目次

1. CSRDの保証義務と基準の選択 2. ISAE 3000とISAE 3410の適用範囲 3. 実務的な判断基準 4. 実務例:総合商社での混合保証 5. 実務チェックリスト 6. よくある判断ミス 7. 関連情報

CSRDの保証義務と基準の選択

CSRDにおける保証の法的枠組み

CSRD第19a条は、大企業(従業員500名以上または売上高4,000万ユーロ以上)に対し、持続可能性報告書への限定的保証を義務付けた。施行スケジュールは段階的で、2025年1月開始事業年度から順次適用。

保証提供者は法定監査人または独立した保証提供者のいずれか。この選択は各加盟国の国内法に委ねられている。フランスは法定監査人による保証が必須。ドイツは企業が選べる。日本の親会社を持つ欧州子会社がCSRDにかかる場合、現地の法定監査人と日本親会社側の調書の整合をどこまで取るかという論点が、経験上いちばん先に出てくる。

複数基準の併用が必要な理由

CSRD配下の持続可能性報告書はESRS(欧州持続可能性報告基準)に従って作成される。ESRSは分野別基準で構成され、環境(E1-E5)、社会(S1-S4)、ガバナンス(G1)のカテゴリに分かれる。

このうち、温室効果ガス排出量データ(ESRS E1の中核部分)はISAE 3410の手続きを必要とする。従業員構成データ(ESRS S1)、取締役会の構成(ESRS G1)、水使用量(ESRS E3)などは、ISAE 3000(改訂)の一般的な保証手続きが当たる。

同一の持続可能性報告書に2つの国際保証基準を適用するのは、文書化の二重化に見える。経験上、実際にはそうでもない。調書ファイルを基準ごとに分けた方が、後の審査で「どの手続きがどの基準に紐づくか」を説明するのが楽になる。

ISAE 3000とISAE 3410の適用範囲

ISAE 3000(改訂)の適用対象

ISAE 3000(改訂)は監査以外の保証業務の一般基準。以下のESRSデータが対象となる。

環境データ(GHG以外): - 水消費量および水質汚染データ(ESRS E3) - 生物多様性および生態系への影響(ESRS E4) - 資源利用および循環経済指標(ESRS E5)

社会データ: - 従業員構成、労働条件、研修時間(ESRS S1) - バリューチェーン労働者の人権指標(ESRS S2) - 地域社会への影響指標(ESRS S3) - 消費者および最終利用者への影響(ESRS S4)

ガバナンスデータ: - 取締役会の構成、独立性(ESRS G1) - コンプライアンス違反件数および制裁措置

ISAE 3410の適用対象

ISAE 3410は温室効果ガス排出量の保証業務専用基準。対象となるデータは以下。

直接排出(スコープ1): - 自社所有・管理の設備からのGHG排出 - 燃料燃焼、工業プロセス、輸送などから生じる排出

間接排出(スコープ2): - 購入した電力、熱、蒸気の使用による間接排出 - マーケットベース手法またはロケーションベース手法での算定

その他の間接排出(スコープ3): - 上流および下流の活動による間接排出 - サプライチェーン、製品使用、廃棄などの活動

ISAE 3410は、GHG排出量の算定方法、排出係数の妥当性、データ収集システムの信頼性について、具体的な検証手続きを定めている。

実務的な判断基準

データの性質による分類

保証対象データを4つの観点で分析し、適用基準を決める。

1. 算定の複雑性 温室効果ガス排出量は多段階の算定プロセスを経る。活動データの収集、排出係数の適用、算定方法の選択、複数の判断要素が介在する。ISAE 3410はこの複雑性に対応する検証手続きを定めている。

従業員数、取締役会の女性比率、コンプライアンス違反件数などは、比較的直接的に測定できるデータ。ISAE 3000(改訂)の一般的な検証手続きで足りる。

2. 基礎となる算定基準 GHGプロトコル、ISO 14064、各国の排出量算定ガイドライン、GHG排出量には確立された算定基準がある。ISAE 3410はこれらの基準への準拠性を検証する手続きを含んでいる。

その他の持続可能性データはESRSが規定する算定方法に従う。GHG算定ほどの技術的専門性は要らない。

3. 推定と不確実性の程度 GHG排出量、特にスコープ3排出量の算定には、高度な推定が入る。サプライヤーからの実排出データが入手できない場合、支出額ベースや物理量ベースの推定方法を使う。ISAE 3410はこの推定の妥当性を評価する手続きを定めている。

4. 調書の再現性 経験上、再現性のない手続きは審査で必ず止まる。ISAE 3410の専門性は、ここで効いてくる。

混合保証業務の考え方

単一の持続可能性報告書に両基準を適用する場合、次の原則に従う。

保証意見の統合 最終的な保証報告書では、統一された限定的保証意見を表明する。ただし、保証手続きの説明では、GHG排出量データにISAE 3410、その他のデータにISAE 3000(改訂)を適用したことを明記する。

品質管理システムの適用 ISQM 1に基づく品質管理システムは両基準の業務に一貫して当てる。ISAE 3410業務には、GHG算定に専門性を持つ業務チームメンバーの配置が要る。経験上、ここでケチると審査で引き戻しが起きる。

実務例:総合商社での混合保証

会社概要: 田中商事株式会社(架空)は、エネルギー、食品、機械の輸入・販売を手がける総合商社。従業員1,200名、売上高2,400億円。CSRD適用対象、2026年3月期から持続可能性報告書への限定的保証を付す。

報告対象データの分類

ESRS E1(気候変動)から報告される主要データ: - スコープ1排出量:本社ビル、営業所の都市ガス使用による排出 → ISAE 3410適用 - スコープ2排出量:購入電力による間接排出 → ISAE 3410適用 - スコープ3排出量:海上輸送、陸上輸送による排出 → ISAE 3410適用

文書化ノート:GHG排出量データはISAE 3410ワークペーパーファイルに集約。算定方法書、排出係数の根拠資料、第三者算定機関からの報告書を入手

ESRS S1(自社労働力)から報告される主要データ: - 従業員の男女比:男性68%、女性32% → ISAE 3000適用 - 管理職の女性比率:22% → ISAE 3000適用 - 平均研修時間:年間42時間/人 → ISAE 3000適用

文書化ノート:人事システムからの抽出データを基礎とする。給与計算システムとの照合、サンプル・テストによる正確性確認

保証手続きの設計

ISAE 3410手続き(GHG排出量): 1. 算定方法の妥当性評価:GHGプロトコル準拠性の確認 2. 活動データの検証:電力使用量、燃料使用量の請求書との照合 3. 排出係数の妥当性:環境省公表係数との一致確認 4. 算定プロセスのテスト:スプレッドシート計算式の検証

ISAE 3000手続き(社会・ガバナンスデータ): 1. データ源泉の信頼性評価:人事システムの統制テスト 2. 完全性の検証:全従業員データの網羅性確認 3. 正確性の検証:サンプル抽出による個別確認 4. 分類の適切性:管理職定義の一貫性確認

保証意見の形成

両基準による手続きを実施した結果、虚偽表示の徴候は検出されなかった。統合された限定的保証意見を表明する。

結論:田中商事の持続可能性報告書は、適用されたESRS基準に照らして、全ての重要な点において適正に作成されている。本結論は、GHG排出量データにISAE 3410を、その他のデータにISAE 3000(改訂)を適用した保証手続きに基づく。

実務チェックリスト

保証業務の開始前に、以下の6項目を確認する。

1. 適用基準の分類完了:報告対象データをGHG排出量とその他に分類し、それぞれにISAE 3410またはISAE 3000(改訂)の当てはめを決めている

2. 業務チームの専門性確保:ISAE 3410業務について、GHG算定の技術的知識を持つチームメンバーを配置している

3. データソースの把握:各データについて、基礎システム、算定方法、承認プロセスを特定している

4. 算定基準の確認:GHGプロトコル、ISO 14064、各国ガイドラインなど、クライアントが採用している算定基準を把握している

5. 保証報告書の構成計画:統一された限定的保証意見を表明しつつ、適用した国際保証基準の違いを開示する構成を計画している

6. ISAE 3410.A129の重要性適用:GHG排出量データについて、量的・質的重要性の判断基準をISAE 3410の要求に従って設定している

よくある判断ミス

保証業務でよく見られる基準選択の誤りを3つ挙げる。うち2つはJICPAの品質管理レビュー事例でも指摘されている論点。

- エネルギー使用量データにISAE 3410を当てる:エネルギー使用量(キロワット時、ジュール)は物理的な消費量であり、GHG排出量の算定基礎となるデータではあるが、それ自体は温室効果ガス排出量ではない。ISAE 3000(改訂)の対象。

- スコープ3排出量の一部をISAE 3000で処理:算定の困難さを理由に、スコープ3排出量の一部をISAE 3000(改訂)で処理するのは基準の構造から外れる。推定要素が多くても、GHG排出量である限りISAE 3410の対象。

- カーボンオフセットをISAE 3000で処理:購入したカーボンクレジットやオフセットプロジェクトへの投資額はGHG排出量ではないため、ISAE 3000(改訂)を適用する。ただし、オフセット後の正味排出量を報告する場合、正味排出量自体はISAE 3410の対象となる。

関連情報

- CSRD保証業務の基本ガイド:CSRD配下の限定的保証業務の全般的な実務ポイント - ISAE 3000保証業務テンプレート:持続可能性データの一般的な保証手続きワークペーパー - GHG排出量算定チェックリスト:ISAE 3410業務で使用するGHG算定の検証項目

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