この記事で学べること

  • IFRS 13の3段階ヒエラルキーに対応した監査手続の設計方法
  • 各レベルで必要な証拠の種類と監査調書への記載内容
  • 評価技法の妥当性を判定する具体的なチェックポイント
  • 開示の十分性を検証する監基報540.13の適用方法

この記事で学べること

  • IFRS 13の3段階ヒエラルキーに対応した監査手続の設計方法
  • 各レベルで必要な証拠の種類と監査調書への記載内容
  • 評価技法の妥当性を判定する具体的なチェックポイント
  • 開示の十分性を検証する監基報540.13の適用方法

目次

IFRS 13の公正価値測定とは

IFRS 13.9は公正価値を「測定日時点で市場参加者間の秩序ある取引において、資産の売却により受け取るであろう価格または負債の移転のために支払うであろう価格」と定義している。この定義における「市場参加者」「秩序ある取引」「主要市場」の概念が、実際の監査手続に直結する。
監査人が理解すべき核心は、公正価値が帳簿価額や取得原価ではなく、出口価格(exit price)を表すことだ。IFRS 13.24は明確に述べている:公正価値測定は市場ベースの測定であり、企業固有の測定ではない。つまり、被監査会社が「この資産を手放すつもりはない」と主張しても、監査人は市場参加者の視点で測定の妥当性を判定する必要がある。
監基報540.8は、会計上の見積りには不確実性が伴うことを認めつつ、監査人に対し見積りの合理性について十分かつ適切な監査証拠を入手するよう求めている。公正価値測定では、この「十分かつ適切」の基準がヒエラルキーのレベルによって変わる。

3段階ヒエラルキーと監査手続

IFRS 13.72からIFRS 13.90は、公正価値測定を3つのレベルに分類している。監査人はこのレベル分類の妥当性を検証し、各レベルに応じた監査手続を実施する必要がある。

レベル1:活発な市場の相場価格


レベル1の測定では、同一資産または負債の活発な市場における無調整の相場価格を使用する(IFRS 13.76)。監査人の手続は比較的単純だが、「活発な市場」の要件を慎重に確認する必要がある。
主な監査手続:
監基報500.A29は、外部情報源から入手した監査証拠の信頼性について、情報源の独立性と権威を考慮するよう求めている。Bloomberg価格を使用する場合、その価格がどのように算定されているか(実際の取引価格か理論価格か)を確認し、調書に記載する。

レベル2:観察可能インプット


レベル2では、直接観察可能なインプット(類似資産の価格、金利曲線等)または間接的に観察可能なインプット(類似資産の価格から導出される価格)を使用する(IFRS 13.81)。
レベル2測定の監査手続:
監基報620.8は、監査人が専門家の業務を利用する際の要件を定めている。外部評価機関のレポートを利用する場合、その評価機関の適格性、客観性、前提条件の合理性を評価する必要がある。単に「専門家が作成したから正しい」とは言えない。

レベル3:観察不可能インプット


レベル3は最も複雑で、重要な観察不可能インプットを含む測定だ(IFRS 13.86)。監査人は経営者の仮定と評価技法の妥当性を詳細に検討する必要がある。
レベル3測定の拡張監査手続:
監基報540.13は、会計上の見積りに重要な虚偽表示リスクがある場合、監査人は次のいずれかまたは両方の手続を実施するよう求めている:(a)経営者が見積りを行うために使用した手法の評価と検証、(b)独立した見積りの作成。レベル3測定では、多くの場合この要件が適用される。

  • 相場価格の直接確認(Bloomberg、Reuters等の外部データソースとの照合)
  • 市場の活発性の評価(取引頻度、売買スプレッド、価格変動性の検討)
  • 期末日近接価格の入手と期末調整の妥当性確認
  • 類似資産・負債の比較可能性の評価
  • 観察可能インプットのソースと信頼性の確認
  • 評価モデルにおける調整項目の妥当性検証
  • 第三者評価機関を使用している場合の専門性と独立性の評価
  • 評価技法の適切性と一貫性の検証
  • 重要なインプットの根拠と合理性の検討
  • 感応度分析の実施とレビュー
  • 独立評価の実施または専門家の関与

評価技法の妥当性判定

IFRS 13.61-66は、市場アプローチ、コストアプローチ、インカムアプローチの3つの評価技法を定めている。監査人は経営者が選択した技法が当該資産・負債に適切かを判定する必要がある。

市場アプローチ


市場アプローチでは、同一または類似の資産・負債に関する市場取引によって生み出された価格等の情報を利用する(IFRS 13.B5)。
監査上の論点:
監査人は類似取引の選定ロジックを理解し、重要な差異がある場合の調整方法を検証する。単に「類似している」という理由だけでは不十分。業界、規模、リスク特性、取引条件の類似性を具体的に評価する。

インカムアプローチ


インカムアプローチでは、将来キャッシュフローの現在価値を算定する(IFRS 13.B10)。DCF法が代表的な手法。
監査上の重要ポイント:
監基報540.A126は、将来の状況や事象に関する経営者の仮定について、監査人は過去の類似の仮定の正確性や、仮定の根拠となる経営者の計画の実現可能性を考慮するよう求めている。DCF評価では、この要件が特に重要。

コストアプローチ


コストアプローチでは、現在、資産の機能的効用を提供するのに要する金額を反映する(IFRS 13.B8)。置換原価から経済的陳腐化等を控除した金額。
監査手続での着眼点:
不動産や専用設備の評価で使われることが多い。監査人は不動産鑑定士等の専門家レポートをレビューし、評価の前提条件と手法の合理性を確認する。

  • 比較対象取引の選定基準と合理性
  • 比較対象との差異調整の適切性
  • 市場データの鮮度と信頼性
  • IFRS 13.B6に基づくマトリックスプライシング等の調整手法の検証
  • 将来キャッシュフロー予測の根拠と合理性
  • 割引率の算定基礎と妥当性
  • 予測期間設定の合理性
  • 継続価値(ターミナルバリュー)の算定方法
  • 置換原価の算定基礎(建設単価、設備価格等)
  • 物理的劣化の評価方法
  • 機能的陳腐化・経済的陳腐化の認識基準
  • IFRS 13.B9に基づく最有効使用(highest and best use)の前提と現在の使用目的との整合性確認

実務事例:田中精機の公正価値監査

被監査会社: 田中精機株式会社
本社: 愛知県名古屋市
事業: 自動車部品製造
売上高: 48億円
従業員: 420名
田中精機は投資有価証券として以下を保有:

レベル1:上場株式の監査


手続: 期末日の終値をYahoo Finance Japanと日経新聞データベースで照合。全銘柄で一致を確認。
監査調書記載例:「2024年3月29日終値について、Yahoo Finance(トヨタ自動車:2,847円)と日経データベース(同額)で照合。差異なし。市場の活発性については、過去3ヶ月の日次売買代金が平均180億円超であることを確認。」

レベル2:私募債の監査


手続: 類似する上場債券(同業種、同格付、同年限)の利回りを参照し、流動性プレミアム調整後の理論価格と帳簿価額を比較。
監査調書記載例:「参照債券:住友電工2027年満期債(格付A、残存年数3.2年、利回り0.85%)。流動性プレミアム0.40%を加算し、割引率1.25%でDCF計算。理論価格3.48億円vs帳簿価額3.50億円。差異0.6%につき重要性以下。」

レベル3:未上場株式の監査


田中精機の子会社である田中テクノロジー株式会社(持分60%、簿価2.8億円)をDCF法で評価。
経営者の評価前提:
監査手続:
監査調書記載例:「DCF評価について独立計算を実施。売上成長率8%は新製品A-300の受注見込み(2025年度15億円)に基づく。取引先のコミットレターで裏付け確認済。WACC 10.5%は当方計算値10.8%との差異0.3%。感応度分析レンジ内であり合理的と判断。」
結論: 帳簿価額2.8億円は合理的な評価レンジ内に収まる。

  • 上場株式(レベル1):12億円
  • 私募債(レベル2):3.5億円
  • 未上場株式(レベル3):2.8億円
  • 売上成長率:年率8%(5年間)
  • EBITDA率:12%で安定
  • 割引率:10.5%(WACC)
  • 継続価値成長率:2%
  • 過去実績との比較:過去3年の売上成長率は年率6%。8%成長の根拠として新製品投入計画を入手し、実現可能性を検討。
  • 割引率の検証:同業上場企業のβを基準とした資本コストモデルで再計算。結果:WACC 10.8%。
  • 感応度分析:成長率±2%、割引率±1%で価値レンジを算定。結果:2.3億円〜3.4億円。

実務チェックリスト

  • ヒエラルキー分類の妥当性確認 - IFRS 13.72-90に基づく分類が正しく行われているか。レベル間の境界判定を特に慎重に。
  • レベル1測定の市場活発性確認 - 相場価格の取引頻度、売買スプレッド、価格変動性を評価。活発でない市場をレベル1として誤分類していないか。
  • レベル2測定の観察可能性検証 - インプットが真に観察可能か。類似資産の比較可能性は十分か。調整項目の合理性はあるか。
  • レベル3測定の評価技法適切性 - 市場・コスト・インカムアプローチの選択理由は妥当か。複数技法使用時の加重平均方法は合理的か。
  • 専門家関与時の監基報620.8準拠 - 外部評価機関の適格性、独立性、業務範囲の明確性。評価報告書の前提条件と制約事項の理解。
  • 開示の網羅性確認 - IFRS 13.93の開示要求(レベル別金額、評価技法、重要なインプット、期中変動)がすべて満たされているか。

よくある誤り

  • 活発でない市場をレベル1分類 - 取引頻度の低い上場株式をレベル1として処理。実際にはレベル2またはレベル3に該当する可能性。
  • レベル3の感応度分析不備 - DCF評価で主要前提を固定し、感応度分析を実施しない。監基報540.A126の要求に不適合。

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