目次

検査指摘事例と背景

金融庁の指摘パターン(2023年度)


金融庁のモニタリングレポートは監基報240について3つの指摘を反復している。
指摘1:リスク識別の表面的実行
不正リスクファクターのチェックリストに印は付けたが、なぜそのリスクが当該会社に適用されるか、または適用されないかの判断根拠がない。監基報240.A25は、リスクファクターの存在が必ずしも不正の存在を示すものではないが、しばしば不正が行われている状況に存在すると述べている。存在の有無だけでなく、その重要度の評価が必要。
指摘2:推定リスクへの画一的対応
監基報240.35は3つの推定リスクを定めている。収益認識、経営者による内部統制の無効化、仕訳入力。多くの調書では3つ全てに同じ手続き(分析的実証、詳細テスト、ITGCの評価)を実行している。推定リスクはそれぞれ異なる性質を持つため、対応も分化させる必要がある。
指摘3:監査チーム内の協議記録不備
監基報240.15は監査チーム内での協議を求めているが、「協議実施済み」の記載のみで具体的な協議内容、参加者、結論が文書化されていないケースが頻出している。

CPAAOBの補足的指摘


CPAAOBの検査データは国内の傾向を示している。2022年度の検査では、監査法人の規模を問わず監基報240関連の指摘が最多となった。特に中堅監査法人では、不正リスクへの対応手続きの実行は認められるが、その設計根拠の文書化が不十分という指摘が目立つ。

不正リスク識別の体系的アプローチ

監基報240.A25のリスクファクター分類


監基報240.A25は不正のリスクファクターを動機・プレッシャー、機会、姿勢・正当化の3つに分類している。実務的には以下の順序で検討する。
ステップ1:財務的プレッシャーの評価
外部からの収益性・財政状態への期待、債務契約における財務制限条項、当期または近い将来における追加的な債務または株式による資金調達の必要性を確認する。これらは数値で測定可能。
ステップ2:機会要因の特定
業界の性質上重要な見積りや主観的判断を多く含む取引、経営者や財務担当役員の会計方針や見積りに関する重要な裁量権、現金を取り扱う重要な事業の性質を評価する。
ステップ3:姿勢・正当化の兆候
過去の証券取引等監視委員会や監査法人との関係、経営者の会計基準や内部統制への姿勢、監査人への協力の程度を観察する。これは定量化しにくいが、前年度調書や経営者とのやりとりから把握できる。

会社固有要因の組み込み


監基報240.A23は、不正によるリスクが会社固有の要因により増大または軽減される可能性があると述べている。製造業なら在庫の所在・評価、IT企業なら収益認識の複雑性、小売業なら現金管理といった業種別リスクを重ね合わせる。

対応手続きの設計と実行

推定リスク別の対応設計


監基報240.35の3つの推定リスクは、それぞれ異なるアプローチを要する。
収益認識における不正リスク
経営者による内部統制の無効化

全体的対応との整合性


監基報240.29は個別的対応に加え、監査計画全体に与える影響を考慮するよう求めている。予測可能性の低下、サンプリング手法の変更、手続きの性質の修正がこれに該当する。

  • 監基報240.A40は、期末付近の売上計上、異常な取引条件、中間業者を通じた取引に注意を払うよう求めている
  • 対応手続き:売上カットオフテスト、契約条項の詳細レビュー、返品・値引き条項の確認
  • 文書化:選択した取引の判断基準、検討した代替的説明、結論に至った根拠
  • 監基報240.A41に基づく予測不能性の導入:売上テストのサンプル抽出基準を前年から変更し、例えば金額基準から取引パターン基準(新規顧客との初回取引、期末最終週の計上など)に切り替えることで、経営者に手続きを予測させない
  • 監基報240.A44は、仕訳テスト、会計上の見積りの偏向性のレビュー、通常の事業過程で行われない重要な取引の検討を求めている
  • 対応手続き:標準的でない仕訳の抽出、四半期末・年度末前後の仕訳の詳細検査
  • 文書化:抽出条件の設定根拠、検査対象の選定理由
  • 監基報240.A46に基づく会計上の見積りの偏向性レビュー:経営者が過去3期に行った見積り変更の方向性を集計し、利益を増加させる方向への偏りがないか定量的に評価する

具体例:田中精密工業株式会社

> 設例企業:田中精密工業株式会社

売上高:850億円(前期比12%増)
従業員数:1,200名
主要事業:産業機械部品製造・販売
上場区分:東京証券取引所プライム市場
財政状態:流動比率1.1、負債比率68%、営業キャッシュフロー△32億円

リスク識別の実行


ステップ1:財務的プレッシャーの確認
文書化ノート:プレッシャーは中程度。制限条項に余裕はあるが、業績目標達成には第4四半期の利益改善が必要
ステップ2:機会の評価
文書化ノート:進行度測定は主観的判断を含む。海外子会社との価格設定に経営者の裁量あり

対応手続きの設計と実行


収益認識への対応
文書化ノート:進行度の見積り変更は2件で発見、いずれも合理的根拠あり
経営者による統制の無効化への対応
文書化ノート:期末の売掛金計上で顧客との契約条項と不整合が1件判明。追加監査手続きで誤謬と結論
この対応により、不正による重要な虚偽表示リスクへの対処手続きが完成した。検査では文書化の詳細さと手続きの実行証跡が評価される。

  • 債務契約上の財務制限条項:ネットワース185億円以上(現在188億円)
  • 来期の設備投資計画:95億円(資金調達検討中)
  • 業績予想コミット:営業利益85億円(現在の進捗率:78%)
  • 長期工事契約の進行度測定(契約残高:245億円)
  • 海外子会社との取引(連結消去前売上:125億円)
  • 在庫評価(簿価:78億円、うち仕掛品:32億円)
  • 長期工事契約10件について、進行度測定の基礎となる作業量報告書の実査
  • 第3四半期末以降の売上20件について、顧客からの検収書面の直接確認
  • 海外子会社との取引価格について、独立価格との比較分析
  • 経営者承認を要する仕訳(100万円超)128件の全件検査
  • 四半期末前後1週間の売上・費用仕訳435件の詳細検査
  • 取締役会議事録と会計処理の整合性確認

実務チェックリスト

以下のチェックリストは明日の監査業務で即座に使用可能:

  • リスクファクターの評価記録:監基報240.A25の各要素について、該当の有無だけでなく重要度(高・中・低)と判断根拠を文書化する
  • 推定リスク対応の分離:監基報240.35の収益認識・統制無効化・仕訳入力について、それぞれ異なる対応手続きを設計し、画一的手続きを避ける
  • 協議記録の具体化:参加者名、協議日、検討事項、結論を明記。「協議実施済み」のみの記載は不可
  • 対応手続きの実行証跡:選択した取引・仕訳の判断基準、検査内容、発見事項、結論を順序立てて記録する
  • 全体的対応の反映:個別手続きの修正内容と、監査計画全体への影響を関連付けて文書化する
  • 最重要ポイント:不正リスクの識別と対応手続きは別工程。リスクを特定したら、そのリスクに特化した手続きを新たに設計する

よくある間違い

  • CPAAOBの指摘:不正リスクへの対応手続きで、通常の監査手続きをそのまま流用している調書が散見される。不正リスクには予測困難性を織り込んだ手続きが必要
  • 金融庁の指摘:協議の実施記録があるが、協議で何を話し合い、どのような結論に至ったかが読み取れない文書化が頻出している

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