この記事で身につくスキル

ISA 240改訂版の主要変更点と既存手続への影響を理解できる
経営者・統治責任者インタビューの新要求事項に対応できる
改訂版準拠の不正評価ファイルを構築できる
2026年施行に向けた準備スケジュールを立てられる

目次

何が変わったか:改訂前と改訂後の比較

従来版(ISA 240 2009)


従来の基準では、監査人は不正による重要な虚偽表示のリスクを識別・評価し、対応手続を実施すれば要求を満たしていた。経営者への質問は「不正の認識があるか」程度で済んでいた。書面による確認も一般的な表明で十分とされていた。

改訂版(ISA 240 2024)の主要変更


職業的懐疑心の具体的発揮
ISA 240.18Aは、監査人が職業的懐疑心を発揮する具体的状況を明示した。単に「職業的懐疑心を保持する」という抽象的要求から、「相反する証拠を識別した場合の追加手続」「経営者説明の独立検証」という具体的行動に変わった。
経営者インタビューの範囲拡大
ISA 240.17Bは経営者等との議論で取り上げるべき事項を拡大している。従来の「不正の認識」に加え、「不正防止統制の有効性評価」「統制環境の変化」「経営者による統制の無効化リスク」への質問が必須となった。
書面確認の詳細化
ISA 240.39Aは経営者からの書面による確認事項を具体化した。「不正を認識していない」という確認から、「統制の不備を認識していない」「関連当事者取引を全て開示している」「異常な仕訳を承知していない」という個別確認に変更された。

早期適用と施行日


改訂版は2026年12月15日以後開始事業年度から強制適用。早期適用は許可されている。2026年3月期決算企業は改訂版適用対象外。2027年3月期決算企業から適用開始。

職業的懐疑心の強化要求

ISA 240.18Aの具体的要求


改訂版は職業的懐疑心を「考え方」から「行動」に転換した。ISA 240.18Aは監査人に以下を求める:

実務上の変更点


従来のアプローチ
経営者が「不正は発生していない」と回答すれば、その説明を受け入れることが多かった。職業的懐疑心は「疑いの目」という精神論だった。
改訂版のアプローチ
経営者回答に対し、独立証拠による検証が必要。内部統制テストの結果、分析的手続の結果、第三者確認の結果と経営者説明の整合性を確認する。

  • 相反する証拠への対応:経営者説明と独立証拠が矛盾する場合、追加手続の実施
  • 経営者説明の検証:口頭説明を裏付ける文書証拠の入手
  • 異常項目への質問:標準的でない取引・仕訳・調整への説明要求
  • 前期相違点の追跡:前年度監査で識別した問題点の解決状況確認

経営者インタビューの拡大

ISA 240.17Bの新要求事項


改訂版は経営者・統治責任者との議論項目を拡大した。従来の「不正リスクへの見解」に加え、以下が必須となった:
統治責任者との議論項目
経営者との議論項目

文書化要求の強化


ISA 240.47Bは議論内容の文書化要求を強化した。「議論を実施した」という事実記載から、「具体的な質問内容」「回答の要旨」「追加質問の理由」「独立検証の結果」の記載が必要となった。

  • 不正リスク評価プロセスの詳細
  • 不正防止統制の有効性に対する評価
  • 内部通報制度の運用状況と報告内容
  • 経営者による統制無効化の防止策
  • 統制環境の前年度からの変化
  • 業績プレッシャーの存在と対応
  • 関連当事者取引の商業的合理性
  • 異常な仕訳の承認プロセス

書面確認の強化

ISA 240.39Aの詳細化


改訂版は経営者からの書面確認を具体化した。従来の確認から個別事項の確認に変更:
従来の書面確認
「財務諸表作成に影響する不正を認識していません。」
改訂版の書面確認

確認時期の明確化


ISA 240.39Bは書面確認の入手時期を明確化した。監査終了時の一括確認ではなく、リスク評価完了時点での暫定確認と、監査完了時点での最終確認の二段階となった。

  • 不正による重要な虚偽表示を認識していない
  • 不正防止統制の重要な不備を認識していない
  • 関連当事者及び関連当事者取引を全て開示している
  • 異常な仕訳・調整について適切に承認・記録している
  • 経営者による統制の無効化を認識していない

実装例:田中精密工業の事例

会社概要
田中精密工業株式会社、資本金5000万円、従業員120名、売上高42億円。自動車部品製造業。東京都大田区に本社、栃木県に工場を持つ非上場企業。

改訂前のアプローチ(2025年度監査)


1. リスク評価
不正リスクの識別・評価を実施。売上計上、棚卸資産、関連当事者取引をリスク領域として識別。
2. 経営者質問
「不正による重要な虚偽表示を認識していますか?」→「認識していません」で完了。
文書化:経営者質問実施済み(3月15日実施)
3. 書面確認
「不正を認識していません」の確認書を入手。
文書化:経営者確認書入手済み(4月5日入手)

改訂版のアプローチ(2027年度監査以降)


1. 職業的懐疑心の具体的発揮
売上カットオフテスト結果(3件の期越計上発見)について、経営者に売上認識統制の有効性を質問。「統制は有効」という回答に対し、月次売上分析と出荷データの突合による独立検証を実施。
文書化:売上統制有効性について経営者回答と独立検証結果の比較分析(3月20日完了)
2. 拡大された経営者インタビュー
統治責任者(代表取締役・監査役)との議論:
文書化:統治責任者議論記録(質問・回答・検証結果を含む、3月25日完了)
3. 詳細化された書面確認
経営者から以下の個別確認を入手:
文書化:個別確認書5通入手、関連資料添付済み(4月8日完了)
4. 結論
個別確認書5通は関連資料と紐付けて保管し、パートナーレビュー時に一括参照できるよう索引を作成した。

  • 質問:「内部通報制度への報告は前年度何件ありましたか?」
  • 回答:「2件。品質問題1件、労務問題1件。会計不正はなし。」
  • 追加質問:「報告内容の詳細を確認させてください。」
  • 独立検証:内部通報記録と人事部記録の突合実施。
  • 不正による重要な虚偽表示の非認識
  • 関連当事者取引の全面開示(具体的取引先・金額・承認記録を添付)
  • 異常仕訳の適切承認(仕訳承認権限表を添付)
  • 統制無効化の非認識

実装チェックリスト

施行前準備(2026年12月まで)

監査実施時(2027年度監査以降)

  • テンプレートの更新
  • 不正リスク評価シートにISA 240.18Aの職業的懐疑心発揮項目を追加
  • 経営者インタビュー質問票にISA 240.17Bの拡大項目を反映
  • 書面確認書をISA 240.39Aの個別確認形式に変更
  • チーム研修の実施
  • 改訂版の主要変更点と実務への影響を説明
  • 職業的懐疑心の具体的発揮方法を事例で解説
  • 経営者インタビューの質問技法を演習
  • 品質管理の更新
  • 監査マニュアルの改訂版対応章を作成
  • 調書レビューポイントに改訂版要求事項を追加
  • 完了チェックリストに新要求事項を反映
  • リスク評価段階
  • ISA 240.18Aに基づく職業的懐疑心発揮計画の策定
  • 経営者・統治責任者との議論スケジュール作成
  • 暫定的書面確認の入手準備
  • 監査手続実施段階
  • 経営者説明と独立証拠の比較検証を各リスク領域で実施
  • 拡大インタビューの完全実行と詳細文書化
  • 相反証拠発見時の追加手続実施
  • 監査完了段階
  • 最終書面確認の個別項目チェック
  • 職業的懐疑心発揮状況の総括評価
  • 最も重要:改訂版要求事項の網羅的充足確認

よくある実装ミス

職業的懐疑心を精神論に留める:「疑いの目で見る」という抽象論ではなく、ISA 240.18Aの具体的行動(相反証拠への追加手続等)が必要。国際的な品質レビューでは、具体的行動の欠如が最も多く指摘される項目。
経営者インタビューの準備不足:従来の一般質問から個別質問への転換に対応できず、表面的な議論に終わるケース。改訂版は具体的回答と検証が前提。

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