目次

1. 検査指摘事例と背景 2. 不正リスク識別の体系的手順 3. 対応手続きの設計と実行 4. 具体例:田中精密工業株式会社 5. 実務チェックリスト 6. よくある間違い 7. 関連コンテンツ

検査指摘事例と背景

金融庁の指摘パターン(2023年度)

金融庁のモニタリングレポートは監基報240について繰り返し同じ3点を指摘している。

指摘1:リスク識別の表面的実行 不正リスクファクターのチェックリストに印は付いているが、なぜそのリスクが当該会社に当てはまるか、または当てはまらないかの判断根拠が書かれていない。監基報240.A25は、リスクファクターの存在が必ずしも不正の存在を示すものではないが、しばしば不正が行われている状況に存在すると述べている。存在の有無だけでは足りず、その重要度の評価まで調書に落とす必要がある。

指摘2:推定リスクへの画一的対応 監基報240.35は3つの推定リスクを定めている。収益認識、経営者による内部統制の無効化、仕訳入力。多くの調書ではこの3つ全てに同じ手続き(分析的実証、詳細テスト、ITGCの評価)を機械的に並べている。推定リスクはそれぞれ性質が違うため、対応も分ける必要がある。

指摘3:監査チーム内の協議記録不備 監基報240.15は監査チーム内での協議を求めているが、「協議実施済み」の記載のみで具体的な協議内容、参加者、結論が文書化されていないケースが頻出する。審査で『不正リスクは低と評価した根拠が弱い』と書かれるのが、このエリアでの定番の指摘なんですよ。

AFMの補足的指摘

AFMの検査データは国際的な傾向を示していて、日本の実務者にとっても比較材料になる。2024年度の検査では、監査法人の規模を問わず監基報240関連の指摘が最多となった。特に中堅監査法人では、不正リスクへの対応手続きの実行は認められるが、その設計根拠の文書化が弱いという指摘が目立つ。CPAAOBも同種の傾向を事例集で報告しており、日本側の課題とほぼ重なる。

不正リスク識別の体系的手順

監基報240.A25のリスクファクター分類

監基報240.A25は不正のリスクファクターを動機・プレッシャー、機会、姿勢・正当化の3つに分類している。実務では以下の順序で検討する。

ステップ1:財務的プレッシャーの評価 外部からの収益性・財政状態への期待、債務契約における財務制限条項、当期または近い将来における追加的な債務または株式による資金調達の必要性を確認する。これらは数値で測定できる領域だ。

ステップ2:機会要因の特定 業界の性質上、重要な見積りや主観的判断を多く含む取引、経営者や財務担当役員の会計方針や見積りに関する裁量権、現金を取り扱う事業の性質を評価する。

ステップ3:姿勢・正当化の兆候 過去の証券取引等監視委員会や監査法人との関係、経営者の会計基準や内部統制への姿勢、監査人への協力の程度を観察する。ここは定量化しにくいが、前年度調書や経営者とのやりとりから拾える。

会社固有要因の組み込み

監基報240.A23は、不正によるリスクが会社固有の要因により増大または軽減される可能性があると述べている。製造業なら在庫の所在・評価、IT企業なら収益認識の複雑性、小売業なら現金管理。業種別リスクを会社のプロファイルに重ね合わせて初めて、調書が審査に耐える形になる。

対応手続きの設計と実行

推定リスク別の対応設計

監基報240.35の3つの推定リスクは、それぞれ異なる手続きを要する。

収益認識における不正リスク - 監基報240.A40は、期末付近の売上計上、異常な取引条件、中間業者を通じた取引に注意を払うよう求めている - 手続き:売上カットオフテスト、契約条項の詳細レビュー、返品・値引き条項の確認 - 文書化:選択した取引の判断基準、検討した代替的説明、結論に至った根拠

経営者による内部統制の無効化 - 監基報240.A44は、仕訳テスト、会計上の見積りの偏向性のレビュー、通常の事業過程で行われない取引の検討を求めている - 手続き:標準的でない仕訳の抽出、四半期末・年度末前後の仕訳の詳細検査 - 文書化:抽出条件の設定根拠、検査対象の選定理由

全体的対応との整合性

監基報240.29は個別的対応に加え、監査計画全体に与える影響を考慮するよう求めている。予測可能性の低下、サンプリング手法の変更、手続きの性質の修正がここに含まれる。

具体例:田中精密工業株式会社

> 設例企業:田中精密工業株式会社 > > 売上高:850億円(前期比12%増) > 従業員数:1,200名 > 主要事業:産業機械部品製造・販売 > 上場区分:東京証券取引所プライム市場 > 財政状態:流動比率1.1、負債比率68%、営業キャッシュフロー△32億円

リスク識別の実行

ステップ1:財務的プレッシャーの確認 - 債務契約上の財務制限条項:ネットワース185億円以上(現在188億円) - 来期の設備投資計画:95億円(資金調達検討中) - 業績予想コミット:営業利益85億円(現在の進捗率:78%)

文書化ノート:プレッシャーは中程度。制限条項に余裕はあるが、業績目標達成には第4四半期の利益改善が必要

ステップ2:機会の評価 - 長期工事契約の進行度測定(契約残高:245億円) - 海外子会社との取引(連結消去前売上:125億円) - 在庫評価(簿価:78億円、うち仕掛品:32億円)

文書化ノート:進行度測定は主観的判断を含む。海外子会社との価格設定に経営者の裁量あり

対応手続きの設計と実行

収益認識への対応 1. 長期工事契約10件について、進行度測定の基礎となる作業量報告書の実査 2. 第3四半期末以降の売上20件について、顧客からの検収書面の直接確認 3. 海外子会社との取引価格について、独立価格との比較分析

文書化ノート:進行度の見積り変更は2件で発見、いずれも合理的根拠あり

経営者による統制の無効化への対応 1. 経営者承認を要する仕訳(100万円超)128件の全件検査 2. 四半期末前後1週間の売上・費用仕訳435件の詳細検査 3. 取締役会議事録と会計処理の整合性確認

文書化ノート:期末の売掛金計上で顧客との契約条項と不整合が1件判明。追加手続きで誤謬と結論

経験上、このレベルまで書ききった調書は審査で引っかからない。逆に言うと、手続きは動いているのに選定理由と結論を書いていない調書が、循環取引の検出局面で真っ先に差し戻される。

実務チェックリスト

明日の監査業務で即座に使えるチェックリスト。

1. リスクファクターの評価記録:監基報240.A25の各要素について、該当の有無だけでなく重要度(高・中・低)と判断根拠を調書に落とす

2. 推定リスク対応の分離:監基報240.35の収益認識・統制無効化・仕訳入力について、それぞれ異なる手続きを設計し、画一的な流用を避ける

3. 協議記録の具体化:参加者名、協議日、検討事項、結論を明記。「協議実施済み」のみの記載は不可

4. 手続きの実行証跡:選択した取引・仕訳の判断基準、検査内容、発見事項、結論を順序立てて記録する

5. 全体的対応の反映:個別手続きの修正内容と、監査計画全体への影響を関連付けて文書化する

6. 最重要ポイント:不正リスクの識別と手続き設計は別工程。リスクを特定したら、そのリスクに特化した手続きを新たに組む

よくある間違い

関連コンテンツ

- 監基報315リスク識別・評価:不正リスクとその他のリスクを統合的に評価する手法 - 不正リスク評価ツール:監基報240.A25のリスクファクターを体系的に評価するチェックリスト - 監基報330対応手続き設計:識別したリスクに対応する具体的手続きの設計方法

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