Definition
CPAAOBの検査結果事例集を読むと、検出リスク(detection risk)の逆算値と実施手続の範囲が噛み合っていない調書が繰り返し指摘されている。計算表にはDR 5%と書いてあるのに、実際のサンプルサイズが50件しかない。数字は合っているが、手続が追いついていない。監基報330.4は、監査リスクを固有リスク(IR)、統制リスク(CR)、DRの組み合わせとして定義し、DRだけが監査人の設計で動かせるリスク要素だと位置づけている。
逆算の仕組みと手続への接続
監査人は計画段階で許容監査リスク(通常5%~10%)を設定する。監基報330.A1はこの許容監査リスクをIR、CR、DRに分解する構造を定めている。
計算式は次の通り。
許容監査リスク = IR × CR × DR
たとえば、許容監査リスクが5%で、IRが50%、CRが80%の場合、DRは次のように逆算される。
5% ÷ (50% × 80%) = 12.5%
DR 12.5%なら、サンプリングで見逃す確率が12.5%まで許容できる。サンプルサイズは相対的に小さくて済む。
同じ取引でIRが100%(初めて発生した取引など)、CRが20%であれば、DRは以下のようになる。
5% ÷ (100% × 20%) = 2.5%
DR 2.5%は低い。手続の範囲を大幅に広げるか、全数検査に切り替えるか、いずれかの判断を迫られる。
監基報330.A2は、DRと手続の種類・範囲との関係を明示している。DRが低いほど、説得力のある監査証拠の量が増え、テスト項目数も増える。
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実例:Nakamura Engineering Ltd(日本)
日本の精密機械製造会社。売上2億3,500万円。IFRS報告企業。年度末売掛金残高1億2,800万円。リスク要因として、新規顧客への大口販売が売上全体の22%を占め、昨年度に売上計上エラーが1件発見されていた。
許容監査リスクを5%に設定。重要性の基準値は800万円。
調書ノート:企画書(稟議書)に承認時刻と承認者署名を記録。DR逆算表に参照を付記
IRとCRの評価に移る。新規顧客比率の高さと過年度エラーを踏まえ、IRは60%とした。受注から請求までのプロセスに手動ステップが複数残っているため、CRは75%。
調書ノート:リスク評価チェックシートに評価根拠と参照資料(内部統制テスト結果、昨年度の監査調書)を添付
DRの逆算結果は以下の通り。
5% ÷ (60% × 75%) = 11.1%
DR 11.1%はやや高めだが、許容範囲内。
調書ノート:計算式をExcelで自動化。DR許容表に「11.1%は実証的手続の段階で追加テスト対象」と記載
実証的手続の計画に入る。売掛金残高約1億2,800万円に対して、DR 11.1%を前提とすると統計的サンプリングでn = 87件。新規顧客売上については、無作為サンプリングに加え、すべての月末処理を詳細にテストした。
調書ノート:サンプリング計画シートに「新規顧客プール」「既存顧客プール」を分離し、層別サンプリングの根拠を記載
DR 11.1%の設定で、サンプルサイズ87件の証拠が得られた。DRを5%に引き下げていた場合、サンプルサイズは150件を超え、工数がほぼ倍になっていた。経験上、この差は繁忙期のスケジュールに直接響く。
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監査人と査察官が見落とす箇所
CPAAOBやPCAOBの検査データでは、DRの逆算値と手続範囲の不整合が繰り返し報告されている。DR 20%以上に設定しながら、サンプルサイズが過度に小さいケース。数字は調書に載っているが、手続設計がその数字を反映していない。
監基報330.5は、評価したIR・CRと実施する手続の種類・範囲が対応していることを求めている。DR 2%の場合に「分析的手続のみで十分」とは言えない。実査、確認、詳細なトレーシングといった説得力の高い証拠が必要になる。現場では、DR計算表には低い数字が書かれているのに、実際の手続が軽いままという調書が少なくない。正直、審査でもここを素通りしているケースがある。
DR許容表に逆算結果が載っていても、なぜその手続を選んだのか、なぜサンプルサイズがこの数字なのかという意思決定の根拠が調書に欠けていることが多い。新規顧客や複雑な取引に対して層別する理由が明確でないと、査察官から「DR計算と手続設計の間に説得力のあるつながりがない」と指摘される。
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DRとIR・CRの比較表
DRは、IRとCRが高いほど低く設定する。監査人が許容できる検査誤りの確率が下がるということ。
| 状況 | IR | CR | 許容監査リスク | 計算結果 | 手続への影響 |
|---|---|---|---|---|---|
| 低リスク取引(既知、繰返し) | 30% | 40% | 5% | DR 41.7% | 分析的手続が主体。サンプルサイズは小さい。 |
| 中程度リスク取引 | 60% | 75% | 5% | DR 11.1% | 実証的手続が必須。詳細テストと分析的手続を組み合わせ。 |
| 高リスク取引(新規、複雑) | 100% | 90% | 5% | DR 5.6% | 詳細テストが中心。全数テストまたは大サンプル。経営層との協議記録も必要。 |
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監基報との対応
監基報330(ISA 330対応)は、DRについて以下を定めている。
監基報330.4では、監査リスクはIR、CR、DRから構成されるとし、監査人は許容監査リスクが受け入れられないほど高くならないようDRの水準を決定する。監基報330.5では、評価したリスク(IR・CR)と実施する実証的手続の種類・範囲の対応を求めている。リスクが高いほど、説得力のある監査証拠の量が増え、テスト項目数が増える。監基報330.A1~A2では、DRが監査人の設計で動かせる唯一のリスク要素であり、監査手続(試査、詳細テスト、分析的手続)の設計と範囲決定により低減されるとしている。
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関連用語
- 固有リスク - 監査人の設計外で存在するリスク。IRが高いほど、DR許容度は低くなる。 - 統制リスク - 内部統制が虚偽表示を防止・発見できない確率。統制環境が脆弱なほど、DR許容度は低くなる。 - 監査リスク - 監査人が受け入れている全体的なリスク。IR、CR、DRの組み合わせ。 - 重要性 - 監査判断の下限となる金額。重要性の設定が低いほど、DR許容度は低くなることが多い。 - 試査 - DRを数値化する際の中心的な手法。統計的サンプリングでは、DR水準がサンプルサイズ決定の基礎となる。 - 実証的手続 - DRを低減するために実施される手続。リスク評価に基づいて設計・実施される。
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関連するciferiツール
監基報330準拠の監査リスク計算表とサンプルサイズ決定ツールについては、監査リスク評価ワークシートを参照されたい。IR・CR・許容DRを入力すると、自動的にサンプルサイズと実証手続の種類が提案される。
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