比較情報の仕組み
比較情報は、対比性(comparability)という財務報告の基本原則を実行するものである。監基報320は、現会計期間と先期の両方の数字を評価対象として扱うことを求めている。先期の数字は「確認済み」ではなく、毎年新しく検証される。
監基報501では、比較情報の監査範囲をさらに明確にしている。監査人は以下の判断を順番に行う。
比較情報の数字が先期監査の基礎となった監査証拠によって支持されているかをまず確認する。先期の重要性基準値が現期と異なっていた場合、その相違が監査上の有意性にどう影響するかを評価する。次に、先期で修正提案があったが経営者が却下したものについて、現期に繰り越すべき未修正虚偽表示であるかを判定する。さらに比較情報の分類が現期の分類枠組みと一致しているか、再分類がある場合はそれが妥当かを確認する。経験上、この4つ目の判断(分類の一致)が調書から抜け落ちていることが多い。
監基報723.7によれば、監査の範囲報告書では、先期の数字がどの監査人によって監査されたのか、どの基準に基づいて監査されたのかを明記する必要がある。同一監査法人が先期と現期の両方を監査した場合でも、前期の監査範囲を現期報告書に記載することが実務の標準となる。
実務例:フラスコス造船所(オランダ)
フラスコス造船所は、オランダ・ロッテルダムに本社を置く造船企業で、2024年度の売上は€28.5Mである。2023年度の財務諸表監査では、有形固定資産の減価償却について先期に指摘があり、直線法から生産高比例法への変更が提案されていた。経営者は当時「来年検討する」と述べて却下していた。
先期未修正虚偽表示の引継ぎ確認として、2024年度監査の計画段階で、監査人は2023年度監査調書を確認した。減価償却方法の変更による影響額は€1.2Mであった。これは現期重要性基準値(€950k)を超えていた。 文書化ノート:調書に「先期未修正項目引継ぎリスト」を新規作成し、当該項目が現期の追加テスト対象であることを記載した。
減価償却方法の変更が実装されたかを確認するため、2024年度初日に経営者に面談した。造船業界の新しい耐用年数ガイドに基づき、減価償却方法を生産高比例法に変更することを決定したと経営者は述べた。 文書化ノート:経営者の決定書(2024年1月15日付)をスキャンして調書に添付。ISA 570.A11を参照して、会計方針変更の妥当性を検討するセクションを開設した。
比較情報の数字が再計算されたかを確認したところ、2023年度の比較情報は再計算済みだった。有形固定資産の減価償却累計額が€2.4Mから€3.6Mに修正されていた。監査人は2023年度監査調書の当該数字と突き合わせた。2023年度の実監査では、生産高比例法による計算が€3.6Mだったことが文書化されていた。 文書化ノート:比較情報の修正に関するマトリックスを新規作成。修正前の数字(€2.4M)、修正後の数字(€3.6M)、相違理由(会計方針変更)を記載。ISA 501.7を参照。
再分類項目の表示方法が一致しているかについては、有形固定資産の減価償却累計額の表示が貸借対照表の同じ行に示されていた。2024年度の会計方針注記には「有形固定資産の減価償却方法を2024年1月1日付で直線法から生産高比例法に変更した」と記載されていた。 文書化ノート:会計方針注記の全文をコピーして調書に貼付けた。IAS 8.28を参照して、会計方針変更の定義要件を確認するセクションに添付。
2024年度の比較情報は、2023年度監査調書の基礎の上に正確に再計算されていた。先期未修正項目が現期に反映され、会計方針変更も正当化されていた。
検査指摘で見落とされやすい点
CPAAOBは2023年度モニタリングレポートで、先期比較情報の監査範囲が不十分なケースを指摘した。先期の監査報告書が「限定的意見」または「不適正意見」だった場合に、比較情報の範囲がその制限を反映していないパターンが複数見つかっている。監査人は先期の意見限定の理由を現期報告書に記載していなかった。正直、この記載漏れはSALYで前期調書をそのまま使い回す慣行から生まれやすい。
監基報501.6は、先期の監査がより低い基準(例えば監基報改訂前の古い基準)に基づいていた場合、現期監査人がその相違を評価する責任を定めている。多くの調書では、先期監査基準の記載が「当時の適用基準」として軽く流されており、現期基準との比較分析がない。先期がISA 2018版に基づき現期がISA 2019版改訂版に基づいていた場合、関連性の定義やリスク評価アプローチに変更があるため、単純な数字の継続性だけでは不十分となる。
比較情報の修正や再分類が行われた場合、修正理由を「会計方針変更」「先期誤謬の訂正」「表示の変更」「分類組替」のいずれかで分類し、監査人がその分類根拠を文書化していないケースが多い。調書に「比較情報の修正確認」というセクションがなく、数字の突き合わせだけで終わっていることが典型的である。入所2年目でも気づける論点だが、だからこそ審査で見逃されると痛い。
比較情報と監査報告書の関係
比較情報の監査範囲が現期の意見に影響する。先期監査が限定的意見であった場合、その限定事項が比較情報に表示されているかが問題になる。監基報701.10は、当該情報がキー監査事項の説明に含まれるべきか否かを判定する枠組みを示している。
比較情報が「前年度未監査」である場合(新規上場企業が初めて監査を受ける場合など)、その旨を監査報告書に「範囲限定」として記載する必要があるか否かは、監査人の判断による。監基報703.6では、比較情報が監査報告書の対象外である場合の表現方法を示唆している。
関連用語
- ISA 501 監査証拠の評価:比較情報が検証対象となる根拠 - ISA 723 前会計期間:先期監査範囲の決定枠組み - IAS 8 会計方針:比較情報修正の会計的根拠 - ISA 240 不正および誤謬:先期未修正虚偽表示の継続評価 - 監査報告書の範囲段落:比較情報の報告対象の明記 - ISA 570 継続企業の前提:比較情報から継続企業リスクを評価する場合の手続
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