目次

主要変更点の概要

現行監基報240での取扱い


現行監基報240.26では、監査人は経営者による内部統制の無効化の可能性を考慮しなければならないと定めている。ただし、この考慮は「推定される」不正リスクとして位置づけられ、監査人の判断により重要性を決定できた。多くの調書では、このリスクを通常のリスク評価手続の中で処理している。
職業的懐疑心についても、現行版では監基報240.12で「保持する」ことを求めているが、具体的な文書化までは要求していない。実務では、監査調書に散発的にコメントが記載される程度にとどまることが多い。

改訂監基報240での変更


改訂版の最も重要な変更は監基報240.26Aにある。経営者による内部統制の無効化リスクは「常に重要な」リスクとして識別しなければならない。監査人の判断余地は残されていない。このリスクに対しては監基報315改訂版の重要なリスクの要求事項が全て適用される。
職業的懐疑心の文書化は、新設された監基報240.16Aで明示的に要求されている。監査人が職業的懐疑心を適用した状況、その理由、結論に至った思考過程を文書化する必要がある。これは単なるコメント記載ではなく、体系的な記録が求められる。

施行時期と移行措置


改訂監基報240の施行は2026年12月15日以降に開始する事業年度から。早期適用は認められている。移行期間中は、新規エンゲージメントでは改訂版、継続エンゲージメントでは現行版の適用も可能だが、実務上は統一した適用が推奨される。

経営者による内部統制無効化リスクの扱い

現行版:条件付きの重要なリスク


現行監基報240.26では「経営者が内部統制を無効化する可能性を考慮しなければならない」と定めている。この「考慮」は、状況に応じて重要なリスクとして識別するかを判断することを意味していた。小規模企業や統制環境が良好な企業では、このリスクを通常レベルで評価することも許容されていた。
実際の調書では、経営者アクセス権限の評価、承認統制の有効性評価の中で処理され、独立した重要なリスクとして設定されないケースが大半を占める。

改訂版:無条件の重要なリスク


改訂監基報240.26Aは明確に規定している。「監査人は、財務諸表の重要な虚偽表示をもたらす不正に関して、経営者が内部統制を無効化するリスクを重要なリスクとして識別しなければならない。」
この変更により、企業規模、統制環境、過去の監査結果に関係なく、全てのエンゲージメントで経営者による内部統制無効化リスクは重要なリスクとして扱われる。監査人の判断余地はない。
重要なリスクとして識別した以上、監基報315改訂版の要求事項が全て適用される。リスクの性質・時期・範囲を十分に理解し、統制テストと実証手続の両方を実施し、監査チーム内での議論と上級監査人によるレビューが必要となる。

職業的懐疑心の文書化要求

現行版:暗示的な要求


現行監基報240.12は「監査人は、不正による重要な虚偽表示の可能性を認識し、監査の全過程を通じて職業的懐疑心を保持しなければならない」と定めている。しかし、この「保持」が具体的にどのような文書化を伴うかは明示されていない。
実務では、監査調書に「経営者説明を鵜呑みにせず検討した」「追加的な証拠を入手した」程度のコメントが散見される。体系的な職業的懐疑心の記録は稀。

改訂版:明示的な文書化義務


新設された監基報240.16Aは、職業的懐疑心の適用について文書化を明確に要求している。文書化すべき内容は3つ:
この文書化は監査調書の随所に散在するのではなく、不正リスク評価の中で体系的に整理される必要がある。

  • 職業的懐疑心を適用した状況:どの手続で、どのような情報に対して懐疑心を働かせたか
  • 懐疑心を適用した理由:なぜその情報や説明に疑問を持ったか、何が引き金となったか(例:売上カットオフテストで期末3日間に通常月の2倍の売上が集中していた場合、ISA 240.A35に基づく不正リスク指標として識別)
  • 結論に至った思考過程:追加手続の実施、代替的説明の検討、最終的な判断とその根拠
  • 入手した証拠と矛盾の解消:ISA 500.11に基づき、相反する証拠がある場合にどのように矛盾を解消したか(例:経営者説明と出荷記録の不一致について、配送業者への直接確認で解消した経緯)

実務例:田中製造株式会社のケース

企業概要

現行版での処理(2026年3月期まで)


ステップ1:経営者無効化リスクの検討
経営者は創業者家族が占める。取締役は5名、うち3名が同族。小規模企業として、日常的な取引についても経営者の関与度が高い。現行基準では、この状況を踏まえ「経営者による内部統制無効化のリスクは存在するが、同族経営の透明性と過去の監査結果を考慮し、通常レベルのリスクとして評価する」と判断した。
文書化:リスク評価調書に3行のコメント記載
ステップ2:対応手続
通常の内部統制評価の中で経営者権限を検討。仕訳テストで経営者承認取引を抽出し、合理性を確認。追加手続は実施せず。
文書化:既存の内統制テスト調書内に組み込み
ステップ3:職業的懐疑心の記録
各手続の調書に「経営者説明の合理性を検討」程度のコメント。体系的な記録なし。
文書化:散発的なコメントのみ

改訂版での処理(2027年3月期以降)


ステップ1:重要なリスクとしての識別
監基報240.26A に基づき、経営者による内部統制無効化リスクを重要なリスクとして必ず識別。企業規模や過去の結果は考慮要素とならない。
文書化:重要なリスク調書に独立項目として記載、リスクの性質・時期・範囲を詳述
ステップ2:重要なリスクへの対応
監基報315改訂版に従い、統制テストと実証手続の両方を実施。経営者がアクセス可能な全ての財務報告プロセスを識別し、各プロセスでの無効化可能性を評価。月次決算プロセス、期末修正仕訳、関連当事者取引について強化された手続を実施。
文書化:重要なリスク対応調書を作成、手続の選択理由と実施結果を詳述
ステップ3:職業的懐疑心の文書化
監基報240.16A に従い、体系的な記録を作成。月次売上の急激な増加について経営者に質問したが説明が曖昧だった状況、追加的な売上カットオフテストを実施した理由、得られた証拠から売上計上の適切性を確認した思考過程を文書化。
文書化:職業的懐疑心適用調書を作成、状況・理由・思考過程を体系的に記録
ステップ4:監査チーム内議論
重要なリスクとして識別したため、監査チーム全体での議論が必要。パートナーレベルでの詳細なレビューも実施。
文書化:チーム議論調書、パートナーレビュー調書を作成

工数への影響


現行版:不正リスク評価 8時間、改訂版:不正リスク評価 16時間、職業的懐疑心の文書化 4時間、追加調書作成 6時間。改訂版では追加で18時間の工数増加。

  • 田中製造株式会社(金属部品製造業)、売上高:12億円、従業員:85名
  • 監査対象:2027年3月期(改訂基準適用初年度)

移行チェックリスト

2026年中に完了すべき準備

2027年3月期監査での実施項目

  • 調書テンプレートの更新
  • 重要なリスクとしての経営者内部統制無効化リスクを組み込んだテンプレート作成
  • 職業的懐疑心の文書化用調書テンプレート作成
  • 監基報240.26A、240.16Aへの準拠確認
  • 監査手続書の改訂
  • 全エンゲージメントで経営者無効化リスクを重要なリスクとして識別する手続書
  • 重要なリスクへの対応手続(統制テスト・実証手続両方)の標準化
  • 職業的懐疑心適用場面の特定と文書化手順
  • チーム研修の実施
  • 改訂基準の主要変更点に関する研修
  • 職業的懐疑心の文書化方法に関する実務研修
  • 調書作成の実習と品質確認
  • 工数見積の見直し
  • 改訂基準適用による追加工数の算定(平均18-25時間増加を想定)
  • 監査報酬への反映の検討
  • エンゲージメントスケジュールの調整
  • 経営者無効化リスクの重要なリスクとしての識別
  • 企業規模・業種・統制環境に関係なく、全てのエンゲージメントで実施
  • リスクの性質・時期・範囲の十分な理解と文書化
  • 強化された対応手続の実施
  • 統制テストと実証手続の両方を実施
  • 監査チーム内での議論とパートナーレベルでのレビュー
  • 経営者がアクセス可能な全財務報告プロセスの評価

よくある移行時の誤解

誤解1:小規模企業では経営者無効化リスクを軽微に扱える
改訂版では企業規模に関係なく、常に重要なリスクとして識別する必要がある。現行版での判断余地は完全に排除された。
誤解2:職業的懐疑心の文書化は従来のコメント記載で十分
新設された監基報240.16Aは体系的な文書化を要求している。状況・理由・思考過程の3要素を含む独立した調書作成が必要。
誤解3:早期適用しなければ2027年3月期は現行版で監査できる
施行日は2026年12月15日以降開始事業年度。2027年3月期は改訂版の適用が必要。

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