重要なポイント
- 支配の判断は法的形式ではなく経済的実質に基づく。多数決の議決権がなくても支配が存在することがある。
- 完全子会社だけでなく、共同支配や段階的買収後の支配判断にも適用される。
- 監査調書には支配の判断根拠が不十分なまま記載されることが多く、金融庁は検査指摘の対象としている。
- IFRS 10.B4からB64は、50%未満の議決権でも支配が成立する多くの事例を記載している。契約上の拒否権や他の出資者の分散状況を含めた実質判断が求められる。
支配が成立する仕組み
IFRS 10の支配の定義には3つの構成要素がある。
第1に、投資先に対する権力が必要である(IFRS 10.10)。これは投資先の関連する経営方針を指図する能力を意味する。多くの場合、多数決の議決権を保有することで権力が生じるが、契約上の取決めや他の手段によっても権力が発生することがある。たとえば、特定の決定に対する拒否権や保有する議決権が他の出資者よりも実質的に多い場合、権力が認定される可能性がある。
第2に、投資先の変動的対価へのエクスポーズまたは権利が必要である(IFRS 10.11)。変動的対価とは、投資先の経営成績の変動に応じて変動する対価を指す。配当金、利息収入、手数料、投資先の清算時の残余資産等が該当する。この要素がなければ、支配があっても親会社は投資先の経営に関心を持つ経済的動機がない。
第3に、権力を使用して変動的対価を自らの利益のため変動させる能力が必要である(IFRS 10.12)。これは、投資先の経営方針を変更することで、自分の利益になるように結果を動かせる実力を指す。権力があり変動的対価があっても、その権力を行使して自分の利益を最大化できなければ支配は成立しない。
3要素の判断は経営方針を「指図する」権力に焦点が当たる。「指図」とは、意思決定に関与する能力を意味し、実際に指図を行ったことは要件ではない。ただし、権力が存在しながら変動的対価へのエクスポーズがない場合(たとえば、出資者として議決権は有するが配当を受け取らない場合)、支配は認定されない。
実務例:田中建設工業株式会社
田中建設工業(東京都渋谷区、建設業、売上17億円、2024年12月期、IFRS報告者)は、2024年4月にシグマ・プロジェクト・マネジメント合同会社(栃木県宇都宮市、プロジェクト管理、売上3,200万円)の議決権70%を取得した。
ステップ1:権力の評価
出資契約書と定款により、田中建設工業は株主会議で経営方針を指図する権限を有すると判断した。70%の議決権により、取締役の選任・解任、年度予算承認、主要取引契約の承認につき単独の指示権がある。シグマ社の定款に拒否権を有する他の出資者はいない。権力あり。
文書化ノート:支配判断ワーキングペーパーに「出資契約書第5条」「定款第12条」「議決権行使計画」を添付。議決権の明細を記載した。
ステップ2:変動的対価へのエクスポーズの評価
シグマ社の出資契約により、田中建設工業は以下の変動的対価を受ける権利を有する。(1) 年間利益の60%の配当(配当性向60%と契約で定め、利益変動に応じて配当も変動)、(2) シグマ社が事業売却または清算時の売却代金の70%。2024年度の利益予想は6,000万円、配当予想は3,600万円(利益×60%)。もし利益が1億円になれば配当は6,000万円、損失になれば配当はゼロ。変動的対価あり。
文書化ノート:出資契約書第8条「配当」を引用。配当条件表を作成し、複数の利益シナリオでの配当額を計算した。
ステップ3:権力を行使して変動的対価を変動させる能力の評価
シグマ社の経営方針(営業戦略、原価管理、投資計画等)を指図することで、利益(ひいては配当額)を影響を与える能力がある。たとえば、新規案件の受託方針や人件費の配分を変更すれば、営業利益が直接変動する。この能力により、配当額も変動する。能力あり。
文書化ノート:取締役会議事録の内容(人員配置、案件選別基準の変更例)を示し、田中建設工業の指示がシグマ社の業績に実際に影響している事実を記載した。
結論:3要素全て満たされているため、田中建設工業はシグマ・プロジェクト・マネジメント合同会社を支配している。連結財務諸表にシグマ社を子会社として含める。
監査実務において誤解されやすい点
第1の誤解:多数決の議決権がないと支配はない
多くの監査チームは、50%超の議決権保有を支配の必須条件と考えている。これは誤りである。IFRS 10.B4から10.B64では、多数決の議決権がなくても支配が認定される多くのケースを記載している。例えば、30%の議決権でも、他の出資者が分散していて実質的には自分の議決権が支配的であれば、権力と認定される可能性がある。また、契約上の特別な権利(特定の経営方針に対する拒否権)があれば、少数の議決権でも権力が認定される。チェック項目としては、(1) 他の出資者の議決権保有状況、(2) 過去の株主会議での議決パターン、(3) 契約上の拒否権や任免権を確認することが必要である。
第2の誤解:実際に経営に関与していなければ支配ではない
IFRS 10.B22では「現在の権力を有することで十分であり、それを行使した実績は不要」と明記されている。つまり、行使能力があればよく、実際に指図を行ったことは条件ではない。多くの監査調書では「田中建設工業は取締役を派遣したか」「実際に経営会議に参加したか」といった事実確認に陥る傾向がある。これは誤った検証である。重要なのは指図の権力の存在であり、その権力をどう使うかは投資先の経営状況に応じた選択肢である。権力がありながら行使していないことは支配を否定する根拠にはならない。
第3の誤解:少数株主の保護規定があると支配を制限できる
商法や定款に少数株主の保護規定(特定の決定に対する拒否権、少数派の任免権等)がある場合、それらが親会社の権力を制限するかどうかを慎重に評価する必要がある。IFRS 10.B15から10.B17は、実質的な拒否権(その行使が可能性高く実行可能性がある場合)のみが権力を制限すると述べている。手続的な少数派保護は、権力の存在を否定しない。また、拒否権があっても変動的対価へのエクスポーズがあれば支配が認定される可能性もある。
関連用語
親会社: 子会社を支配する企業。IFRS 10.2で定義される。
子会社: 親会社により支配される投資先。IFRS 10.2。
共同支配: 2者以上が投資先の経営方針を共同で指図する契約上の取決めがある場合。IFRS 10.25。この場合、各当事者は投資先を支配しておらず、共同支配者として扱う。
投資先企業: 親会社が権力をもつかどうかを判断する対象となる被投資企業。
変動的対価: 被投資企業の経営成績の変動に応じて変動する報酬。配当、利息、手数料、清算時の残余資産。IFRS 10.11。
議決権: 総会における投票権。IFRS 10では議決権の割合が権力判断の出発点だが、絶対的な基準ではない。