重要なポイント
- 明らかに僅少とはいえないすべての虚偽表示を集計しなければならない(ISA 450.5)
- 虚偽表示の相殺は認められず、取引種類や勘定残高ごとに評価する(ISA 450.11)
- 前期の未修正虚偽表示が当期に影響する場合は当期の評価に含める(ISA 450.A8)
仕組み
ISA 450.5は、監査人が明らかに僅少(clearly trivial)とはいえないすべての虚偽表示を集計するよう求めている。「明らかに僅少」の閾値は通常、全体重要性の5%以下に設定される。この閾値を超える虚偽表示はすべて一覧表に記載しなければならない。
一覧表に記載される虚偽表示は3つの類型に分かれる。事実上の虚偽表示(factual misstatement)は金額が明確に誤っているもの、判断上の虚偽表示(judgemental misstatement)は経営陣の見積りの仮定又は方法を監査人が不合理と判断したもの、推定虚偽表示(projected misstatement)はサンプリングの結果から母集団全体に推定されたものである。ISA 450.A4はこの3分類を明記している。
ISA 450.11は、集計した未修正虚偽表示が重要であるかどうかを評価する際、特定の取引種類や勘定残高に関連づけて評価するよう求めている。売掛金の過大計上と引当金の過少計上を相殺することは、個別の影響を不明瞭にするため認められない。監査人は一覧表をガバナンスに責任を有する者に提出し(ISA 450.12)、経営陣に修正を求める(ISA 450.8)。修正されなかった項目について、経営陣から書面による理由の表明を入手する(ISA 450.14)。
実務例:Kowalski Logistik Sp. z o.o.
被監査会社:ポーランドの物流企業、2025年度、売上高5,600万EUR、IFRS適用。全体重要性55万EUR、パフォーマンス重要性36万EUR、明らかに僅少の閾値2万7,500EUR。
ステップ1 — 虚偽表示の識別と記録
監査の過程で以下の虚偽表示を識別した。(1) 売掛金サンプリングから推定された過大計上18万EUR(推定虚偽表示)、(2) 車両リースの前払費用計上誤り4万5,000EUR(事実上の虚偽表示)、(3) 訴訟引当金の見積り不足12万EUR(判断上の虚偽表示、経営陣は和解確率を30%と評価したが監査チームは50%が合理的と判断)、(4) 有給休暇未消化の引当不足3万2,000EUR(事実上の虚偽表示)。
監査調書への記載:各虚偽表示について金額、類型(事実上/判断上/推定)、影響を受ける勘定科目、及び発見の経緯を記録する。ISA 450.A4に基づく分類を明示する。
ステップ2 — 経営陣への修正要請
ISA 450.8に基づき4件すべてを経営陣に提示した。経営陣は項目(2)の前払費用4万5,000EURのみ修正に同意した。残り3件は未修正のまま据え置かれた。未修正額の合計は33万2,000EUR。
監査調書への記載:修正を求めた日付、経営陣の回答、修正された項目と未修正の項目を区分して記録する。修正された項目は一覧表から除外する。
ステップ3 — 集計評価
未修正虚偽表示の合計33万2,000EURはパフォーマンス重要性36万EURを下回るが、全体重要性55万EURの60%に達している。ISA 450.11に基づき、売掛金の過大計上と引当金の過少計上はいずれも利益を過大表示する方向に作用しており、相殺すべきではない。前期の未修正虚偽表示(ISA 450.A8)として繰り越された棚卸資産の過大計上5万EURを加えると合計38万2,000EURとなり、パフォーマンス重要性を超過する。
監査調書への記載:集計計算、各項目の損益への影響方向、前期繰越額を含む合計を記録する。ISA 450.11に基づき相殺しない旨を明記する。
結論:未修正虚偽表示は前期繰越分を含めると38万2,000EURとなり、パフォーマンス重要性を超過した。監査チームは追加手続の実施により、未修正虚偽表示が全体重要性を超過しないことの合理的な確信を得た。一覧表はISA 450.12に基づきガバナンスに責任を有する者に報告された。
よくある誤解
- 虚偽表示の相殺(ネッティング) ISA 450.11(a)は特定の取引種類や勘定残高に関連づけた評価を求めている。売掛金の過大計上と引当金の過少計上を相殺すると個別の影響が不明瞭になり、財務諸表利用者の判断を誤らせる可能性がある。
- 前期の未修正虚偽表示を考慮しない ISA 450.A8は、前期に修正されなかった虚偽表示が当期の財務諸表に引き続き影響を及ぼす場合、当期の評価に含めるよう求めている。棚卸資産の過大計上が前期から繰り越されていれば、当期の売上原価にも影響する。
- 「明らかに僅少」の閾値設定が高すぎる 全体重要性の5%を大きく超える閾値を設定すると、集計すれば重要となる虚偽表示を一覧表から除外してしまうリスクがある。閾値の設定根拠は監査調書に記録する。
- 経営陣の修正拒否理由の未取得 ISA 450.14は、未修正虚偽表示について経営陣から書面による修正拒否の理由を入手するよう求めている。理由の記録がなければ、監査人が未修正虚偽表示を容認した根拠を説明できない。