仕組み
監基報570号は、継続企業の前提が妥当か否かを判断するための枠組みを定めています。監基報570号.A2では、営業キャッシュフローの持続性、借入金返済能力、配当金の支払い余力、経営者の対応計画の実行可能性といった観点から評価することを求めています。
重要な点は、疑義を生じさせる事象の発見と、その事象に対する経営者の対応策の評価を一体に行わないことです。監基報570号(改訂2024)では、この2つのステップを明確に分離しました。まず全ての可能性のある危機的状況をグロスベースで洗い出す。その上で、経営者が提示する対応策の実行可能性を個別に検証する。対応策がない、あるいは実現可能性が低い場合は、継続企業の前提が成り立たない可能性がある。
監査調書には、この2段階評価の根拠を具体的に文書化する必要があります。営業利益の推移、現金残高の推移、借入金の返済スケジュール、経営者による対応策の内容と実行時期、その実行可能性を支える証拠。これらが揃ってはじめて、継続企業の前提が妥当であると結論付けることができます。
実務例:木製建具製造業
クライアント: 岡山県の木製建具製造会社、2024年度決算、売上2億8,000万円、自己資本比率28%。
ステップ1:疑義を生じさせる事象の洗い出し
監査チームは期中監査で以下を把握した。
文書化ノート:「期中段階で以下の兆候を把握した。営業利益の下降トレンド、顧客交渉記録、借入金返済予定表。」
ステップ2:各事象の個別評価
営業利益の低下について:顧客交渉記録を閲覧し、単価引き下げは交渉段階であり、最終合意には至っていないことを確認。営業部門長に聞取りを実施し、新規顧客獲得の進捗状況を確認。2025年度上期に2件の新規案件獲得予定であることを、受注見積書で裏付けた。
借入金について:銀行との返済予定表を確認。2025年度の約定返済額は年1,200万円。営業キャッシュフローの3年平均は1,800万円であり、返済余力がある。銀行からの融資継続確認書を取得。
文書化ノート:「新規顧客獲得見積書により2025年売上増加を支持。銀行返済予定表と営業CF予測により返済能力を確認。融資継続確認書を取得。」
ステップ3:経営者の対応策の評価
経営者は以下の対応策を提示した。(1) 新規顧客開拓に営業担当者を2名増員する、(2) 製造原価の削減のため工程管理システムを導入する、(3) 既存借入金の返済スケジュール見直しを銀行と協議する。
各対策の実行可能性をチェック。人員増員は既に新卒採用内定済み。原価削減システムは発注済みで2025年4月までに稼働予定。銀行との協議は進行中で、返済猶予による月々の返済負担軽減が検討されている。
文書化ノート:「経営者提示の3つの対応策について、採用内定書、システム発注書、銀行協議メモにより実現可能性を支持。」
結論:継続企業の前提は妥当である。
経営者の対応策が実現可能であること、および営業キャッシュフローの改善見通しが支えられていることから、継続企業の前提は成り立つと判断した。
- 2024年度営業利益は前年度比で40%減少(900万円から540万円へ)
- 主要顧客1社が納入単価を15%引き下げるよう要求
- 金融機関からの短期借入金は現在3,200万円
検査で指摘されやすい誤り
- 金融庁の指摘事例: 2024年度金融庁検査では、継続企業の前提に疑義がある案件で、営業赤字と経営者の対応策を分離せずに一括評価し、対応策の実行可能性を支える証拠が不十分なまま監査意見を表示した事例が報告されています。監基報570号.12は完了段階での再評価を明示的に求めており、この段階で再度全体を検討することが必須です。
- 実務でよく見落とされる点: 経営者が「売上を回復させる」「コスト削減を推進する」と述べた場合、その宣言そのものは証拠ではありません。受注見積書、契約書、コスト削減計画の詳細、外部専門家による実行可能性評価など、客観的な根拠を調査調書に記載する必要があります。特に、経営者の対応策が自社だけの判断で進められるものか(例:人員削減)、外部要因に依存するか(例:大口顧客との単価交渉)によって、実現可能性の評価方法が異なります。
- 標準との齟齬: 監基報570号(改訂2024)では、経営者が提示する対応策について、監査人が「その対応策の実行が可能であるか」を評価するよう求めています。単に「経営者が対応する予定」という認識では不十分です。監査人は、その対応策が本当に実行可能か、実行に必要なリソースや時間、外部承認が確保されているかを検証する責任があります。
関連用語
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- 重要な疑義を生じさせる事象: 継続企業の前提に疑問を生じさせる具体的な事象(営業赤字、債務超過、主要顧客喪失など)を指します。監基報570号.A1に例示されています。
- 経営者による評価期間: 経営者が継続企業の前提を評価する際に考慮する期間(通常、決算日から12ヶ月以上)。監査人はこの期間が妥当か否かを検討する必要があります。
- 監査意見の修正: 継続企業の前提が成り立たないと判断した場合、または成り立たない可能性が重大である場合、監査報告書に除外事項付き意見や不適正意見を表示する必要があります。
- 開示の十分性: 継続企業に関する重大な不確実性が存在する場合、その内容と経営者の対応策が財務諸表注記に十分に開示されているか、監査人は確認する必要があります。
- 監基報570号(改訂2024): 2026年12月以降の監査から適用されます。現行基準との主な変更点は、事象評価と対応策評価の分離、および評価期間の明確化です。
- ISA 570(改訂版): 国際監査基準における継続企業の監査。日本の監基報570号はこれに準拠しています。