Definition
繁忙期の終盤、報告書ドラフトのレビューで「これはKAMに入れるべきか、その他の事項に入れるべきか」と判断が割れることがある。正直、入所3年目までこの違いは曖昧なままだった。監査意見の根拠に含めるか含めないか、その線引きを誤ると、報告書全体の意味合いが変わってしまう。
重要なポイント
- その他の事項に関する段落は、監査意見の根拠となる監査手続の範囲外にある情報を開示する手段である - 経営者が開示を拒否した場合、監査人は段落の挿入か意見の修正を判断する - 利用者企業の内部統制が機能していない領域や、監査対象外の重要な会計方針の変更が該当しやすい - KAMと違い、その他の事項に関する段落は監査意見そのものには影響しない
仕組み
監基報706号は、監査人が以下の判断を経て段落の挿入を決めるよう求めている。
第1段階では、監査の過程で識別された事項のうち、監査意見の根拠に含めるべきではないものを特定する。ここは監査人の職業的判断が大きく作用する。監査範囲外の会計処理(グループ会社の除外部分など)、経営者の判断の幅が大きい領域(事業譲渡後の事後評価など)、または非監査対象の前年度事項が該当することがある。
第2段階では、経営者とコミュニケーションを取り、当該事項を報告書に記載する旨の承認を得る。監基報701号のKAMとは異なり、706号の段落は経営者の承認なしで記載できる場合もある。実務では事前協議が慣行となっている。
第3段階では、段落の記載位置を決める。監査意見の直後、KAMの項目(存在する場合)の前に位置付けるのが一般的。複数の事項がある場合、関連性に基づいてグループ化する。
具体例:中堅製造企業での記載
事例企業:田中機械工業株式会社 東京拠点の金型製造業者。2024年度売上9,500万円。IFRS適用。
段階1:重要事項の特定 監査の過程で、グループ内の関連会社(出資比率25%、売上に対する影響度2%以下)の経営成績が監査対象に含まれていないことが判明した。当該関連会社は持分法により親会社の決算書に反映されているが、詳細な監査手続は実施していない。この事項は、監査意見の妥当性を理解する上で背景情報となる。
文書化ノート:「関連会社X社の監査範囲外との記載は、監査計画の『除外対象』欄で当初から明記されていた。期首会議議事録に記載あり。」
段階2:経営者との協議 CFOに対し、監査報告書にこの事項を記載する意向を伝えた。経営者からは「持分法の規定上、詳細な監査が不要と理解していた。その旨を報告書に記載することで、監査人と経営者の見解の相違がないことが明確になるなら、異存ない」との回答を得た。
文書化ノート:「2024年2月15日、CFOとのメール。『Other matter paragraph関連会社X社について同意』との返信を監査ファイルに保存。」
段階3:段落の作成と配置 以下の段落を監査意見の直後に挿入した。
「当事務所の監査の範囲は、持分法の規定に準拠し、出資比率及び影響度に基づき、a社については詳細な監査手続を実施していない。同社の経営成績は親会社の決算書において持分法により反映されている。この事項は、監査意見の形成に影響を与えるものではないが、財務諸表の利用者が監査の範囲を理解する上で参考となるものと判断し、報告する。」
結論 その他の事項に関する段落の記載は、監査の透明性と利用者への情報提供を強める。記載の有無、記載内容の双方が監査人の職業的判断であり、経営者の事前了解と十分な文書化が実務上の標準となる。
監査人と利用者が誤解しやすい点
- 誤り1:KAMとの混同 監基報701号の主要な監査上の事項は監査意見の根拠の一部であり、706号の段落は範囲外の情報。2つは並行して存在しうるが、概念として別物である。経験上、調書では「重要性が高い=KAMまたはその他事項」と安易に分類されがち。正しくは「監査意見の形成に影響したか、していないか」で分ける。
- 誤り2:経営者の承認がなければ記載不可と解釈 監基報706号.13では、経営者が開示を希望しない場合でも、監査人が開示しないことを「選択できる」とされる。これは「禁止」ではなく「選択肢」。実務では、開示しないことで監査報告書の利用者価値が著しく下がる場合、監査人は独立した判断で記載することもある。法務的リスクがあるため、事前協議が慣行。
- 誤り3:段落の記載により監査意見が修正される その他の事項に関する段落は情報開示であり、監査意見の修正(不適正意見への変更等)ではない。監査報告書のトーンが変わるため、利用者には「何か問題がある」と読まれることもあるが、通常は意見の形成に影響していない。
関連用語
- 主要な監査上の事項(KAM) 監査人が監査の過程で識別した、財務諸表の監査において最も重要な事項。監基報701号で定義される。
- 監査報告書の修正 不適正意見、限定付き適正意見、強調事項段落への変更。意見そのものの修正。
- 利用者の存在 監査報告書の読者は誰か。経営者、監査委員会、規制当局、投資家等により解釈が異なる。
- 監査範囲の外 監査人が監査手続の対象としなかった領域。関連会社の除外、非監査対象年度、限定的な証拠入手。
- 監査計画 初期段階で識別すべき除外対象や監査範囲の制限事項。期首の決定文書に記載される。
- 内部統制の限界 経営者による改ざんが防止・発見されない領域など、設計上の限界。通常はその他事項の対象外。
関連するCiferiツール
その他の事項に関する段落の判定フローと記載例を体系化したテンプレートが、ciferiの監査報告書作成補助ツールに含まれている。監基報706号の各判断段階に対応したチェックリスト、および英語版テンプレートの日本語参照版が利用できる。
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