Definition
CPAAOBの検査結果事例集では、不正リスク評価が「動機のスクリーニングで完了」になっている調書が繰り返し指摘されている。動機だけを見て、機会と正当化の評価を省略する。ISA 240.A13-A14が定める不正のトライアングルは、この偏りを防ぐための枠組みである。
各要素の内容
動機とは、経営者や従業員が不正を実行しようとする理由。売上目標の未達、借入金返済期限の迫った負債、競争による市場シェア喪失など、外部からも観察可能な要素が多い。ISA 240.A14では、これらの圧力が重大な不正リスクをもたらすと指摘している。
機会は、不正を実行できる環境のこと。売上計上プロセスの複雑さ、期末の決算変更の自由度、不十分な牽制機能、経営者による監視回避の可能性など、企業の特性に応じて異なる。循環取引のように、取引先との共謀で内部統制を迂回するケースでは、機会の評価が特に難しくなる。
正当化は、不正行為を「不正」と認識しない心理的メカニズム。「業界ではこうしている」「一時的なもので来期には戻す」といった言い訳が典型だが、経験上、本人たちは本気でそう信じている。「悪いことをしている」という自覚がないからこそ、面談でも自然に振る舞える。
動機と機会が強く、正当化が比較的弱い場合でも、強い圧力下では不正が発生する。3要素すべてが高い強度で揃う場合にリスクが最大化するが、実務では要素間のバランスが均等でないケースのほうが多い。
実務例:フロンティア物流サービスの不正リスク評価
対象企業は日本の中堅物流企業、2024年度、売上4億8,000万円、日本基準報告。
フロンティア物流サービスは過去3年間で4つの新規顧客を獲得し、売上が年率15%で成長していた。同期間に営業利益率は6%から2.5%に低下。売上は伸びているのに利益率が下がっている。この乖離が最初のシグナルだった。資金繰り表と月次営業利益率の推移をファイルに添付し、銀行融資の返済スケジュールを確認した。
動機について。代表取締役は3年以内のIPOを目指していた。金融機関からの借入金は毎年3,000万円返済が必要で、新規顧客獲得後の利益減少は融資担当者との信頼関係を損なうおそれがあった。銀行との融資契約書の条項を確認し、赤字の場合の報告義務を調書に記載した。
機会について。売上認識は納品時点を原則としていたが、月末3日以内に納品予定の案件についてはシステムへの前倒し入力が慣行的に行われていた。請求書発行と売上計上の時間差が最大5日。2024年3月と6月の売上日付と請求日付のレコンシリエーションを実施し、月末から月初にかけての売上の異常値を特定した。
正当化について。営業部員との面談では「顧客から納品予定日を確認しており、実質的には売上は確定している」という発言が複数見られた。経営層は「月次利益の変動を平準化するためのルーチン」と説明。本人たちは不正をしているつもりがない。これが正当化の厄介なところ。
3要素すべてが高いレベルで存在していた。特に機会(売上認識プロセスの脆弱さ)と正当化(業界慣行への適応という解釈)が強かった。実査時に、3月期末の売上帳簿記入日と請求日の乖離を詳細にテストした。
監査人と検査機関が見誤る点
不正リスク識別時に、経営者の動機をスクリーニングして終わり、実際に不正を実行できるプロセスの脆弱さを掘り下げていない調書が多い。ISA 240.15は、識別したリスク要因に対する対応手続を設計するよう求めているが、対応手続がリスク要因そのものに対応していないケースが散見される。正直、「去年と同じ調書に今年の日付を入れただけ」というパターンが品管レビューで最も指摘される。いわゆる ticking and bashing(前年調書のコピー&ペースト)の典型。
不正犯人の多くは自分たちを「不正者」と認識していない。「苦しい状況下での対応」と考えている。監査人が動機と機会だけで判断し、被監査会社のステークホルダーが不正を正当化する理由を理解しなければ、リスク評価は表面的なまま。面談で「なぜそうしたのか」を聞いたとき、合理的に聞こえる答えが返ってきたら、それが正当化の証拠である。
3要素は独立しておらず、組み合わせで判定すべきだが、各要素を個別に「高い」「低い」と判定して全体のリスク水準を導き出していない調書が散見される。3要素の個別評価だけでは足りない。
関連用語
- ISA 240 不正のリスク評価 — 監査計画段階で不正リスクを識別し、重大な虚偽表示の可能性を判定する枠組み - 内部統制の評価 — 被監査会社の統制環境が不正機会の大小に直結する - 経営者の誠実性 — 不正のトライアングルを構成する動機と正当化は経営者の性質に左右される - 売上認識の監査 — 不正が最も多く発生するプロセスの一つ - 分析的手続 — 不正の兆候を検出する手続
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