IAS 7の監査上の要求事項

監査の出発点

監基報315.25はリスク評価手続としてCF計算書の分析を求めている。ところが実際には、BSとPLの監査が完了すればCF計算書は残りの作業、という扱いになるチームが多い。これは間違い。

IAS 7.10は営業活動キャッシュ・フローについて間接法か直接法のいずれかの表示を認めている。日本企業の大半は間接法を採用する。間接法では当期純利益から出発して非現金項目を調整するため、各調整項目の正確性を個別に検証しなければならない。

監基報500.A16はCF計算書に固有の監査手続として以下を挙げる。

- 現金及び現金同等物の期首・期末残高の照合 - 非現金取引の完全性確認 - 各活動区分における分類の妥当性評価 - 外貨建て現金残高の換算レート検証

現金同等物の定義確認

IAS 7.7は現金同等物を「容易に一定の現金に換金可能で、かつ価値の変動について僅少なリスクしか負わない短期投資」と定義している。実務では3ヶ月以内満期の定期預金や譲渡性預金を含める企業が多い。

監査人はクライアントの現金同等物の定義をまず確認する。前年度から変更があれば、その理由と会計方針の一貫性への影響を評価。変更の場合、比較情報の修正再表示も検討対象となる。

営業活動キャッシュ・フローの検証

間接法での調整項目検証

間接法を採用する企業では、当期純利益に対する調整項目が監査の焦点。典型的な調整項目は以下のとおり。

減価償却費・無形資産償却費 固定資産台帳から減価償却費を集計し、CF計算書の金額と照合する。期中の資産売却や除却があれば、その影響も確認。

売上債権の増減 BSの期首・期末売上債権残高の差額を確認。ただし債権譲渡や貸倒処理があれば単純な差額計算では足りない。勘定分析を実施して実際のキャッシュへの影響を追跡する。

棚卸資産の増減 期首・期末残高の差額を基本とするが、評価損の計上や廃棄損失があれば調整が必要。製造業では仕掛品の変動が大きく、月次推移も確認する。

仕入債務の増減 支払サイトの変更や期末カットオフエラーの影響を受けやすい項目。仕入先への支払状況も含めて検証する。

分析手続の実施

監基報520.A17はCF計算書の項目について期待値を設定した分析手続を推奨している。営業キャッシュ・フローの分析では以下の比率を用いる。

- 営業キャッシュ・フロー対当期純利益比率 - 営業キャッシュ・フロー対売上高比率 - 運転資本変動の前年度比較 - フリー・キャッシュ・フローの前年度比較

期待値との差異が重要性の基準値を超える場合、追加の質問・検査手続を実施する。差異が一時的な要因によるものか、営業活動の構造的な変化によるものかを区別する。ここを「一時的」で片付けると、翌年度の審査で同じ差異が再び問題になる。経験上、SALYで前年と同じ説明を使い回すとほぼ確実に品管で指摘される。

投資・財務活動の実証手続

投資活動キャッシュ・フローの検証

IAS 7.16は投資活動を、将来の収益およびキャッシュ・フローを生成する長期資産その他投資の取得および処分と定義する。

有形固定資産の取得・売却 固定資産台帳の増減明細と照合する。建設仮勘定から本勘定への振替は投資活動に含まれない点に注意。売却時は帳簿価額ではなく実際の売却収入をCF計算書に計上する。

投資有価証券の取得・売却 有価証券明細表と照合し、評価差額は除外されていることを確認。関係会社株式の取得では、支配の獲得に該当するかどうかでCF計算書の表示が異なる。

利息・配当金の受取 IAS 7.33は利息・配当金の受取について営業活動か投資活動のどちらでも表示を認めているが、一貫した分類が必要。クライアントの会計方針を確認し、前年度との整合性を確保する。

財務活動キャッシュ・フローの検証

借入金の調達・返済 金銭消費貸借契約書と照合し、手数料等の控除後の純額で計上されていることを確認。転換社債や新株予約権付社債の発行では複合金融商品の会計処理も関連する。

株式の発行・自己株式の取得 株主総会議事録や取締役会議事録と照合。発行費用は調達額から控除した純額で表示する。自己株式の取得も実際の支払額で計上。

配当金の支払 株主総会決議に基づく配当予定額と実際の支払額を照合。期末配当の未払計上分は翌期のキャッシュ・アウトフローとなる。

実務例:田中精密工業の監査

田中精密工業株式会社(売上高85億円、従業員380名)の2024年3月期CF計算書監査。

営業活動キャッシュ・フローの検証

当期純利益450百万円をPLと照合。一致を確認した。

減価償却費320百万円の検証では、固定資産台帳からの集計が318百万円。差異2百万円の原因は期中除却資産の減価償却費調整。除却資産3件、帳簿価額総額5百万円分の減価償却費3百万円を期中で停止しており、調整は妥当と判断。

売上債権の減少80百万円は、期首残高1,250百万円と期末残高1,170百万円の差額と一致。債権譲渡・貸倒処理はなし。

棚卸資産の増加150百万円は、期首950百万円から期末1,100百万円への変動。半導体不足への対応で原材料を先行調達した結果であり、取締役会議事録で方針を確認した。評価損・廃棄損失はない。

投資活動キャッシュ・フローの検証

新工場建設のための設備投資240百万円について、建設請負契約書および支払証憑と照合。建設仮勘定の期中増加額と一致。

財務活動キャッシュ・フローの検証

設備投資資金調達のための長期借入金200百万円について、金銭消費貸借契約書と照合。手数料3百万円控除後の197百万円で表示されていることを確認。

期末現金残高880百万円が、期首730百万円に当期増加額150百万円を加算した金額と一致し、BSの現金及び預金残高とも照合できた。

実務チェックリスト

1. 期末現金残高の照合:BSおよび銀行残高証明書との一致を確認する

2. 現金同等物の定義確認:IAS 7.7の要件を満たし、前年度から一貫していることを確認する

3. 間接法調整項目の個別検証:減価償却費、運転資本変動の各項目について実証手続を実施する

4. 非現金取引の完全性:転換社債の株式転換、現物配当等が注記で開示されているか確認する

5. 活動区分の分類の妥当性:利息・配当金の分類方針が一貫しており、経済実態を反映しているか評価する

6. 監基報520.A17に基づく分析手続の実施:営業キャッシュ・フロー比率の前年度・予算比較を行い、異常な変動を調査する

よくある指摘事項

期末現金残高の不一致が最も多い。原因は外貨換算による差額や銀行手数料の未計上。月次資金繰り表との照合で差異の原因を特定できることが多い。

非現金取引の開示漏れも目立つ。設備のファイナンス・リース取引や債務の株式化について注記での開示が不十分なケースがある。金額の大小にかかわらず質的な観点から開示の要否を判定する。

関連リソース

- 重要性の基準値計算機: CF計算書の項目の重要性判定に使える計算ツール - 現金同等物の定義 用語集: IAS 7.7の要件と実務での判断基準 - 監基報520 分析手続ガイド: CF計算書の分析に使える分析手続の具体例

実務に役立つ監査の知見を毎週お届けします。

試験対策ではありません。監査を効率化する実践的な内容です。

290以上のガイドを公開20の無料ツール現役の監査人が構築

スパムはありません。私たちは監査人であり、マーケターではありません。