Definition
2008年以前のISAを開くと、要件なのか応用指導なのか段落を読んでも区別がつかない箇所がある。段落番号も不規則で、同じ基準を2人の監査人が読んで違う範囲の手続を導き出してしまう。IAASB(国際監査・保証基準審議会)はこの問題に対し、2008年から2010年にかけてISA全体の文言と構造を統一する改正作業を行った。ISA明確化プロジェクト(以下「明確化PJ」)と呼ばれるこの作業は、新しい監査要件を追加したのではなく、既存の要件を明確に表現し直したもの。監基報200号以降の各基準はこの成果を反映している。
仕組み
明確化PJ以前のISAは段落番号が不規則で、要件と応用指導が混在していた。調書を書くとき、どの段落が「やらなければいけないこと」でどの段落が「参考情報」なのか、基準を読み込まないと判断できなかった。
改正後、全基準は統一された構造を採用している。前文で基準の目的を述べ、「要件」セクションで監査人が実施すべき行為を明示する。「応用指導」セクション(「A」接頭辞の段落)は実務上の背景と具体例を示す。この分離により、監査人は何をすべきか(要件)とどう実施するか(応用指導)を区別できるようになった。
正直、この区別は概念としては単純に見えるが、調書レベルで徹底できている事務所は多くない。監基報315(ISA 315改訂版)のA1からA15項はリスク識別の具体的な手続を説明しているが、これは要件ではなく参考情報にすぎない。現場では、多くの事務所の手続書がこの応用指導に依拠しており、応用指導と要件を混同すると実施範囲が不明確になる。
タナカ建設機械工業での適用例
クライアント: 売上83億円、従業員420名、IFRS報告企業、東京都品川区。
基準の構造をどう読むか。監基報530号(ISA 530、統計的サンプリング)を適用する際、監査チームは監基報530号A12からA22項の応用指導を読んだ。ここにはMUS(貨幣単位サンプリング)の実装例が記載されている。調書にはこの応用指導を参照し、「応用指導に基づいてサンプル設計を実施」と記載する。
ここで要件と応用指導の区別が効いてくる。監基報530号22項(要件)は、統計的サンプリングを使う場合にサンプル設計、実施、評価の各段階で統計的手法に従うよう求めている。これが要件。監基報530号A23項(応用指導)は、サンプルサイズの十分性を評価する際の考慮要因を示唆しているだけで、性質が違う。応用指導に基づく判断は監査人の専門的判断を補強するが、応用指導の内容をそのまま実装しなくても要件違反にはならない。
この区別を調書に明記すると、検査で説得力が変わる。「応用指導A24項に従い、サンプル誤謬率の推定値と許容誤謬率の比較を行った。推定値が許容誤謬率を超えたため、サンプルサイズを再検討した」という記載は、要件(統計的手法への準拠)と応用指導(具体的な評価方法)の両方を文書化している。
実務家と検査官が間違えやすい点
応用指導を要件と混同するケースが最も多い。応用指導は参考情報であり、それ自体は要件ではない。多くの事務所はISAの応用指導を監査プログラムの標準手続として組み込んでいるが、応用指導に記載されていない手続を実施しても要件違反にはならない。JICPAの品質管理レビュー報告書では、応用指導への準拠と要件の充足を混同した調書が指摘されている。
「A」と「R」の段落番号体系を理解していないチームもいる。明確化PJ以降の全ISAは「A1」「A2」が応用指導セクション、「R1」「R2」(あるいは番号のみ)が要件セクション。2008年以前の古いISAを参照するとこの体系がないため混乱が生じる。レガシーシステムで古い基準を引用している場合、段落番号の対応関係を確認しなければならない。
経験上、一番やっかいなのは「明確化PJ=新要件の追加」という誤解。実態は表現方法の改善であり、新しい要件を足したのではない。ただし、既存の要件をより明確に表現した結果、実務上の実装が以前より厳密に問われるようになった側面はある。金融庁のモニタリングレポートでは、継続企業の前提(監基報570、ISA 570対応基準)の応用指導について実務対応の不足が指摘されている。
関連用語
- 監基報: JICPAが公表する監査基準報告書。ISAとの対応関係が明記されている - ISA 200: 監査の基本的目的と原則を定める基準。全監査業務の基礎 - リスク評価手続: 監基報315で定義される、監査チームが被監査会社を理解するための初期段階の手続 - 統計的サンプリング: 監基報530で規定される、統計的手法に基づくサンプル抽出方法 - 要件と応用指導: 明確化PJ以降の基準構造。「R」段落が要件、「A」段落が応用指導
関連リソース
- IFAC(国際会計士連盟)のウェブサイトに、プロジェクトの経緯と各基準への影響を説明する公開資料が掲載されている
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