続で営業損失、流動比率0.8、借入金返済期限まで8か月。
現行版による評価
流動比率0.8と営業損失の継続を確認した時点で、経営者に対応策を質問する。経営者から「新製品開発による売上回復」「設備売却による資金調達」「借入金の期限延長交渉」を聴取。各対応策の実現可能性を検討し、「これらの対応策が実行されれば継続企業の前提に疑義なし」と結論。
調書の記載例:「流動比率の悪化と営業損失があるが、新製品開発等の対応策により継続企業に問題なし。」
改訂版による評価
第1段階:事象識別(対応策考慮前)
1. 流動比率0.8(1.0を大幅に下回る) 2. 2期連続営業損失(改善の兆し見えず) 3. 借入金8億円の期限まで8か月(手元現金1.2億円のみ) 4. 主力製品市場の構造的縮小(一時的な需要減ではない)
第1段階の結論:これらの事象は継続企業の前提に疑義を生じさせる。
第2段階:対応策評価
1. 新製品開発 — プロトタイプ完成は12か月後、効果発現は18か月後見込み。期限に間に合わない。 2. 設備売却 — 簿価2億円の設備で1.5億円程度の売却見込み。部分的な効果にとどまる。 3. 借入金期限延長 — メイン銀行から前向きな反応あり。実現可能性は高い。
第2段階の結論:対応策により疑義は軽減されるが、完全には解消されない。疑義が残存。
結論の相違
現行版では「問題なし」、改訂版では「疑義あり」。正反対の結論になった。改訂版のほうが基礎的なリスクを拾えている。正直、現行版の結論を見返すと怖くなる。対応策の見栄えに引きずられて、足元のリスクを素通りしていたということだから。
移行準備チェックリスト(2026年適用開始前)
テンプレートの更新
- 第1段階用のチェックリスト作成(対応策の記載欄を削除する) - 第2段階用の対応策評価シート作成 - 2段階の評価結論を明確に区分する欄の追加 - レビュアーのチェックポイント更新
チーム研修
- 現行版と改訂版の相違点の説明 - 2段階評価の実習演習 - 上記の田中製造のような事例研究での判断の一貫性確保
適用開始後の留意点
第1段階の実施時:経営者の楽観的な説明に引きずられない。客観的な指標・事実のみに基づく識別を徹底する。「対応策があるから大丈夫」という発言は第2段階で検討する項目であって、第1段階では無視する。
第2段階の対応策評価基準:実行計画の具体性、実現に必要な期間と効果発現時期、外部の協力(銀行、取引先等)への依存度。
既存ファイルの修正が必要なケース
以下に該当するファイルは改訂版では審査を通らない可能性が高い。
- 事象識別と対応策評価が一つの判断欄に統合されている - 「対応策により問題なし」で評価が終了している - 対応策の検討なしに「疑義なし」と結論している - 第三者(銀行等)への依存度が評価されていない
判定境界線の変化
改訂版では、現行版で「疑義なし」とされていた状況の一部が「疑義あり」に分類される可能性がある。特に以下の状況は要注意。
- 財務指標は悪化しているが、将来の改善策がある - 短期的な資金不足があるが、資産売却で対応予定 - 業界全体の不況下にあるが、自社の対応策は具体的
改訂版の適用により、継続企業に関する除外事項付意見や追記情報の件数は増加するだろう。これは基準の厳格化ではなく、リスク把握の精度が上がった結果と捉えるべきもの。
関連リソース
- 継続企業評価の実務ガイド - 基本概念と評価手法 - 監基報570チェックリスト - 実務で使える評価項目一覧 - 財務分析比率計算ツール - 継続企業評価に必要な指標計算
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