目次

1. ISA 610の基本要件 2. 内部監査人の評価プロセス 3. 利用可能な内部監査業務の判定 4. 実例:製造業での内部監査利用 5. 実務チェックリスト 6. よくある指摘事項 7. 関連リソース

ISA 610の基本要件

外部監査人の最終責任

ISA 610.4は明確に述べている。監査意見の表明に関する責任は外部監査人のみが負うもの。内部監査の成果を利用したとしても、この責任は軽減されない。内部監査に依存することで外部監査の範囲を削減できるが、監査意見の責任までは移転できない構造になっている。

この原則が実務に与える影響は大きい。内部監査が実施したテストの結果を受け入れる場合でも、その結論の妥当性について外部監査人が最終判断を下す。内部監査の成果は「追加の監査証拠」として位置付けられる。「代替の監査証拠」ではない点が肝心。

利用の前提条件

ISA 610.15は、内部監査の成果を利用する前に以下の評価を求めている。

まず客観性の程度。内部監査人が監査対象となる業務や取引から独立しているかどうか。組織上の地位、直接の報告ライン、予算や人事に関する制約の有無を確認する。

次に能力の程度。技術的能力、職業上の注意、継続的専門研修の実施状況を見る。公認会計士資格の有無だけでなく、対象業務に関する専門知識の深さまで判断する必要がある。

そして体系的で統制の取れた手法を採用しているか。内部監査部門が適切な監査手法で運営されていて、品管体制を整備しているかを評価する。

最後に、これら3つの評価がどれか1つでも不十分なら利用を見送るか、利用範囲を大幅に制限する判断になる。

内部監査人の評価プロセス

客観性の評価要素

ISA 610.A10は、内部監査人の客観性に影響を与える要因を列挙している。報告ラインが最高経営者レベルか、取締役会の監査委員会に直接報告しているかが重要な判断材料。

経営者が内部監査の範囲を制限している場合、客観性に疑義が生じる。過去に経営者の意向に反する指摘を行った際の対応も評価対象になる。経営者から報復や不利益な処遇を受けた履歴があれば、客観性は著しく損なわれていると判断せざるを得ない。

正直、ここの評価が一番難しい。内部監査人に「経営者から圧力を受けたことがありますか」と直接聞いても、本当のことを答えてくれる保証はない。調書に残っている指摘事項の推移を3年分追って、不自然な取り下げや修正がないかを確認するのが現実的なアプローチだと思う。

内部監査人が被監査部門での業務経験を有する場合の取り扱いは微妙。ISA 610.A11では、過去の関与から十分な期間が経過していれば客観性への影響は限定的としている。ただし、関与していた業務の性質と経過期間を個別に判断する。

能力の評価要素

技術的能力の評価では、関連する資格の保有状況に加えて実務経験を重視する。IT統制、在庫評価、金融商品といった特定の業務領域について、どの程度の深い知識を有しているかを具体的に確認する。

継続的専門研修の実施状況は客観的な指標になる。年間研修時間、研修内容の専門性、最新の会計・監査基準への対応状況を文書で確認する。内部監査部門全体の研修体制についても評価が必要。

体系的手法の評価

内部監査部門の品管体制を評価する際、形式的な規程の存在だけでは不十分。実際の監査ファイルを査閲し、計画から実施、報告の各段階で一貫した手法が適用されているか確認する。

調書の作成水準、証拠の十分性、結論の論理性について、外部監査の品質基準と同等レベルを期待する。内部監査特有の制約(時間・人員・予算)があったとしても、監査証拠として利用するには最低限の品質を保っている必要がある。

利用可能な内部監査業務の判定

主観性の高い分野での制限

ISA 610.20は、主観性の高い分野で内部監査の成果利用に制限を設けている。会計上の見積り、収益認識の適用、減損テスト、関連当事者取引の分野では、内部監査の成果を主要な証拠として依存できない。

この制限は絶対的ではない。追加の実証手続を実施し、内部監査の結論を外部監査人が独立して検証すれば利用可能になる。ただし、削減できる監査時間は限定的。

リスク水準による利用可能性

重要な虚偽表示リスクが高い領域では、内部監査の成果のみに依存するのは適切ではない。ISA 610.21は、このような領域では外部監査人が直接実証手続を実施するよう求めている。

逆に、リスクが低い定型的な業務(現金・預金の実査、固定資産の実在性確認など)では、内部監査の成果を主要な証拠として利用できる。最低限のサンプルテストにより内部監査の結論を検証すれば足りる。

監査証拠としての品質要件

内部監査の成果を監査証拠として利用するには、ISA 500の品質要件を満たしていなければならない。関連性と信頼性、十分性の観点から評価する。

内部監査が実施したテストの範囲が限定的であれば、外部監査人が追加テストを実施して十分性を補完する。内部監査が入手した証拠の信頼性に疑義があれば、代替証拠の入手か独立した検証が必要になる。

実例:製造業での内部監査利用

設例:田中製作所株式会社 売上高120億円、従業員数800名の自動車部品製造業。内部監査部門は3名体制で、部長は公認会計士、担当者2名は内部監査士資格を保有。

1. 内部監査人の評価

客観性の評価として、内部監査部長は取締役会監査委員会に直接報告している。過去3年間で経営者の反対にも関わらず重要な指摘を実施した実績がある。予算決定は監査委員会が関与し、人事評価は代表取締役と監査委員長が協議して決定。

調書メモ:客観性は十分。報告ライン、予算・人事面での独立性を確認。

能力の評価として、部長は公認会計士で製造業監査経験15年、品管の専門研修を年40時間受講。担当者Aは内部監査士でIT統制の専門知識を持ち、システム監査技術者資格を保有。担当者Bは内部監査士で在庫管理システムの運用経験5年。

調書メモ:専門資格、研修実績、業務経験から判断して能力は適切。

体系的手法の評価として、内部監査規程と実施基準を整備済み。調書様式を統一し、証拠の保存期間を明文化している。品管レビューを年次で実施。

調書メモ:品管体制は外部監査基準に準じたレベル。

2. 利用した内部監査業務

在庫管理統制の評価では、内部監査が月次棚卸手続の統制テスト(サンプル40件)を実施済み。外部監査では統制テストの50%を内部監査結果で代替し、外部監査人が独立サンプル20件をテストした。

調書メモ:内部監査の統制テスト手法を確認。サンプル選択とテスト内容は適切。独立テストでも同様の結果を確認。

売掛金の期末残高確認では、内部監査が主要取引先20社への残高確認(回答率100%)を実施。外部監査では確認手続の一部として利用し、追加で10社を選定して独立確認を行った。内部監査の確認結果と整合し、追加確認でも不一致なし。

調書メモ:内部監査の確認手続は十分。回答の検証方法、不一致時の対応手続も適切。

3. 利用しなかった領域

新型コロナ関連の設備投資補助金の会計処理について、内部監査は「その他の包括利益」として処理することが適切と結論していた。しかし、会計基準の解釈に主観的判断が含まれるため、外部監査人が独立して検証を実施。

調書メモ:主観性が高い会計処理のため、ISA 610.20に基づき独立検証を実施。内部監査の結論は参考情報として活用。

この利用により、統制テストで約15時間、実証手続で約8時間の監査時間を削減できた。ただし、追加検証とレビュー時間を考慮すると実質的な削減効果は約18時間。繁忙期に18時間を捻出できるのは、チームにとって現実的な意味がある。

実務チェックリスト

1. 内部監査人の客観性評価を実施し、報告ラインと予算・人事面での独立性を確認する

2. 内部監査人の能力を評価し、関連資格、研修実績、業務経験を調書に記録する

3. 内部監査部門の品管体制を評価し、調書の作成水準を確認する

4. 利用する内部監査業務の性質を特定し、主観性の高い分野での利用を制限する

5. 内部監査の成果に対する追加テストの性質と範囲を決定し、実施する

6. 内部監査の利用状況と追加手続の結果を調書に記録する

よくある指摘事項

- 内部監査人の能力と客観性をチェックリスト形式で確認するだけで、具体的な証拠に基づく評価を怠っている。形式的な評価にとどまるケースが多い

- 会計上の見積りや収益認識といった判断を伴う分野で、内部監査の結論をそのまま受け入れている。主観性の高い分野での過度な依存は品管レビューでほぼ確実に指摘される

関連リソース

- 監査証拠 - 用語集 - ISA 610で利用する内部監査成果の証拠としての位置づけ - 監査計画策定ツール - 内部監査利用を考慮した監査計画の作成 - リスク評価とISA 315の実務ガイド - 内部監査の評価結果をリスク評価にどう反映させるか

実務に役立つ監査の知見を毎週お届けします。

試験対策ではありません。監査を効率化する実践的な内容です。

290以上のガイドを公開20の無料ツール現役の監査人が構築

スパムはありません。私たちは監査人であり、マーケターではありません。